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どこかの異世界で

サンドバッグは砕けない

作者: 浮月重月
掲載日:2026/10/02

神殿での治療で、一番人気の女性神官はオリエンターレである。


まず、彼女はどんな治療相手に対しても笑顔を絶やさない。

神聖魔術の腕も良く、他の神官より一歩も二歩も抜きんでている。

他の者が一人治療する間に、彼女は五人程終えている。

難易度の高い治療には必ず彼女が参加している。


そしてなによりも。

どこの上級貴族のご令嬢かと思わせるほど美しいのである。

実際実家は、子爵家ではあるが貴族であり、幼少時より容姿に優れ、

過去には家格を無視して公爵家から婚約の打診すらあった。


上等な絹糸の如き金色の頭髪、宝石を思わせる輝きの緑色の瞳、

神官服の上からでもわかる女性を感じさせる美しい曲線。

心地よい鳥の朝のさえずりのような気持ちの良い声に加えて、

すれ違えば花園の中へ迷い込んだかのようなかぐわしき香り。


彼女が還俗したならば是非嫁に、あるいは息子の嫁に、とばかりに、

その予定などないにもかかわらず表でも裏でも求婚が殺到している。

オリエンターレ自身は、それをことごとく笑顔で躱していたが。


◆


この町の兵士達にも、熱狂的なオリエンターレの信者がいた。

いや、どちらかと言えば狂信者の類かもしれない。


毎日のように訓練に励んで練習試合で生傷を作り、

非番の日はなぜか何もない場所で転んでかすり傷を負い、

月にもらう給金の半分以上を治療費につぎ込んでいた。

一日二日で自然治癒するような傷でも、である。


神殿側としては「毎度ありがとうございます」なのであるが、

表立っては「怪我されないようにお気を付けください」と伝える。

オリエンターレも困った笑顔でそう兵士達へと伝えていた。


中にはわざとらしくオリエンターレに偶然を装って触れようとする、

役得を狙う馬鹿者もいたため、神殿側も兵士達へ釘を刺した。

まあ兵士達にも「抜け駆け禁止」の不文律が存在しているのか、

やらかした奴らは後日練習試合以上の傷を負ったりしていたが。


それでも反省などその場限りの大馬鹿者も少なからずいる訳で。

一部の兵士数名が、こっそり女性神官達の控室へと忍び込んだ。


町の治安を守る為の者達が乱してどうするんだ、と言われそうだが、

色香に知性を酔わせた連中には言葉など酔い覚ましにはならない。


時は夕刻、神殿の治療時間が終了し外は静まり返っている。

連中は期待しつつ、扉の隙間より控室をこっそり覗き込む。

もしかしたら着替えなど「偶然」観てしまうかもしれない。

あの神官服の下にはどんな楽園が存在するのだろうか。


いや、忍び込んでいる時点で「偶然」もなかろうに。


◆


音が聞こえる。かなり腹に響く音だ。


目を凝らせばそこには件のオリエンターレ。他には誰もいない。

神官服のままで、サンドバッグを連続で殴りつけている。

腰の入った体重を乗せた良い拳だ。いやいや!


何やってるんだ彼女は!?


かなり長い時間叩いているのだろう、汗が飛び散っている。

驚きに思わず体勢を崩し、扉から部屋へなだれ込む兵士達。

当然大きな音がする。振り返ったオリエンターレ。


その表情に笑顔はない。見た目は狂戦士のそれである。


「何をなさっているのでしょうか?

 貴方方には見覚えがありますね、兵士の方々でしたね。

 ここは関係者以外は立ち入り禁止区域です。

 物取りですか?婦女暴行ですか?


 いずれにせよ許容は出来ませんね」


兵士達はどう弁明すべきか言葉が出てこない。

そうだよ、俺達不法侵入だよ!と今更ながら気づく。

拙い。実に拙い。


「何が目的かはここでは問いません。

 ですが、正式な令状もない禁止区域への無断侵入。

 神が許しても、わたくしは許せません。


 歯を食いしばっておきなさい」


と、オリエンターレが言うと同時に拳が飛んできた。

兵士の一人が宙を舞う。続けて二人目、三人目、四人目。

身体の芯に響く、すごく重たい拳である。

剛腕で鳴らす兵士長よりも効く。


が、次の瞬間痛みが消える。


「治して差し上げました。もう一度殴ります。

 貴方方の心が砕けるまで、治して殴ってを繰り返します。

 御覚悟は良いですか?出来ていなくても続けますが」


神官長他、職員達が駆け付けるまでこの惨劇は続いた。


◆


覗き見兵士達は、当然ながらクビを言い渡されて捕らえられた。

かつての上司から屠殺場の豚を見る目で言い放たれる。


「バカだろお前ら。

 オリエンターレ嬢は元々『血塗れ令嬢』と言われてたんだぞ。

 神聖魔術の才を認められて神殿に入ったけどな。


 イライラが溜まると動くものがなくなるまで暴れるんだ。

 うっぷん晴らしを邪魔した挙句、神殿に不法侵入とか。

 あわれ過ぎて何も言えねえ」


古株の兵士の間では、周知の事実だったらしい。

上司の彼らが惹かれていたのは美しさでなく力強さだったのだ。


この一件以降、邪な気持ちで治療を受ける兵士は激減した。

未だに求婚を続けているのは、彼女に殴られたい者ばかりである。

オリエンターレ、なんて人に付ける名前じゃあありませんが。

「東方(ひがしかた)」と入れたかったのですよ、治す人なので。

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