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波子だけの海景色

作者: 比嘉ハヅキ
掲載日:2026/09/06

「お母さんいってらっしゃい。なみ、いい子して待ってるね。」


 急遽仕事に出かけることになった母親を、波子は笑顔で見送ると、一目散に自分の部屋へと走り出した。短い廊下も今は長く思えて鬱陶しい。たった十畳のリビングは、控えめに脱ぎ捨てられた母の服や、取り外されただけの状態の洗濯物、本やガラクタで酷く散らかっていたが、一、二、三っとなんのその、華麗に飛び越えてみせた。


 部屋に入って、学習机の袖机の前に飛びつくように座ると、やっとのこと大きく一呼吸した。三段ある引き出しの一番上だけ鍵をかけられる仕様で、大切なものは全てそこにしまい込むことにしていた。かちゃりと引き出しの鍵を開けて、秘密の箱をそっと取り出し中身を絨毯に散らした。カーテンから差し込む温かい光に照らされて、貝殻がキラキラと音を立てながら広がる。


 この瞬間は自分だけのもので、母には見せたくなかった。貝殻たちは勝浦の海を映し出す。ゆっくりと遠ざかっていた記憶。海辺に佇む一つのブランコ。海に向かって足を大きく伸ばす。そこには自由があった。背中を優しく押してくれる大きい手。母と自分をいつまでも守ってくれる。


 しばらく海を眺めるように貝に触れていた。そして貝殻を一つずつ丁寧に箱に戻し、また鍵をかけた。母が案外すぐに帰ってくると、波子はまた無邪気に玄関へ駆け出した。

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― 新着の感想 ―
自分の中だけにある些細で、しかし大切なものが、波子の人生をあたたかく支えてるんでしょうね……
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