第2章「追跡者の影と旅立ちの決意」
王国の追跡
王都の宮殿、深夜。
重厚な石造りの会議室で、国王レオナール三世が苛立ちを隠せずに立ち上がった。玉座の間ではなく、密室での緊急会議。参列者は宰相バルザック、騎士団長ガイウス、そして情報収集を担当する魔導師団の長官のみ。
「どういうことだ、バルザック!」国王の声が部屋に響く。「あの失格品が逃亡してから一週間が経つというのに、まだ見つからぬのか!」
宰相バルザックは冷静な表情を崩さずに答える。「恐れながら、陛下。逃亡者カズマの魔力の痕跡は確認できております。問題は、その魔力が我々の知る体系と全く異なる性質を持っていることです」
「異なる性質とは?」
「転移の術式跡が残されているのですが、その構造は現代魔法学では解析不能でした。まるで古代の遺跡で発見される、解読不明な魔法陣のような」
騎士団長ガイウスが口を開く。「しかし宰相、魔力の大まかな方角は特定できているのでしょう?」
「その通りです。森の方角に微弱な魔力反応があります。恐らく、エルフの森に逃げ込んだものと思われます」
国王の眉がひそめられる。「エルフか。あの耳長どもめ。人間に味方するとは思えぬが、あのような辺境に住む者どもなら何を考えているか分からぬ」
バルザックは手元の書類に目を通しながら続ける。「さらに問題なのは、召喚の秘密を知る者の逃亡です。近隣国への情報漏洩は、我が国の安全保障に関わる重大事項。どのような手段を使っても、必ず捕獲、もしくは」
「処刑せよ」国王が言葉を遮る。「生かして帰す必要はない。むしろ、口を封じるためにも始末した方がよい」
「承知いたしました。では、追跡部隊の編成を」
「待て」国王が手を上げる。「せっかく優秀な召喚者が三名もおるのだ。実戦経験を積ませる良い機会ではないか」
会議室に沈黙が流れる。ガイウスが慎重に口を開く。「陛下、召喚者の方々はまだ訓練中の身。実戦には早いのでは」
「案ずるな。ミツルの成長は目覚ましいものがある。あの『絶対正義』のスキルは、この世界の秩序維持には欠かせぬ力だ」
バルザックが微笑みを浮かべる。「興味深いご提案ですな。では、ミツル様を中心とした小隊を編成し、逃亡者の捜索に当たらせてみましょう。良い実戦訓練になるでしょう」
「そうせよ。だが、油断は禁物だ。あの失格品がどのような力を身に着けているか分からぬ」
会議室の扉が開き、一人の兵士が駆け込んでくる。
「失礼します!緊急報告です!」
「何事だ」
「森の方角で、大規模な魔力の爆発が確認されました!恐らく戦闘が行われた模様です!」
国王とバルザックの目が光る。
「興味深い」バルザックが呟く。「逃亡者が何かと戦ったということでしょうか。これは調査が必要ですな」
「すぐに追跡部隊を派遣せよ」国王が立ち上がる。「そして、ミツルたちにも準備をさせろ。いよいよ実戦の時が来たようだな」
宮殿の豪華な訓練場。
三人の召喚者は、それぞれ異なる訓練に励んでいた。
ミツルは聖剣を手に、魔法の的に向かって光の剣技を放っている。『審判の光』のスキルにより、標的は神聖な光に包まれて消失する。周囲にいる教官たちが感嘆の声を上げる。
「素晴らしい!ミツル様の成長は驚異的です」
ミツルは汗を拭いながら微笑む。「僕はこの世界の平和のために召喚されたんです。期待に応えなければ」
その言葉に、教官たちは感動した様子を見せる。しかし、ミツルの内心は複雑だった。
(元の世界では誰も僕を認めてくれなかった。いくら勉強しても、いくら真面目に振舞っても『偽善者』『いい子ちゃんぶってる』って陰で言われて。でも、この世界では違う。僕は『本物の英雄』として認められている)
訓練場の反対側では、ナギサが支援魔法の練習をしている。『希望の歌声』のスキルを使い、周囲の兵士たちの士気を高めている。美しい歌声と共に、兵士たちの疲労が癒されていく。
「ナギサ様の歌声には神々しい力が宿っておりますな」
「そんな、私はただ皆さんのお役に立ちたいだけです」ナギサは控えめに微笑む。
その表情は確かに聖女のように清楚で美しい。しかし、誰も見ていない時のナギサの顔は別人のようだった。
(やっと私の価値が認められる。元の世界では容姿のことでずっとコンプレックスを抱いてたけど、ここでは『美しい聖女』として扱われる。この感覚、手放したくない)
一番奥では、リュウヤが木刀を振り回している。『狂戦士の血』のスキルを発動させ、超人的な力で訓練用の人形を次々と破壊していく。
「おい、もっと強い奴と戦わせろよ!こんなもんじゃ物足りねえ!」
教官が困惑する。「リュウヤ様、まだ基礎訓練の段階ですので」
「基礎なんてクソ喰らえだ!実戦で魔族をぶっ殺してぇんだよ!」
(最高だぜ、この世界。元の世界じゃ問題児扱いされて、教師も親もウザかったが、ここじゃ俺の暴力性が『戦闘能力』として評価される。もっと暴れさせろよ)
その時、宰相バルザックが訓練場に現れた。
「皆様、お疲れ様でございます。緊急の任務をお伝えしたく参りました」
三人が集まる。
バルザック「実は、一週間前に逃亡した例の失格者の件です」
「ああ、あの何のスキルもなかった奴ね」ナギサが軽蔑するような口調で言う。
「どうせ森で野垂れ死んだんじゃねーの?」リュウヤがつまらなそうに付け加える。
しかし、ミツルだけは表情を引き締めた。「生きているんですか?」
「恐らく。そして、何らかの力を身に着けた可能性があります」
三人の表情が変わる。
バルザック「森の方角で大規模な魔力反応が確認されました。諸君の初の実戦任務として、この逃亡者の捜索と処分を命じます」
リュウヤの目が光る。「やっと実戦か!待ってたぜ!」
ナギサも興味深そうな表情を見せる。「面白そうね。同郷の人がどんなふうに変わったのか、見てみたいわ」
ミツルは真剣な顔で頷く。「分かりました。王国の秩序を乱す者は許せません。必ず任務を完遂します」
バルザック「ではすぐに準備を。明朝出発いたします」
三人が出て行った後、バルザックは一人呟く。
「興味深い現象ですな。スキルなしの失格者が、古代魔法らしき力を使う。これは調査が必要でしょう」