第十四話 二つの立場
警察署の会議室には、普段より多くの人間が集まっていた。
空気が重い。
資料の紙擦れの音が、やけに大きく響く。
「展示室の件は、対外的には“非公開イベント”で処理する」
三嶋恒一郎が、淡々と告げた。
「主催者は実体不明。
違法性は確認中。
今のところ、踏み込む根拠は弱い」
誰も反論しない。
反論できない、が正確だった。
東堂恒一は、手元の資料を見つめていた。
展示室で撮影した写真。
並べられた未来の絵。
——これは、事件だ。
だが、まだ犯罪ではない。
「不知火灯については」
三嶋が視線を向ける。
「参考人以上の扱いはしない。
彼女を前に出せば、
展示側の狙い通りだ」
東堂は、静かに手を挙げた。
「一つ、意見があります」
視線が集まる。
「彼女は、展示を拒否しています。
協力者ではありません」
「だからこそ危うい」
三嶋は、即座に返した。
「拒否した存在は、
利用されやすい」
会議は、それ以上深まらなかった。
結論は、静観。
会議室を出た東堂は、廊下で足を止めた。
壁に貼られた注意喚起のポスターが、
やけに白く見える。
——守るとは、何だ。
その頃、灯は、部屋で引っ越しの準備をしていた。
段ボールは、まだ一つだけ。
急ぐつもりはない。
ただ、ここに留まらないという意思を、
形にしたかった。
スケッチブックは、
布で包み、箱の一番下に入れる。
捨てない。
燃やさない。
——隠す。
それが、今の灯にできる最大限だった。
インターホンが鳴る。
今度は、ためらわずに応答した。
「はい」
『久世です』
聞き覚えのある声。
情報屋、久世真白だった。
「……どうして、ここが」
「追跡はしてませんよ」
軽い口調。
「展示側が動いてます。
あなたの“不参加”が、
彼らには想定外だった」
灯は、息を吐いた。
「次は、どうするつもりですか」
「圧をかける」
久世は、あっさり言った。
「噂。
断片。
“未来を描く女”の話を、
少しずつ流す」
「……それは」
「信じる人間が増えれば、
あなたの能力は歪む」
灯は、拳を握った。
「止められますか」
「完全には」
久世は、正直だった。
「でも、時間は稼げる」
通話が切れたあと、
灯は、窓から街を見下ろした。
人は、信じたいものを信じる。
未来も、例外ではない。
その夜、東堂は灯の部屋を訪れた。
「引っ越すんですね」
「ええ」
「行き先は」
「まだ、決めていません」
それでいい。
「展示側が、
あなたを“象徴”にしようとしています」
東堂は、正直に言った。
「描かなくても、
描ける存在として」
灯は、静かに笑った。
「それなら、
私は“描けない存在”になります」
東堂は、少しだけ目を細めた。
「それは、逃げですか」
「いいえ」
灯は、はっきり答えた。
「選択です」
沈黙。
東堂は、玄関で立ち止まった。
「もし……」
言いかけて、やめる。
「いいえ。
何も言いません」
ドアが閉まる。
灯は、一人、部屋の中央に立った。
二つの立場。
管理する側と、拒む側。
どちらにも、正義がある。
だからこそ、
自分は、どちらにも立たない。
灯は、そう決めた。




