第1章 後編「エルフ村での生活と真実の告白」
エルフ村での静かな日々
小さなエルフの村で静かな日々が始まった。朝は鳥のさえずりと共に目を覚まし、夜は焚き火の暖かさと共に眠りにつく。そんな平凡で穏やかな生活が、カズマにとっては何よりも貴重なものに思えた。
記憶喪失という設定で、カズマはこの世界の常識を一から教わることになった。リーフィアが主に面倒を見てくれるが、最初の数日間、他のエルフたちの視線は決して暖かいものではなかった。
「なぜ人間なんぞを助けるのだ、リーフィア」
年配のエルフ、エルダー・セレンがため息混じりに言った。彼の深い緑色の瞳には、長い年月をかけて積み重ねられた人間への不信が宿っていた。
「人間は嘘つきで残酷よ。いつか裏切られるのがオチよ」
別の女性エルフ、ミリアも辛辣な言葉を投げかけた。彼女の左頬には古い傷跡があり、それが人間に対する憎しみの理由を物語っていた。
リーフィアは困ったような表情を浮かべながらも、毅然とした態度で答えた。
「確かに人間は嘘つきで残酷よ。でも…この人は違うの。感じるのよ、心の奥底から」
カズマは申し訳なさそうに頭を下げた。
「俺にもよく分からない。でも、みんなに迷惑をかけたくない。もし俺がいることで村に危険が…」
「そんなことは言わないで」
リーフィアが慌てたように遮った。
「あなたは何も悪くない。ここにいる権利があるわ」
村の構造は素朴で美しかった。大きな木々の間に建てられた小さな家々は、まるで自然と調和するように存在していた。魔法の力で成長を促された植物が屋根を覆い、雨露を凌いでくれる。水は近くの清流から引かれ、食料は森の恵みと小規模な畑から得られていた。
カズマは村での役割を探すため、様々な作業を手伝った。薪割り、水汲み、畑仕事。どれも現代日本では経験したことのないものばかりだったが、体を動かすことで心も落ち着いてきた。
特に料理に関しては、現代日本の知識が大いに役立った。
「これは…なんという味だ」
エルダー・セレンが目を見開いて言った。カズマが作った醤油もどきで味付けした野菜炒めを口にしている。
「美味しいでしょ?カズマが作るものは、いつも私たちが想像もしないような味なのよ」
リーフィアが誇らしげに説明した。
「記憶を失っているはずなのに、こんな料理を作れるなんて不思議よね」
村の子供たちは最初こそカズマを恐れていたが、優しい性格を理解するとすぐに懐いた。特に小さな男の子、ルウは毎日のようにカズマの後をついて回った。
「カズマ兄ちゃん、今日も一緒に遊ぼう!」
「ああ、いいよ。何して遊ぶ?」
「隠れんぼ!僕、すごく上手なんだ!」
ルウの無邪気な笑顔を見ていると、カズマの心は温かくなった。この子たちを守りたい、そんな感情が自然と湧き上がってきた。
しかし、平穏な日々の中にも、時折緊張した瞬間があった。
「人間の軍隊が近くの街を襲ったらしい」
見張りの役目をしていたエルフの青年、フィンが血相を変えて報告してきた。
「また始まったのか…」
エルダー・セレンの表情が曇る。
「どういうことですか?」
カズマが尋ねると、リーフィアが重い口調で説明した。
「人間の王国は定期的に他種族の住む場所を襲うの。表向きは『秩序の維持』って言ってるけど、実際は土地や資源を奪うためよ」
「そんな…」
「だから私たちは隠れて生きているの。この森の奥深くで、人間の目につかないように」
カズマの胸に重い何かが沈んだ。自分と同じ人間が、こんなにも残酷なことをしているなんて。
魔物の襲来と古代魔法の初発動
村での生活が一ヶ月ほど経ったある日の夕方、突然森の奥から不気味な唸り声が響いてきた。
「魔物よ!大型の魔狼の群れが村に向かってくる!」
見張りをしていたフィンが叫んだ。村人たちは慌てて家の中に避難し、戦える者だけが武器を手に取った。
「子供たちを奥の家に集めて!」
リーフィアが弓を手に指示を出している。彼女の普段の穏やかな表情が一変し、凛とした戦士の顔になっていた。
「俺も戦う」
「ダメ!あなたは記憶を失っているのよ。戦い方なんて覚えているはずが…」
リーフィアの制止を無視して、カズマは村の入り口へ向かった。そこには既に十数匹の巨大な魔狼が現れていた。体長は軽く二メートルを超え、赤く光る瞳が殺意に満ちていた。
「グルルルル…」
魔狼たちの低い唸り声が夕闇に響く。村人たちは恐怖で身を寄せ合っていた。
「みんな、後ろに下がって!」
エルダー・セレンが魔法の杖を構えたが、その手は年齢のせいか小刻みに震えていた。若い戦士たちも剣を構えているものの、魔物の数の多さに圧倒されている。
「カズマ!危ない!」
リーフィアが弓を引き絞り、一匹の魔狼に矢を放った。矢は見事に急所を射抜いたが、魔狼はそれでもなお前進を続けた。
「クソ…こんなに硬いのか」
その時だった。一匹の魔狼が隙を突いて村の中に侵入し、避難していた子供たちの方へ向かった。
「ルウ!」
小さな男の子が転んで逃げ遅れている。魔狼の巨大な牙が彼に向かって迫る。
「やめろぉぉぉ!」
カズマの中で何かが弾けた。激しい感情が体の奥底から湧き上がり、それが魔力となって全身を駆け巡る。
突然、カズマの周囲に青白い雷光が走った。それは瞬時に広がり、魔狼たちを包み込む巨大な結界を形成した。