翌日
翌日、二人は小さな町「クロンベル」に到着した。人口は300人ほどの農業中心の町で、旅人も多く通る街道沿いにある。カズマとリーフィアは偽名を使い、兄妹として宿に泊まることにした。
酒場兼宿屋「金麦亭」は、この町では一番大きな建物だった。カズマは「カズ」、リーフィアは「リー」と名乗り、部屋を取った。宿屋の主人は気のいい中年男性で、特に疑うこともなく二人を迎え入れた。
「兄妹での旅とは珍しいですな。どちらから?」
「北の村からです」カズマが答える。「妹の病気治療のために、南の都市の神殿を目指しているんです」
「そりゃあ大変だ。妹さん、大丈夫か?」
リーフィアが弱々しい演技をして見せる。エルフの美貌も相まって、宿屋の主人は完全に同情してしまった。
「部屋代、少し安くしてあげよう」
「ありがとうございます」
部屋に案内された後、リーフィアがカズマの袖を引いた。
「あなた、嘘つくのうまいのね」
「生きるためさ。それより、君の演技も結構なものだったじゃないか」
「フフッ、エルフの演技力を舐めないでよ」
夕食の時間になり、二人は酒場部分に降りた。地元の人々や旅人たちで賑わっている。カズマたちは隅の席に座り、目立たないように食事を取っていた。
しかし、リーフィアの美しさは頭巾を被っていても隠しきれない。数人の男たちが彼女をジロジロと見ているのに気づく。
「気をつけろ」カズマが小声で言う。「あの連中、ただの地元民じゃない」
リーフィアも気づいていた。男たちの装備や雰囲気から、盗賊かそれに近い連中だと判断できる。
食事を早めに切り上げて部屋に戻ろうとした時、案の定、男たちがついてきた。
「おい、そこのお嬢さん」
酒場の外で声をかけられた。振り返ると、4人の男が立っている。全員、剣や斧を持った荒くれ者だった。
盗賊のリーダー格らしき男が歩み寄る。
「おい、綺麗な女じゃないか。俺たちと楽しまないか?」
「お断りします」リーフィアが毅然とした声で答える。
「まあまあ、そう冷たくするなよ。俺たちはこの町の…まあ、用心棒みたいなもんだ。美人さんを一人にしちゃ危険だろ?」
男がリーフィアの腕を掴もうとした瞬間、カズマが間に入った。
「やめろ、彼女に触るな」
盗賊たちがカズマを見る。ひ弱そうな青年にしか見えない。
「ああ?生意気だな」別の男が刀の柄に手をかける。「大人しく消えろ。さもないと…」
「さもないと何だ?」
カズマの声のトーンが変わった。エルフの村を守った時と同じ、静かな怒りが込められている。
「調子に乗んなよ、ガキが」
盗賊の一人が剣を抜いた。その瞬間、カズマの中で何かが弾けた。
怒りと、そして大切な人を守りたいという強い意志。それらが混ざり合った感情が、カズマの魔力を刺激する。
「下がれ!」
カズマが叫んだ瞬間、周囲の空間がゆらめいた。そして盗賊たちの影が急に濃くなり、まるで生きているかのように動き始めた。
「な、何だこれは!?」
盗賊たちの影が本体から分離し、残像のような姿となって宙に浮かぶ。そしてそれらが盗賊たちを取り囲み、動きを封じた。
古代魔法【朧影転写】の発動。自身の影や残像を操り、相手を翻弄する術式だった。
「うわあああ!」
盗賊たちは自分の影に縛られ、動くことができない。影の手が彼らの武器を奪い、地面に叩きつける。
「バ、化け物だ!」
「逃げろー!」
数分後、影たちは消え、盗賊たちは恐怖に駆られて逃げ去った。周りにいた町の人々も、驚いて遠巻きに見ている。
「これは…また新しい力が」カズマは自分の手を見つめた。「でも、これで王国に居場所がバレるかも」
リーフィアが心配そうに言う。
「大丈夫よ。この程度なら、魔力の痕跡はそれほど強くない。それより…」
「何?」
「すごかった。あなた、本当に強くなってる」
カズマは照れくさそうに頭をかいた。
「君を守るためなら、どんな力でも使うさ」
リーフィアの頬がまた赤らむ。しかし、周囲の視線が気になり、二人は急いで宿に戻った。
部屋で休んでいる時、リーフィアが口を開いた。
「カズマ、あなたの魔法って本当に特殊なのね」
「そうみたいだな。俺自身もよく分からない」
「でも、きっと何か意味があるはず」リーフィアは窓の外を見つめる。「この世界には、私たちの知らない秘密がまだたくさんありそう」
「そうかもしれない。でも、今は君と一緒にいられればそれで十分だ」
リーフィアは振り返ってカズマを見つめた。
「私も…あなたと一緒にいると、怖いものなんて何もないって思える」
二人は微笑み合った。しかし、この平穏な時間が長く続かないことを、まだ知る由もなかった。