悪役令嬢の断罪現場に居合わせたので、合いの手を入れてみた
「ロメリア・ヴァレンシュタイン! 君との婚約を破棄する!」
うほっ、いい声。
大広間に響き渡った低音ボイスで、前世の記憶が一気に蘇った。
「んん……?」
壇上には、金髪碧眼の麗しい王太子殿下と、その隣に寄り添う可憐な少女。
そして広間の中央には、豪華なドレスを身にまとった公爵令嬢が立っている。
一方、私はというと、ちょうどケーキを取ろうとしてトングを握っていた。
……あれ?
これ、前世で読んだ恋愛小説『愛される君は』じゃん!?
うっそ、私、小説の世界に転生してたの!?
しかも、どう見てもモブに!
「ハインツ殿下、突然何をおっしゃっているのですか?」
「とぼけるな! 君がリーゼにしてきた数々の嫌がらせは、すべて明らかになっている! 君のような女性を王太子妃に迎えるわけにはいかない!」
あ、知ってる。原作のクライマックスだ。
とりあえずトングを置き、皿に取ったケーキを片手に成り行きを見守る。
確かにロメリアは、ヒロインのリーゼに嫉妬していたし、嫌味も言っていた。
でもねえ。
そもそも婚約者がいるくせに、別の女の子を褒めちぎって連れ回していたのは誰なのか。
「わたくしは、いじめなどしておりませんわ」
ロメリアは扇を手に、ハインツ殿下をまっすぐに見据えていた。
私はその凛とした横顔を眺めながら、ケーキを一口頬張る。
まあ、嫌味は言ってたけどね。
『もう少しご自身のお立場をお考えになったら?』とか、『平民の方にはお分かりにならないかもしれませんが』とか。
あとは、廊下で肩がぶつかったのに謝らなかったとか。
でも、それってリーゼも謝らなかったんだよなあ。
確か原作では、『痛い……でも、仕方がないよね。私は平民だもの』なんて、自分を慰めている場面があった。
うん、どっちもどっち。
「証言も揃っている! 今さら言い逃れはできないぞ!」
ハインツ殿下が視線を向けた先には、見目麗しい青年たちが並んでいた。
あっ!
あれ、当て馬たちじゃん!
騎士団長の息子に宰相の息子、それから大商会の御曹司!
そうだった。原作でリーゼを取り合っていたイケメンたちが、フィナーレでは証言者として勢揃いして、リーゼを庇うんだった。
……なんか、シュールだな。
私はもう一口ケーキを頬張りながら、周囲を見回した。
誰もハインツ殿下に異議を唱えようとはしていない。むしろ、リーゼに同情するような視線ばかりが向けられている。
これがヒロイン補正ってやつ?
ハインツ殿下が正義で、ロメリアが悪者だという空気が、すっかり出来上がっている。
私はケーキをのみ込んだ。
確か、このあとロメリアのいじめが認定され、彼女は修道院送りになる。
そしてヴァレンシュタイン公爵家は王家の不興を買って立場を悪くし、リーゼが王太子妃になるのだ。
……それは大いに困る。
我が男爵家は、ヴァレンシュタイン公爵家の派閥に属しているのだ。公爵家が失脚すれば、当然こちらにも余波が及ぶではないか。
せっかく貴族の娘として生まれたのに、そんな理由で没落なんて御免だ。
私は残りのケーキを口に放り込み、皿をテーブルに置いた。
ナプキンで口元を拭き、両手を胸の前へ持ち上げる。
――パチパチパチ!
「素晴らしいですわ、殿下!」
私一人の拍手が大広間に響き、一斉に視線が集まった。
壇上のハインツ殿下まで、何事かという顔でこちらを見ている。
「彼女のために婚約破棄を宣言されるなんて! まさしく真実の愛ですわね!」
「……あ、ああ。そうだろう?」
ハインツ殿下は一瞬戸惑ったものの、すぐに得意げな顔になった。
「殿下! ぜひ、お二人の馴れ初めをお聞かせくださいませ!」
「……何を言っている?」
「馴れ初めです! 皆様も聞きたいですわよね!?」
私は勢いよく振り返った。
「王太子殿下の愛の物語ですわよ! こんなお話、滅多に伺えませんもの!」
すると、近くにいた令嬢が目を輝かせた。
「まあ、確かに! わたくしもぜひ伺いたいですわ!」
「わたくしも! 王太子殿下と平民の少女の恋だなんて、まるで物語のようですもの、是非!」
さすが恋愛小説の世界。食いつきがいい。
「ほら! 皆様も興味津々ですわ! 殿下、せっかくですから!」
ハインツ殿下は照れくさそうに咳払いをした。
「そうだな。私たちが初めて出会ったのは、学園に入学したばかりの頃だった」
「まあ! そんな前から!?」
「彼女が上級生に絡まれていてね。私が助けたんだ」
「きゃああ! 素敵ですわ!」
私は思いきり手を叩いた。痛い。
「それで!? そのあと、どうして親しくなられたのですか!?」
「リーゼは私を王太子としてではなく、一人の人間として扱ってくれたんだ。最初は驚いたが、次第に彼女と話す時間が楽しみになってね」
「まああ! 運命の相手って感じですわね!」
私はピュウーッと口笛を吹いた。
あれ、私、口笛うまくない?
「それで、リーゼ様! 殿下のどんなところをお好きになったのですか!?」
突然話を振られたリーゼは、頬を染めながら俯いた。
「それは……私が困っていると、いつも駆けつけてくださるところです」
「まあ! なんてお優しい! 例えば、昨年の収穫祭の前夜などですか!?」
そう、あの原作でも指折りの人気場面。
「ええ……あの日も、私が泣いていると聞いて、殿下が来てくださったんです」
「きゃああ! お忙しいのに、愛する女性のもとへ駆けつけられたのですね!」
「ああ。彼女が泣いていると聞いて、放っておけなかったんだ」
「素敵! それで、それで!? どうなさったのですか!?」
「人目につかない庭園へ連れていき……話を聞いた。彼女は私の腕の中で泣いていたよ」
「まあああ! 二人きりで!?」
「ああ。そこで私は、彼女を愛しているのだと気づいたんだ」
リーゼは真っ赤になり、両手を頬に当てた。
「きゃああああ!」
私はバシバシ手を叩いた。痛い痛い。
周囲の令嬢たちからも歓声が上がる。
「なんて情熱的なのでしょう!」
「まるで恋愛小説のようですわ!」
「それで、リーゼ様! お気持ちはお伝えになったのですか!?」
「は、はい……私も好きですって……」
ハインツ殿下は隣のリーゼと微笑みを交わした。
うん、まさに幸せの絶頂だね。
「ところで殿下!」
「なんだい?」
「それって浮気ですわよね?」
「……は?」
大広間から、一瞬で歓声が消えた。
「いや、君は何を言っているんだ?」
「だって、今のお話は昨年のことでしょう? その頃はまだ、ロメリア様とご婚約中でしたわよね?」
「それは……そうだが」
「まあ! では、婚約者がいらっしゃるのに、別の女性を抱きしめて愛を告白なさったのですか!?」
「なんだと!?」
「そんな風に言わないでください!」
リーゼが両手を胸の前で握りしめ、悲痛な声を上げた。
「どうして駄目なのですか……!? ハインツ殿下だって、一人の人間なんです! 好きになった気持ちを無視しろとおっしゃるのですか!?」
周囲からも、同情するような声が上がる。
「確かに、恋心は止められませんものね……」
「殿下もお辛かったでしょうに……」
さすが原作ヒロイン。
一言で会場の空気を引き戻してきた。
「もちろん、誰を好きになるかは自由だと思います」
私はうんうんと頷いた。
「ただ、婚約者がいらっしゃる以上、順序というものがございませんか?」
「それは……わかっています。でも、好きになってしまった気持ちを止めるなんて、難しいでしょう……?」
リーゼは潤んだ瞳でこちらを見つめてきた。
強い。
そういう顔をされると、なんだか私のほうが意地悪を言っているような気がしてくる。
しかも、ハインツ殿下まで彼女の肩を抱き寄せているではないか。
わかった。では、作戦変更。
「ところで殿下、あの日は公務がおありだったのでは?」
「……何のことだ?」
「昨年の収穫祭の前夜です。確か、王宮で重要な会議が開かれていたはずですが」
ハインツ殿下の表情が変わった。
原作では、ハインツ殿下が大切な会議を抜け出してリーゼのもとへ駆けつける場面が、愛を象徴する名シーンとして描かれていた。
……いや、仕事は?
「殿下は、その会議を欠席なさったのですよね?」
「……なぜ君がそれを知っている?」
そこは聞かないでください。
「皆様、お聞きになりまして!?」
私は勢いよく振り返った。
「殿下は婚約者がいらっしゃる身で、別の女性に愛を告白なさったうえ、公務よりもその女性を優先なさったのですって!」
周囲の令嬢たちが顔を見合わせた。
「それは、さすがに……」
「でも、愛する方が泣いていたのでしょう?」
「だからといって、公務を欠席なさるのは……」
先ほどまで無邪気に恋愛話を楽しんでいた令嬢たちの間に、戸惑いが広がり始めた。
隣同士で顔を寄せ、小声で何かを囁き合う者もいれば、ハインツ殿下へ向けていた熱っぽい視線を、そっと逸らす令嬢まで現れた。
「君は何が言いたいんだ! そもそもロメリアがリーゼをいじめていたことが問題なのだ!」
ハインツ殿下が声を荒らげた。
「そうですわね!」
私も負けじと声を張り上げる。
「しかし、殿下とリーゼ様の行為が、ご婚約者を傷つけていなかったとおっしゃるのですか!?」
「ロメリアが先にリーゼを傷つけたんだ! 私はただ、愛する女性を守ろうとしただけだ!」
「先に!? 殿下がリーゼ様を特別扱いなさるようになったのと、ロメリア様が嫌味をおっしゃるようになったのと、どちらが先なのです!?」
「それは……!」
「……そういうことでしたのね」
背後から聞こえた声に、私は振り返った。
ロメリアは手にした扇をゆっくりと閉じると、その骨に指先を滑らせた。
「あの日は、わたくしの父も殿下をお待ちしておりました。お身体の具合が悪いと伺っておりましたけれど……なるほど」
ハインツ殿下の顔が強張った。
「あれは君がリーゼを傷つけたから――」
「ええ、リーゼ様に厳しいことを申し上げたのは事実ですわ。ですが、それが公務を欠席なさった理由になるとは存じませんでした」
「私に、泣いているリーゼを放っておけということか!?」
「父は、殿下のお身体を大変案じておりましたのに……まさか、別のご令嬢を慰めていらしたとは」
ハインツ殿下がなおも言い返そうとするのをよそに、ロメリアは壇上の二人を見据えた。
「この件については、王家に正式に確認を取らせていただきます。父にも報告しなければなりませんので」
「待て、ロメリア! 早まるな!」
「それでは、失礼いたします」
ロメリアは優雅に一礼すると、くるりと踵を返した。
彼女が歩き始めると、広間の人垣が自然と左右に分かれていく。
……ああ、なんて綺麗なんだろう。
こんなときでも背筋を伸ばし、毅然として歩いていく姿は、まさしく淑女の鑑ではなかろうか。
なんて見惚れていると、私の横を通り過ぎたロメリアが、ふと足を止めた。
「……あなた」
「はっ、はいっ!?」
「一緒にいらっしゃい」
「えっ?」
ロメリアの鋭い眼差しが、私をまっすぐに捉えた。
「この騒ぎを大きくしたのは、あなたでしょう。証人として、父にお話を伺っていただきますわ」
「……か、かしこまりました!」
ロメリアは再び歩き始め、私は慌ててそのあとを追った。
広間を出て、長い廊下を歩いていく。
……怒ってる?
いや、そりゃそうだよね。
浮気の馴れ初めを目の前で延々と聞かせてしまったし、しかも私、めちゃくちゃ盛り上げちゃったし。
今さらながら自分の言動を反省し、俯きながら歩いていると、ふいに小さな声が聞こえた。
「……ありがとう」
顔を上げたが、ロメリアは前を向いたまま歩き続けていた。
……あ。
私は口元を緩めると、その背中を追いかけた。
◆
王家による調査が行われ、ハインツ殿下は廃太子となった。
婚約中の不貞に加え、公務を欠席した理由を偽っていたこと、さらにはヴァレンシュタイン公爵家との婚約を独断で破棄しようとしたことが問題になったらしい。
しかも、調査を進めてみれば、リーゼと会うために公務を後回しにしていたのは、あの日だけではなかったそうだ。
王家としても、さすがに見過ごせなかったのだろう。
ちなみに、ロメリアによるいじめについても改めて調査が行われた。
嫌味を言っていたのは事実だったものの、修道院送りになるほどの悪行は確認されなかった。
廊下で肩がぶつかった件についても、別の目撃者が現れ、リーゼも謝っていなかったことが判明したそうだ。
その結果、証言者として勢揃いしていた当て馬たちも、揃ってお叱りを受けたらしい。
特に宰相の息子なんて、父親からこっぴどく叱られたとか。
ですよね。
そんなわけで、王家とロメリアの婚約は正式に解消され、彼女への処分も見送られることになった。
ヴァレンシュタイン公爵家も無事だった。
よかったよかった。
一方、リーゼは王家の庇護を失い、学園を卒業すると故郷へ戻っていったそうだ。
原作では王太子と結ばれ、華々しい結婚式を挙げるはずだったのに。
とはいえ、原作ヒロインなのだから、まあ、それなりに幸せにはなれるのではなかろうか。
そして、しがない男爵家である我が家はというと。
なんと、公爵家から直々にお礼をいただいてしまった。
そればかりか、私はあの日以来、ロメリアのお茶会に招かれるようになったのだ。
ありがたい。
ただし、毎回めちゃくちゃ緊張するけど。
「こちらのお菓子もいかが? 蜂蜜とアーモンドを使っているの。紅茶にもよく合うのよ」
「あっ、ありがとうございます!」
勧められるまま焼き菓子を一つ手に取ると、ロメリアは嬉しそうに微笑んだ。
しかも、ロメリアはとても親切だった。
以前よりも表情が柔らかくなり、お茶会では楽しそうに笑うことも増えた。
婚約解消が決まったときには、さぞお辛かっただろうと思っていたのだが、今ではご自身の好きなことをする時間が増えたのだという。
「ところで、伺ってもよろしくて?」
ロメリアはティーカップをソーサーに戻すと、私に尋ねてきた。
「どうして、あのとき助けてくださったの?」
「……え?」
「わたくしたち、それほど親しくもありませんでしたでしょう?」
「ええ、まあ……でも、間違っていると思ったことを正すのは、当然ではありません?」
「男爵令嬢が、王太子殿下に楯突いてまで?」
「……ははは」
私はごまかすように紅茶を飲んだ。
まあ、家の兼ね合いもあったけど、そもそも私、原作を読んでいた頃から、あの王太子とヒロインよりも――
目の前にいるこの悪役令嬢の、大ファンだったのよね。
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