新たな出会いと決意
煙の正体は、小さな村だった。「ハーベスト村」という名前の農業中心の集落で、人口は100人ほど。エルフの村ほど閉鎖的ではないが、よそ者には警戒心を示す典型的な田舎の村だった。
「旅の方ですか?」村の入り口で見張りをしていた男性が声をかけてくる。
「はい。道に迷ってしまいまして」カズマが答える。
「兄妹の旅人かい?危険だねぇ、最近は物騒だから」
「物騒?」
「王国の兵士がうろついてるんだ。何やら逃亡者を探してるとか」
カズマとリーフィアは顔を見合わせた。やはり追跡されている。
「一晩泊めてもらえませんか?」リーフィアが頼む。
「そうだねぇ…村長に聞いてみるか」
村長は温厚そうな男性だった。二人の身なりや態度を見て、危険な人物ではないと判断したのか、一晩の宿を許可してくれた。
「最近は王国の連中が偉そうにしてて困ってるんだ」村長が愚痴る。「税金は上がるし、若い者は徴兵されるし」
「徴兵ですか?」
「魔族討伐のためだとさ。でも、魔族なんてこの辺りじゃ見たことないのに」
村人たちの話を聞いていると、王国の政策に対する不満が随所に見られた。特に異種族への迫害については、多くの村人が疑問を持っているようだった。
「昔はエルフの商人もよく来てたんだがなぁ」年老いた農夫が言う。「いい人たちだったのに、今じゃ犯罪者扱いだ」
「そんなのおかしいですよね」カズマが同調する。
「ああ、おかしいさ。でも逆らったら村ごと潰されかねない」
夜、宿を提供してくれた農家の家で、カズマとリーフィアは今後について話し合った。
「この村の人たち、王国のやり方に疑問を持ってる」リーフィアが小声で言う。
「ああ。でも、恐怖で従わされている」カズマが頷く。「きっと、こういう村は他にもたくさんあるはずだ」
「私たち、何かできることはないかしら?」
「今は力不足だ。でも、いつか必ず」カズマの目に決意の光が宿る。「この世界を変えてみせる。誰もが自由に、平和に暮らせる世界にするんだ」
「その時は、私も一緒よ」
二人の絆は、さらに深まった。ただの逃亡者から、世界を変える意志を持った者たちへと成長しつつあった。
翌朝、村を出発する時、村長が二人を呼び止めた。
「君たち、もしかして…」
カズマが身構える。正体がバレたか?
「困った人を助ける旅をしてるんじゃないか?」
「え?」
「昨夜の話を聞いてて思ったんだ。君たちの目は、何かを成し遂げようとしている人の目だ」
村長は二人に小さな包みを渡した。
「食料だ。それと…もし何かあった時は、この村のことを思い出してほしい。君たちを応援している人がいることを」
カズマとリーフィアは深く頭を下げた。
「ありがとうございます。必ず、その恩を忘れません」
村を出て歩きながら、リーフィアが言った。
「あの村長さん、私たちの正体に気づいてたのかしら?」
「分からない。でも、悪意がないことは確かだった」カズマが振り返る。「ああいう人たちがいる限り、この世界にも希望があるんだな」
道の向こうに、新しい町が見えてきた。二人の旅は続く。そして、その旅路の先には、きっと大きな運命が待っている。
絆を深める日々
その後の数日間、カズマとリーフィアは小さな村や町を転々として過ごした。王国の追跡を避けながらも、各地で情報を収集し、この世界の実情を肌で感じていく日々だった。
旅の途中で二人が気づいたのは、王国の圧政に不満を持つ人々が思っている以上に多いということだった。表面上は従順に見える村人たちも、酒が入ると王国への愚痴をこぼし、昔は良かったと嘆く。
特に印象的だったのは、ある町で出会った元騎士の老人だった。
「わしは30年間、王国に仕えた」老人は酒場の隅で呟いた。「でも今の王国は、わしが仕えていた国とは別物だ」
「どういう意味ですか?」カズマが尋ねる。
「昔の王国は確かに人間中心だったが、他種族とも最低限の取引はしていた。今みたいな虐殺はなかった」
老人は昔話を語り始めた。20年前までは、エルフの商人が普通に王国の街を歩いていたこと。獣人族の傭兵が王国軍で活躍していたこと。魔族との間にも、非公式ながら交易があったこと。
「それが変わったのはいつ頃からですか?」リーフィアが聞く。
「今の王に代わってからだ」老人の表情が暗くなる。「先王が亡くなり、現在の王が即位してから、王国の方針が完全に変わった。多くの異種族が迫害され、追放された」
「今の王に…」
「詳しいことは知らん。宮廷の内情だからな。ただ、現王は人間至上主義を掲げていて、それ以降、異種族は全て『敵』とみなされるようになった」老人は続ける。「まあ、確かに王国の経済は良くなったがな。異種族を追放してから、彼らが住んでいた土地の鉱石採掘権や、森の狩猟権、果実の採取権、全てが王国のものになった」
この情報は重要だった。つまり、今の王国の政策は現在の王の個人的な信念に基づいているということだ。
その夜、カズマは新しい夢を見た。巨大な龍が空を舞い、街が炎に包まれる夢。そして、その炎の中で泣き叫ぶ人々の声。魔族の軍勢と人間の軍隊が激突する戦場の夢。
目が覚めた時、カズマの体は汗でびっしょりと濡れていた。
「大丈夫?」リーフィアが心配そうに覗き込む。
「変な夢を見た。戦争の夢だ」
「予知夢かしら?それとも…」
「分からない。でも、何か重要なことのような気がする」
それ以来、カズマは時々同じような夢を見るようになった。しかし、その意味を理解するには、まだ時間が必要だった。