地下牢の絶望
他の三人が豪華な客室に案内される中、カズマだけが地下に引きずられていく。石造りの薄暗い通路を歩きながら、現実が受け入れられない。
「なんで…なんで俺だけ神に見捨てられたんだよ…」
転移の瞬間に聞いた声は何だったのか。確かに神らしき存在が何かを与えると言っていた。なのに、なぜ査定では何も検出されないのか。
地下牢は想像以上に陰湿だった。湿った石の壁、わずかな明かり、そして鉄格子。カズマは震える手で格子を握る。
「嘘だろ…これ夢だろ?」
しかし、冷たい鉄の感触は紛れもなく現実だった。
看守が去った後、カズマは壁にもたれて座り込む。
「神の加護…俺には何もないのか…」
涙が頬を伝う。昨日まで普通に学校に通い、友達と雑談し、家に帰って家族と夕飯を食べていた。そんな平凡だが平和な日々が、突然奪われた。
「死にたくない…まだ十八歳なんだぞ…やりたいこともたくさんあったのに…」
絶望が心を支配する。明日の夜明けには自分の命が終わる。理不尽すぎる運命に、カズマは拳で床を叩いた。
「クソッ!なんで俺がこんな目に…神も王国もクソッタレだ!」
その時だった。
カズマの感情が頂点に達した瞬間、体が突然、淡い光に包まれた。
「え…?」
体が軽くなる感覚。空間が歪む不思議な感覚。そして気づくと、カズマは牢の外に立っていた。
「な…なんだ?」
振り返ると、さっきまで自分がいた牢が見える。明らかに瞬間移動したのだ。
「まさか…これが神の加護…?」
転移の瞬間に聞いた声を思い出す。『古代の知識を宿す者よ、隠されし力を受け取れ』。
「古代…だから査定で検出されなかったのか…」
古代魔法【転移】の無意識発動だった。強い感情の高まりが、眠っていた力を覚醒させたのである。
脱出
「おい!囚人が逃げたぞ!」
看守の叫び声が響く。カズマは慌てて走り出した。
「どうやって外に出るんだ…」
城の構造は複雑で、どこが出口かわからない。だが、生への執着が足を動かし続ける。
階段を駆け上がり、廊下を走る。時折、兵士たちとすれ違うが、彼らはまだ事態を把握していない。
「あそこに窓が…」
三階の窓から外を見ると、城の堀が見える。かなり高いが、死ぬよりはマシだ。
カズマは窓枠に足をかける。
「頼む…死なないでくれよ…」
勇気を振り絞って飛び降りる。
バシャン!
冷たい水が全身を包む。幸い、水深は十分だった。カズマは必死に岸まで泳ぐ。
「は…はぁ…」
岸に這い上がり、振り返ると城から明かりが漏れている。間もなく大規模な捜索が始まるだろう。
「逃げなきゃ…」
カズマは森の方角へ向かって走った。
森での邂逅
深い森を一心不乱に走り続けた。枝に服を引っかけ、石につまずき、何度も転びそうになる。それでも恐怖が足を止めさせない。
しかし、人間の体力には限界がある。一時間ほど走り続けた頃、カズマはついに倒れ込んだ。
「もう…だめだ…」
呼吸が荒く、全身に痛みが走る。濡れた服が体温を奪い、震えが止まらない。
「こんなところで死ぬのか…」
意識が朦朧とし始めた時、足音が聞こえた。
「あら…人間?こんな深い森で何を…」
美しい声だった。カズマは顔を上げる。
月明かりに照らされて立っているのは、美しい少女だった。長い金髪、エメラルドグリーンの瞳、そして――耳が尖っている。
「エルフ…?」
「まさか王国から逃げてきたの?」
少女は警戒した表情を浮かべる。
「あなた、王国の兵士?それとも…」
カズマは咄嗟に判断した。正直に話せば、また処刑されるかもしれない。
「わからない…記憶が…」
「記憶が?」
「気がついたら森の中にいて…自分が何者かも思い出せない…」
嘘だった。だが、生きるための嘘だった。
少女は複雑な表情を見せる。
「記憶喪失…本当なの?」
「本当だ…頭が痛くて…」
実際、頭は痛かった。恐怖と疲労で体中が悲鳴を上げている。
「人間を助けるなんて…」
少女は迷っているようだった。しかし、カズマの惨めな姿を見て、何かを決意したようだ。
「わかった。とりあえず村に連れて行く。ただし、変な真似をしたら容赦しないから」
「ありがとう…」
カズマの目から、安堵の涙がこぼれた。