第十五話 収束装置
それは、装置と呼ぶには、あまりに静かなものだった。
巨大な機械も、複雑な配線もない。
ただ、白い壁と、整然とした間隔。
人が集まり、視線が交差するための空間。
——展示。
東堂恒一は、展示側の動きを追う中で、その本質に気づき始めていた。
「装置は……人間だな」
三嶋恒一郎は、報告書から目を離さずに言った。
「人の目。
期待。
解釈。
それらを集めて、未来を固める」
展示室は、単なる結果ではない。
**未来を一点に収束させるための“場”**だ。
「つまり、彼女がいなくても」
東堂が言う。
「誰かが“予測”を始めれば、
似た現象は起きる」
「そうだ」
三嶋は、短く頷いた。
「不知火灯は、触媒に過ぎない」
その言い方に、東堂は小さく眉をひそめた。
一方、灯は、すでに都心を離れていた。
電車を乗り継ぎ、
海沿いの小さな町へ。
観光地でもなく、
再開発の予定もない。
——未来が、集まりにくい場所。
古いアパートの一室。
畳の匂い。
波の音が、かすかに届く。
段ボールを一つだけ開け、
最低限の生活用品を出す。
スケッチブックは、
まだ箱の中だ。
夜、テレビをつけると、
展示に関する噂が、ネットニュースとして流れていた。
「未来予測アート」
「未然防止プロジェクト」
言葉が、軽い。
灯は、テレビを消した。
——私がいなくても、回る。
それが、少しだけ救いだった。
だが、同時に、
展示側は、別の“核”を探している。
それを、灯は感じていた。
翌日、港の近くを歩いていると、
小さなギャラリーを見つけた。
地元の子どもたちの絵が、
無邪気に並んでいる。
未来も、意味も、ない。
灯は、足を止めた。
胸の奥が、静かだった。
——来ない。
それだけで、十分だった。
同じ頃、都心では、
展示側が新しい展示を始めていた。
予測の精度は、落ちている。
だが、数が増えた。
断片的な未来。
曖昧な警告。
人々は、自分に都合のいい部分だけを信じる。
「収束が、弱い」
観測者の一人が言った。
「核が、足りない」
別の声。
「——不知火灯だ」
名前が出た瞬間、
空気が変わる。
「彼女は、もう描かない」
「だからこそ、象徴になる」
描かない未来。
見せない未来。
それは、逆説的に、
最も強い“意味”を持つ。
その夜、灯は、波打ち際に立っていた。
街灯は少なく、
月の光だけが、水面を照らす。
スケッチブックを、初めて箱から出した。
——描かない、と決めたはずだった。
だが、海を見ていると、
胸の奥が、少しだけ冷える。
誰かが、ここへ来る。
未来ではなく、
現在として。
灯は、鉛筆を持たなかった。
ただ、目を閉じる。
波の音。
風の匂い。
未来は、
まだ、固まっていない。




