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第二十話(最終話) 消灯後

 夜は、均等に訪れる。


 誰かの上だけを選んで、暗くなることはない。

 それが、灯には少しだけ救いだった。


 小さな町の川沿いで、灯は立ち止まった。

 水面に映る街灯は、揺れている。

 触れれば壊れそうで、

 触れなくても、そこにある。


 不知火 灯という名前は、もう使っていない。

 だが、捨てたわけでもなかった。


 名前は、肩書きのようなものだ。

 必要な場所では、また別の形で呼ばれる。


 町の人は、彼女を「先生」と呼ぶ。

 子どもたちの絵を見て、

 いいね、と言うだけの人。


 未来の話は、しない。

 それで、十分だった。


 部屋に戻ると、灯は押し入れの奥から

 段ボールを一つ、引き出した。


 中には、スケッチブック。


 紙の端は少し黄ばんでいる。

 過去の未来が、眠っている。


 灯は、それを机の上に置いた。

 開かない。


 開かない、という行為は、

 今の彼女にとって、最も意識的な選択だった。


 窓の外で、電車が通り過ぎる音がする。

 行き先は分からない。

 分からないままで、いい。


 その頃、都心の一角で、

 東堂恒一は仕事を終え、

 署の建物を出た。


 展示の話題は、もう誰も口にしない。

 記録は残り、

 教訓は曖昧なまま、

 別の案件に上書きされていく。


 それが、現実だ。


 ポケットの中に、

 白紙のままの紙がある。


 あの日、届いたもの。


 東堂は、それを捨てなかった。

 意味がないからこそ、

 意味を与えないまま、持っている。


 ——未来は、空白でいい。


 そう思えるようになったのは、

 誰かが、選ばなかったおかげだ。


 夜更け、灯は、机の引き出しを開け、

 一枚の紙を取り出した。


 やはり、白紙。


 ペンを持つ。

 置く。


 描かない。


 灯は、静かに笑った。


 自分は、光ではない。

 予言でもない。

 救世主でもない。


 ただ——

 点けないことを、選べる人間だ。


 街灯は、今夜も点いている。

 誰かが押したスイッチで。


 だが、世界は、

 すべての灯りを

 必要としているわけではない。


 灯は、カーテンを閉め、

 部屋の明かりを落とした。


 暗闇は、怖くなかった。


 未来が、

 まだ決まっていない証拠だからだ。


 不知火 灯は、

 未来を照らさない灯りとして、

 静かに、生きていた。

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