一方、その頃
カズマは短剣を抜く。しかし、魔狼の動きは素早く、普通の人間では太刀打ちできない速度だった。
「くそっ!」
一匹の魔狼がカズマに飛びかかる。咄嗟に短剣で防御しようとするが、間に合わない。
その瞬間、カズマの体が再び光に包まれた。無意識のうちに【転移】が発動し、魔狼の攻撃を回避する。
「え?」
気がつくと、カズマは数メートル離れた場所に立っていた。
「カズマ!今の」
「俺にも分からない。でも、この力」
リーフィアが矢を放ち、一匹の魔狼の足を射る。しかし、残りの二匹が同時に襲いかかってくる。
カズマの中で、何かが弾ける感覚があった。仲間を守りたいという強い意志が、再び古代魔法を呼び覚ます。
「リーフィアを傷つけるな!」
【朧影転写】が発動。カズマの影が分離し、実体化して魔狼たちを翻弄する。影の分身が魔狼の注意を引きつけている隙に、リーフィアが正確な射撃で二匹目を仕留める。
最後の一匹も、カズマの影分身による拘束で動きを封じられ、リーフィアの矢で息の根を止められた。
「すごい」リーフィアが息を切らしながら言う。「また新しい力を使ったのね」
「ああ。でも、なんでこんな力が」
カズマは困惑していた。自分でもよく分からない力が次々と現れる。
「きっとあなたには特別な才能があるのよ」リーフィアが近づく。「でも、これで王国に居場所がばれるかもしれない」
「魔力の痕跡が残るってことか」
「そう。でも仕方ないわ。私たちを守ってくれたんだから」
最初の町での遭遇
数時間後、二人は小さな町に到着した。石造りの建物が立ち並ぶ、典型的な中世風の町並み。人々は日常の商売や仕事に忙しそうにしている。
「人間の町ね」リーフィアが緊張した様子で呟く。
「大丈夫?」
「ええ。でも、あまり目立たないようにしましょう」
リーフィアはフードを深くかぶり、エルフの特徴である長い耳を隠している。二人は宿屋を探して町を歩いた。
町の中央広場で、異変が起きていた。大勢の人が集まり、何かに熱狂している。
「何だろう?」カズマが興味を示す。
「見に行ってみましょう」
群衆の中に紛れ込むと、そこには見覚えのある人物がいた。長い黒髪の少女が、群衆に向かって演説をしている。
ナギサだった。
「皆さん、私たちは必ずこの世界に平和をもたらします!魔族の脅威から、皆さんを守ります!」
群衆が熱狂的に反応する。
「ナギサ様!」
「私たちの救世主よ!」
「美しい聖女様!」
カズマは慎重に観察する。表面上は確かに聖女のように見えるが、群衆がいない時のナギサの表情は違って見えた。
(あいつ、演技してる)
リーフィアも同様の違和感を覚えているようだった。
「あの子、何か不自然よ」小声で呟く。「心から民衆のことを思っているようには見えない」
「やっぱりそう思うか」
ナギサの演説が終わり、群衆が散り始める。その時、ナギサの護衛をしている王国騎士がカズマの方を向いた。
(まずい!)
カズマは慌ててリーフィアの手を引き、群衆に紛れて広場を離れる。
「どうしたの?」
「あの騎士に見つかりそうになった」
二人は急いで宿屋に向かった。幸い、追跡されている様子はない。
宿屋での情報収集
「桜の宿亭」という小さな宿屋に部屋を取った二人。宿屋の主人は人の良さそうな中年男性で、偽の身分証明書も疑うことなく受け入れてくれた。
「冒険者の方ですか。最近は物騒ですからなあ」
「物騒?」カズマが聞き返す。
「王国の召喚者様方が魔族退治に出かけられているんですよ。今日も一人の聖女様がいらしていました」
「ああ、広場にいた」
「美しい方でしたでしょう?でも」宿屋の主人が声を低める。「護衛の騎士たちが妙に殺気立っていましてな。何か重要な任務でもあるのでしょうか」
カズマとリーフィアは目を見合わせる。
「ところで」主人が続ける。「変な話ですが、森の方で大きな魔力の爆発があったとかで。王国軍が調査に来ているそうです」
「魔力の爆発?」
「ええ。古代魔法のような、不思議な力だったとか。まあ、古代魔法なんて今時存在しないでしょうがね」
部屋に案内されてから、二人は今後の方針を相談した。
「やはり王国軍が俺を探してるな」
「でも、まだ正体はばれてないみたい」
「あのナギサって子、あなたの知り合い?」
カズマは慎重に答える。「一緒に召喚された仲間の一人だ。でも、あの様子を見ると」
「完全に王国側についてるのね」
「俺たちは、まだ自由なんだ」カズマが呟く。
「自由?」
「王国の思想に染まらずに、自分の意思で行動できる」
リーフィアが頷く。「そうね。でも、これから先もっと危険になるわよ」
「分かってる。それでも君は一緒に来てくれるか?」
「何度も言わせないで」リーフィアが微笑む。「私はあなたを見捨てない」
夜の会話と決意
その夜、宿屋の窓から月を見ながら、二人は今後の計画を話し合った。
「まず、王都から離れることが重要ね」
「そうだな。でも、どこに向かえばいいんだろう」
「魔族領という手もあるけど」リーフィアが提案する。「でも、あなたは人間だから危険かも」
「魔族か。確かに王国とは敵対してるから、匿ってくれる可能性もある」
「でも、魔族が人間を信用するかしら」
カズマは窓の外を見つめながら考える。この世界の複雑な種族関係、王国の人間至上主義、そして自分の立ち位置。
「俺は、この世界のことがまだよく分からない」
「どういう意味?」
「なぜ人間と他の種族が争っているのか。なぜ王国がこんなに排他的なのか。そもそも、この世界はいつからこんな状態なんだ?」
リーフィアが真剣な表情になる。
「それは、長い歴史があるの。でも、簡単に言えば、人間が他の種族の土地や資源を奪ったから」
「奪った?」
「昔は、どの種族も比較的平和に共存していたの。でも、人間の王国ができてから、『人間こそが優れた種族』という思想が広まって」
彼女の声に怒りが混じる。
「他の種族は『劣等種』だから支配されて当然、土地も資源も人間のものだって」
「それは酷い」
「私の故郷も、その犠牲になった。豊かな森を『王国の領土にする』という理由で」
カズマは拳を握りしめる。同じ人間として、申し訳ない気持ちでいっぱいになる。
「でも、全ての人間がそうじゃない」リーフィアが付け加える。「あなたのような人もいる」
「俺一人じゃ何もできない」
「そんなことないわ。あなたには不思議な力があるし、何より」
リーフィアがカズマを見つめる。
「他人のことを本当に大切に思う心がある」
その言葉に、カズマの心が温まる。同時に、この世界を少しでも良い方向に変えたいという気持ちが芽生える。
「俺は、みんなが平和に暮らせる世界を作りたい」
「みんなって?」
「人間も、エルフも、魔族も、獣人も。みんなが争わずに済む世界」
リーフィアの目が輝く。
「それは素晴らしい夢ね」
「夢で終わるかもしれないけど」
「終わらせないわ」リーフィアが強い口調で言う。「私も一緒に戦う」
「戦う?」
「平和のために。あなたの夢を実現するために」
その夜、二人は新たな決意を固めた。単なる逃亡ではなく、この世界を変えるための旅に出ること。それは困難で危険な道のりになるだろうが、お互いがいれば乗り越えられる。