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第十二話 未解決の中心

 火災は、記録の中では「事故」だった。


 十六年前。

 都心から少し外れた、雑居ビルの一室。

 原因は電気配線のショート。

 死者二名、重軽傷者数名。


 それ以上でも、それ以下でもない。

 紙の上では。


 未解決係の棚から、東堂恒一はそのファイルを抜き取った。

 焼け焦げた写真が、丁寧にラミネートされている。


「……展示室の場所と、半径が重なる」


 地図を重ねると、妙にきれいに一致した。


 火災現場。

 失踪事件の発生地点。

 そして、最近の未然事案。


 円の中心にあるのは、

 あの雑居ビルだった。


「偶然にしては、できすぎだな」


 三嶋恒一郎が、低く言う。


「事故扱いにされたのも、分かる気がする。

 火事はな、全部を燃やしてくれる」


 証拠も、記憶も。


 東堂は、写真の一枚に目を止めた。

 焦げた壁。

 黒く変色した床。


 ——粉。


 火災現場の床に、

 不自然なほど均一な黒い粉が残っている。


「顔料……」


 三嶋は、黙って頷いた。


「当時、画材を扱う小さな研究室が入ってた。

 前衛芸術だの、素材研究だの」


 東堂の胸が、静かに沈んだ。


 その夜、灯は、自分の古い記憶に引き戻されていた。


 煙の匂い。

 赤く滲む視界。

 誰かの叫び声。


 ——あ。


 思い出した瞬間、

 胸の奥が、静かになった。


 机に向かい、スケッチブックを開く。

 鍵は、外していた。


 描くつもりは、なかった。

 だが、記憶は未来と同じ回路を通る。


 白い線。

 崩れた壁。

 天井から落ちる火花。


 そして——

 自分の小さな手。


「……私」


 灯は、鉛筆を落とした。


 あの火災現場に、

 自分は、いた。


 被害者でも、目撃者でもない。

 原因の近くにいた人間。


 当時、灯はまだ子どもだった。

 美術教室に通い始めたばかりで、

 絵の具の匂いが、好きだった。


 火は、偶然起きた。

 少なくとも、そう信じていた。


 だが——

 もし。


 もし、あの時、

 自分が見てしまっていたとしたら。


 未来の断片を。

 火の、来る方向を。


 電話が鳴る。


『不知火さん』


 東堂の声だった。


『過去の火災現場、

 あなたと関係がありますね』


 否定は、できなかった。


「……ありました」


 灯は、静かに答えた。


「私、そこにいました」


 沈黙。


『それは、重要です』


「重要だから、

 ずっと、思い出さないようにしていました」


 灯の声は、震えていなかった。


「思い出すと、

 描いてしまうから」


 通話の向こうで、東堂は言葉を選んだ。


『あなたは、

 その火災を、起こしていない』


「分かりません」


 灯は、はっきり言った。


「私は、

 止めなかったかもしれない」


 真実は、そこにあった。


 未来を見たからといって、

 原因になるわけではない。


 だが、止めなかったという事実は、

 消えない。


『……展示室の連中は』


 東堂が言った。


『その“中心”を、

 再現しようとしている』


 灯は、目を閉じた。


 展示。

 観測。

 固定。


 すべては、あの火災から始まっている。


「東堂さん」


「はい」


「私が、

 描くのをやめたら」


 少し、間。


「過去は、変わりません」


 現実的な答え。


「でも……

 未来の“中心”は、

 ずらせるかもしれません」


 灯は、深く息を吸った。


 Aの未来。

 描かない未来。


 それは、逃げではない。

 連鎖を断つ選択だ。


 窓の外で、街の灯りが点いた。


 灯は、思った。


 ——私は、

 点けてしまった人間だ。


 だからこそ、

 次は、点けない。


 それが、

 私の償いだ。

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