第8章「獣人国の武道会」
獣人国への到着
朝霧が立ち込める荒野を歩きながら、カズマは胸の奥で微かに響く共鳴を感じていた。それは魔導書の存在を示すものだったが、その感覚は曖昧で、まるで遠くで鳴る鐘の音のようだった。
「まだ気のせいかもしれない」
そう呟くカズマの隣で、リーフィアが振り返る。
「自分を信じなさい。私もついてる」
彼女の言葉に背中を押され、カズマは決意を固めた。共鳴の示す方角へと足を向ける。セルヴァンも風に乗って軽やかに付いてきた。
三日間の旅路を経て、一行は巨大な石造りの城壁に囲まれた獣人国の都に到着した。城門では筋骨隆々とした狼の獣人が警備に当たっており、その眼光は鋭く、警戒心に満ちていた。
「人間だと?」警備兵が鼻を鳴らした。「ここは弱肉強食の国だ。ひ弱な人間に用はない」
カズマは平静を装いながら答えた。
「獣人王にお会いしたい。重要な話がある」
警備兵たちは嘲笑を浮かべた。
「帰れよ、肉もねぇ骨付きチキンが」
「王様がお前みたいな虫けらに会うと思ってんのか?」
リーフィアが弓に手をかけそうになったが、カズマが制止した。この国では力が全てだ。言葉で説得しても無駄だろう。
精霊女王の降臨
その時、城門前の空気が急に変わった。
風が静まり、鳥たちの鳴き声が止む。まるで世界が息を潜めたかのような静寂が辺りを包んだ。警備兵たちの嘲笑も、いつの間にか消えていた。
「なんだ…?」
警備兵の一人が呟く。空に小さな光の粒が舞い始めていた。それは雪のようでもあり、星屑のようでもある美しい光だった。
光の粒は次第に数を増し、やがて城門前を幻想的な輝きで満たしていく。その中心から、一人の女性がゆっくりと現れた。
白銀の衣をまとい、透明感のある美しさを持つ女性。しかし、その美しさの奥に、数万年という時の重みが感じられる。精霊女王ミュリエル。
警備兵たちは言葉を失い、そして本能的に膝をついた。獣人たちは野性の勘で理解したのだ。目の前にいるのは、自分たちとは格の違う存在だということを。
「せ…精霊女王様…」
警備兵の一人が震え声で呟いた。
ミュリエルは優雅に微笑む。その笑顔には母のような慈愛があり、同時に長い年月を生きた者の深い叡智が宿っていた。
「ガル・バオ王に伝えてほしい」ミュリエルの声は清らかに響いた。「私が保証する客人を連れてきたと」
警備兵たちは慌てふためいた。
「も、申し訳ございません!すぐに王に!」
「わ、分かりました!お待ちください!」
一人が城内に駆け込んでいく。残った警備兵たちは、カズマたちを見る目が完全に変わっていた。嘲笑は消え、畏敬と困惑が混じった視線だった。
「お前、本当に何者だ?」
警備兵の呟きに、カズマは苦笑した。オレも知りたいよ、と心の中で答える。
王との謁見
獣人国の玉座の間は、巨大な動物の骨や毛皮で装飾されていた。玉座に座る獣人王ガル・バオは、ライオンの頭部を持つ巨漢で、その存在感は圧倒的だった。筋肉質の体には無数の傷跡があり、それぞれが激戦の証だった。
王の両脇には、狼、豹、熊といった様々な獣人の重臣たちが控えている。皆、歴戦の戦士らしい風格を持っていた。
ミュリエルは玉座の前で優雅に一礼した。その動作には気品があり、同時に自然そのものが王に挨拶しているような神々しさがあった。
「ガル・バオ王よ」ミュリエルの声が玉座の間に響く。「長い間、お会いしていませんでしたね」
獣人王は立ち上がった。その巨体から発せられる威圧感は凄まじかったが、ミュリエルの前では敬意を示さずにはいられなかった。
「精霊女王ミュリエル様。まさかあなた様が直々に我が国を訪れるとは」
王の声には驚きと、そして僅かな緊張があった。精霊女王が動くということは、それだけ重大な事態が起きているということだ。
「俺は嫌いだぜ、人間」王はカズマを睨みながら言った。「だが精霊女王様が保証する客人とあらば…話くらいは聞いてやろう」
ミュリエルは感謝の微笑みを浮かべる。
「ありがとうございます。この者たちの話を聞いていただければ。そして…」彼女は一瞬言葉を区切った。「この人間の真の力を、あなた自身の目で確かめていただければと思います」
王の眼が鋭く光った。
「ほう…面白そうじゃねえか。お前、本当に人間か?」
カズマは王と視線を合わせた。この巨大な獣人の前でも、不思議と恐怖は感じなかった。むしろ、王の纏う野性的な力に、どこか親しみのようなものを感じていた。
「はい。ただの人間です」
「ただの人間が精霊女王様に保証されるかよ」王は豪快に笑った。「よし、お前の力、この俺に見せてみろ」
ミュリエルは満足そうに頷いた。
「力と力の世界で生きるあなたなら、きっと分かっていただけるでしょう。真の共存とは、信頼を築くこと。そしてその信頼は、互いの力を認め合うことから始まるのです」
王は興味深そうにカズマを見つめた。
「なるほどな…だがルールは力だ。お前がどれだけの力を持っているか、まずはそれを証明してもらおう」
そして王は宣言した。
「ちょうど来週、武道会が開かれる。勝ちたきゃ出てこい。優勝者にはなんでも望みを叶えてやる」
カズマは一歩前に出た。
「この国に古代魔導書があるはずだ。優勝したら、それをくれ」
王の眉が上がった。
「古代魔導書だと? なるほど、面白い。ああ、くれてやるさ」
そして王は獰猛な笑みを浮かべた。
「その代わり、命懸けでな」




