エルフの村へ
「私の名前はリーフィア。あなたは?」
「カズマ…だと思う」
「カズマね。覚えておく」
リーフィアに肩を支えられながら、カズマは森の奥へと向かう。月明かりが木々の隙間から差し込み、幻想的な光景を作り出している。
「どのくらい歩くんだ?」
「もう少し。でも、村の皆が人間を受け入れるかどうか…」
リーフィアの表情に不安が浮かぶ。
「人間とエルフは仲が悪いのか?」
「仲が悪いなんてものじゃない。人間は私たちを『劣等種』と呼んで迫害している。土地を奪い、森を焼き、仲間を殺す」
カズマの胸に痛みが走る。自分も人間だということが申し訳なくなった。
「でも、あなたは違うような気がする」
「どうして?」
リーフィアはカズマの目おじっと見つめて、
「直感」
「直感?」
「エルフは直感力に優れてるのよ」
カズマは内心ドキリとする。
やがて、木々の向こうに暖かい光が見えてきた。小さな家々が集まり、エルフたちが生活している。
「村だ…」
「でも、みんなには内緒にして。人間だとわかったら…」
リーフィアは言いかけて口を閉ざした。きっと村人たちの反応は厳しいものになるだろう。
村人たちの反応
「リーフィア!どうしたんだその人間は!」
村の入り口で、中年のエルフ男性が驚きの声を上げた。
「この人は記憶喪失で…」
「記憶喪失?そんな都合のいい話があるか!」
他の村人たちも集まってくる。皆、カズマを見る目は冷たい。
「人間なんか村に入れるな!」
「また騙されるつもりか!」
「前回の件を忘れたのか!」
村人たちの敵意に、カズマは身を縮める。
「みんな、この人は違う!」
リーフィアが庇おうとするが、村人たちの怒りは収まらない。
「リーフィア、お前は優しすぎる」
「人間は皆同じだ。信用できない」
その時、村の奥から威厳のある声が響いた。
「騒々しいな、何事だ?」
現れたのは、長い白髭を蓄えた老エルフ。村長のようだった。
「村長、リーフィアが人間を連れてきたのです」
村長はカズマを見つめる。その瞳には深い知恵と、同時に厳しさがあった。
「人間か…記憶喪失だと?」
「はい…自分でもよくわからないんです」
「ふむ…」
しばらくの沈黙の後、村長は決断を下した。
「しばらくの間泊めてやろう。しかしいずれは去ってもらう」
「村長!」
村人たちの抗議を手で制する。
「見捨てるのは簡単だが、それでは人間と同じになってしまう。しばらくの間我慢しろ」
小さな親切
リーフィアの家の一角に、簡易的なベッドが用意された。毛布一枚だけだったが、野宿を覚悟していたカズマには十分すぎるほどだった。
「温かいスープを持ってきた」
リーフィアが木のお椀を持ってくる。野菜と香草の香りが食欲をそそった。
「ありがとう…本当に」
スープを飲みながら、カズマは涙が出そうになった。異世界に来て初めて感じる、人の温かさだった。
「でも、いずれは出て行かなければならない」
「わかってる…迷惑をかけてすまない」
「迷惑なんかじゃない。ただ…」
リーフィアは複雑な表情を見せる。
「ただ?」
「あなたが本当に記憶喪失かどうか、私にはわからない。でも、もし嘘をついているなら…」
カズマの心臓が跳ね上がる。
「その時は、きっと理由があるのよね?生きるための理由が」
リーフィアの優しい言葉に、カズマは胸が詰まった。彼女は気づいているのだ。それでも助けてくれている。
「リーフィア…」
「今は休んで。明日のことは明日考えましょう」
そう言って、リーフィアは部屋を出て行った。
一人になったカズマは、天井を見つめながら考える。
「この人は…本当に優しいな」
王国では神に見捨てられたと判断され、処刑されそうになった。しかし、このエルフの少女は、敵であるはずの人間を助けてくれている。
「でも長くは居られないんだ。村を出て行かなければならない…一人で」
恐怖が再びよみがえる。森の中を一人でさまよい続けるのか。食べ物もない、行く当てもない。
「でも、生きてる…まだ生きてる」
それだけでも十分だった。希望は消えていない。