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第十一話 ルール

 灯は、その夜、眠らなかった。


 眠れなかったのではない。

 眠らなかった、が正しい。


 目を閉じれば、二人の自分が浮かぶ。

 描く自分と、描かない自分。

 どちらも現実で、どちらも未定だった。


 机の引き出しを開け、スケッチブックを取り出す。

 鍵は、やはり必要なかった。


 灯は、初めて“実験”を始めることにした。


 これまで、能力は自然現象だった。

 来るものを、受け取るだけ。

 だが、展示を見てしまった今、

 無意識のままではいられない。


「……条件を、知る」


 声に出すことで、決意を固定しないよう、

 できるだけ静かに呟いた。


 最初に試したのは、写真だった。


 ネットニュースから、無関係な人物の写真を選ぶ。

 顔は分かるが、距離はある。


 スケッチブックを開く。

 ——何も起きない。


 次に、動画。

 動きと声。


 胸の奥が、わずかに冷えた。

 だが、線は出ない。


「直接……見る必要がある」


 仮説が、ひとつ立つ。


 次に、思い出す。

 過去に会った人物。

 顔も声も、はっきり覚えている人間。


 鉛筆を持つ。


 ——来た。


 だが、弱い。

 輪郭が曖昧で、構図が定まらない。


「感情……」


 灯は、息を整えた。


 相手に対する感情が強いほど、

 未来は鮮明になる。


 だから、観測者たちは近づいてきた。

 接触し、言葉を投げ、意味を与えようとした。


 次の実験は、最も怖かった。


 ——自分。


 鏡の前に立つ。

 自分の目を見る。


 胸の奥が、静かになった。


「……来ない」


 拍子抜けするほど、何も起きなかった。


 灯は、息を吐いた。


 自分自身は、対象にならない。

 少なくとも、意図している間は。


 スケッチブックを閉じ、条件を書き出す。


 1. 対象を直接認識すること

 2. 感情が伴うこと

 3. 観測者が“未来を期待しない”状態であること


 三つ目は、推測だった。

 だが、展示室の人間たちを思い出すと、

 確信に近いものがあった。


 ——期待されると、歪む。


 その頃、署では、東堂が一人、資料を読んでいた。


 展示室の映像。

 残された絵。

 そして、不知火灯の通報履歴。


 彼女は、未来を“当てて”いない。

 関わった分だけ、現実が傾いている。


「……道具にしたら、壊れるな」


 自分に言い聞かせるように呟く。


 三嶋の言葉が、頭をよぎる。


 ——距離を取れ。


 だが、距離を取ったところで、

 誰かが近づくだけだ。


 灯は、ルールの最後に、もう一行を書き足した。


 4. 見せた瞬間、未来は固定されやすくなる


 ペンを置く。


 これが、呪いの正体だ。


 未来を描く力ではない。

 未来を“共有してしまう”力。


 だから、Aの未来とBの未来が分かれた。


 描き続ける未来。

 描かない未来。


 灯は、スケッチブックを閉じ、

 今度は引き出しの奥にしまった。


 鍵を、かける。


 ——描かない、という選択も、

 また一つの介入だ。


 窓の外で、救急車のサイレンが鳴った。

 遠ざかっていく音。


 灯は、カーテンの隙間から街を見た。


 光は、どこにでもある。

 だが、点けるかどうかは、

 まだ、選べる。


 不知火 灯は、初めてそう思った。

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