1話
ミスはしゃーない
私、斉藤将はまじめな人生を送ってきた。
時に、ボランティアに参加し、食事が出てこない子供たちのために食事を作った。またある日は妻や子供たちのために家族の時間を作って信頼を築き上げてきた。天国や地獄があるとすれば間違いなく天国に行けると確信していた。今までの経験から机上の空論などではなく自他ともに認める良い人であった。
そんな私だが、人生でまだやったことがない事はたくさんある。当然誰かのために時間を使えば自分の時間が無くなってしまう。己よりも他人を助けることを美徳として活動してきた私は自分自身をあまり大切にしてこなかった。
だが、そのやってこなかった事は必ずやらなくていい事ばかりである。言い換えれば人生の無駄遣いである。もちろん経験としてあったら面白い話になるだろう。しかし、私の人生の中で必要のない事でもある。
AIによるカウンセリングを受ける。
四か月前に施行された新労働安全衛生法により、月一のカウンセリングを受けるのが義務となった。
時代が進むにつれ私が古い人間だということを自覚していく。二十代、新卒の頃に見ていた、一昔前の世代の社会人の形が私自身に重なってしまっていた。
「若者の精神は弱い」
「俺たちの時代はー」
「そんな程度で音を上げるな」
どこかで聞いた覚えがある言葉は、今では私の口から出てくる。
おそらく、私の言動によって、ストレスを感じた部下も少なくないだろう。
問題視されていた若者の精神疾患は年々増加し、今では精神病と診断される割合は6割を超えている。
そんな現状を政府や医療関係者が改善しようと、AIを利用した。
生身の人間ではなく、中身のないAIに精神を預けることを決めたのだ。
AIは私が子供のころに考えていた成長イメージを軽く超え、今やAIを起点に私たちの生活が成り立っている。
AIによるカウンセリングを皮切りに、ゲーム、イラスト、映画、労働力、発送支援、健康管理、模擬授業、瞬間通訳…あらゆる分野で浸透していった。
仕事から解放される休日の、その二十四分の一を使ってカウンセリングを受ける。
AIカウンセリングはテレビからweb接続して開始される。
画面には、白い背景の中央に、細い円の中のハートが浮かんでいる。
ハートにはEGOというマークが刻まれている。
カウンセリングAI、通称「エゴ」。
無機質なAIに「自我」と名付けるそのセンスは、正直どうかと思う。
「こんにちは、斉藤将さん。」
まるでオンライン通話をしているように、違和感のない声が聞こえる。
「こんにちは、エゴ。カウンセリングを受けたい。」
「わかりました。カウンセリングを始めます。斉藤将さんの診断結果や回答内容が公開されることはありません。」
会話の後、一瞬沈黙が流れた。
画面上のマークの下に、ーーーカウンセリングーーーと文字が浮かび上がる。




