第十六話 偽物の正しさ
展示は、拡張されていった。
場所を変え、名前を変え、形式を変えながら。
だが、本質は変わらない。
——未来を、見せる。
それは、善意の形をしていた。
「未然に防げた事件」
「警告によって救われた命」
展示側が用意した事例は、どれも“正しかった”。
少なくとも、数字の上では。
東堂恒一は、報告書の束を前に、眉間を押さえた。
展示を見た人間が通報し、
警察が動き、
事件が起きなかった。
因果は、証明できない。
だが、否定もできない。
「……厄介だな」
三嶋恒一郎は、腕を組んだ。
「彼らは、法を破っていない。
むしろ、協力的だ」
「未来を信じるよう、
人を誘導しています」
「啓発、という言い方もできる」
その言葉が、東堂の胸に引っかかった。
啓発。
教育。
指針。
それらはすべて、
正しさの衣をまとっている。
一方、海沿いの町で、灯は静かな日々を送っていた。
朝、早く起きて、港を歩く。
昼は、小さなカフェで働く。
夜は、何もしない。
未来は、来ない。
少なくとも、描かれない。
それが、心地よかった。
だが、完全な静寂ではない。
「……展示、また増えたね」
カフェの常連客が、何気なく言った。
「最近さ、
ネットで未来予測の話、流行ってるじゃない」
灯は、笑って聞き流した。
——私は、関係ない。
そう思おうとした。
その夜、久世真白から連絡が入った。
『穏やかにしてる?』
「ええ」
『展示側、あなたの“不在”を
成功事例として使い始めた』
灯は、言葉を失った。
「……どういう意味ですか」
『“描かないことで未来を救った女”』
久世の声は、苦々しい。
『あなたを、
物語にした』
灯は、スマートフォンを握りしめた。
描かなくても、
意味は付与される。
それが、展示側の強さだった。
『このままだとね』
久世は続ける。
『あなたは、
何もしなくても、
未来を動かす存在になる』
沈黙。
「……止める方法は」
『一つだけ』
少し、間。
『完全に、消える』
灯は、目を閉じた。
名前を変える。
顔を隠す。
痕跡を断つ。
それは、生きることを、
もう一度やり直すということだ。
「……考えます」
通話を切り、
灯は、夜の海を見た。
波は、同じ形を繰り返さない。
だが、意味も持たない。
——それで、いい。
その頃、展示室の一角で、
鷹宮恒一は、静かに言った。
「彼女は、まだ選べる」
若い観測者が問う。
「戻る可能性は」
「ある」
鷹宮は、確信を持って答えた。
「正しさは、
人を引き戻す」
善意は、最も強い圧力だ。
灯は、その圧力を、
まだ、完全には振り切れていなかった。




