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第五話 未解決係の引き出し

 未解決係の部屋は、署の奥にあった。


 人の出入りが少なく、空調の音だけが一定のリズムで鳴っている。

 整理されているとは言い難いが、無秩序でもない。

 事件が“途中で止まった形”のまま、棚に収められている場所だった。


 東堂恒一は、引き出しの一つを開けた。


 ラベルには、年号と事件名が手書きで記されている。

 十年以上前のものが多い。


「ここは、解決しなかった事件しか来ません」


 背後から、三嶋恒一郎の声がした。


「分かっています」


「分かってないな」


 三嶋は、ため息をつく。


「ここに答えがあると思って探すと、必ず判断を誤る。

 未解決ってのはな、理由があって未解決なんだ」


 東堂は引き出しの中のファイルを一つ抜き取った。


 連続失踪事件(平成××年)


 被害者は五人。

 年齢も職業もばらばら。

 共通点は、夜に外出し、そのまま戻らなかったこと。


「この事件……」


 三嶋は、東堂の手元をちらりと見た。


「ああ。それか」


 声のトーンが、わずかに変わる。


「覚えてる。現場に顔料が残ってた」


 東堂の指が止まった。


「顔料?」


「微量な。事件性を示すほどじゃなかったが、

 当時は“工事現場の粉塵だろう”で片付けられた」


 写真をめくる。

 街灯に照らされた路地。

 白っぽい壁。

 その足元に、黒い汚れ。


 ——見覚えがある。


「被害者が最後に目撃したものは?」


「光、だ」


 三嶋は、短く答えた。


「正確には、“妙に明るかった”って証言が多い。

 街灯にしては不自然だと」


 東堂の背中を、冷たいものが走った。


 その夜、灯は、自分の過去を掘り返されるような感覚に襲われていた。


 東堂から送られてきた写真。

 十数年前の路地。

 壁の色。

 影の落ち方。


 ——似ている。


 スケッチブックを開く。

 ページをめくる。

 古い絵が出てきた。


 学生時代に描いたもの。

 意味も分からず、ただ“描いてしまった”一枚。


 白い壁。

 路地。

 そして、灯り。


「……まさか」


 胸の奥が、嫌な音を立てた。


 あの頃は、まだ能力を“癖”だと思っていた。

 未来だとは、考えもしなかった。


 もし——

 あの絵が、未来だったとしたら。


 灯は、指先が震えるのを止められなかった。


 電話が鳴る。


『不知火さん』


 東堂の声は、低かった。


『過去の未解決事件と、あなたの絵が、繋がり始めています』


 灯は、すぐには答えなかった。


「……それは、私が原因だと?」


『まだ、分かりません』


 正直な返事だった。


『でも、あなたが“最初”ではないかもしれない』


 灯は、目を閉じた。


 最初ではない。

 だが、関係者ではある。


「東堂さん」


 灯は、静かに言った。


「私、あなたに言っていないことがあります」


『なんですか』


「この力……

 昔から、ありました」


 沈黙。


『いつから』


「少なくとも、十年前」


 通話の向こうで、東堂が息を吸う音がした。


『それは——』


「だから、私が見た絵は、

 過去の事件にも、繋がっているかもしれません」


 灯は、自分で言って、自分の言葉に傷ついた。


 ——私は、見て見ぬふりをしてきた。


『不知火さん』


 東堂は、はっきりと言った。


『それでも、あなたが犯人だとは思っていません』


 その断言が、灯には重かった。


「思わないでください」


『……え?』


「信じないでください」


 灯は、強く言った。


「信じると、また、未来が歪みます」


 通話は、そこで切れた。


 灯は、白い壁にもたれた。


 未解決事件。

 顔料。

 光。


 すべてが、一本の線で繋がり始めている。


 そして、その線の上に、

 不知火 灯という名前が、はっきりと浮かび上がっていた。

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