ピアノ発表会で・・・
兄には野上葵生さんという幼馴染みがいます。
僕は葵生ちゃんと呼んでいます。
葵生ちゃんは兄と同じ年で、美人でピアノがすごく上手です。
葵生ちゃんのお父さんは会社の社長さんらしいです。
お母さんは私立の音楽大学でピアノ講師をしていて、週末は自宅でピアノを教えています。
葵生ちゃんのお母さんと、僕のお母さんは友人で、葵生ちゃんは学校帰りはほぼ僕の家に来ていました。
お互い両親が忙しいので、僕のお婆ちゃんが面倒をみてくれました。
「葵生ちゃんはピアノが上手ね。将来はピアニストね」
とお婆ちゃんはよく褒めていました。
葵生ちゃんのピアノ伴奏で兄が歌っている時、お婆ちゃんはとても嬉しそうでした。
僕も兄の歌と葵生ちゃんの演奏が大好きでした。
お婆ちゃんが作ってくれたクッキーやケーキなど、みんなでワイワイしながら食べるのは、とても楽しかったです。
特に兄はお菓子が大好きで、
「愁ちゃん。晩ご飯前なんだからお菓子ばっかり食べたらダメよ」
とお婆ちゃんによく注意されていました。
そんなお婆ちゃんが急に亡くなった時、兄も葵生ちゃんも僕もすごくショックでした。
兄の落ち込み方が一番ひどくて、葵生ちゃんは元気づけようとケーキを持ってきたり、映画や買い物に誘ったり頑張っていました。
僕も葵生ちゃんも、兄が歌わなくなってしまった事が一番悲しかったです。
大好きだった歌なのに……
お婆ちゃんが亡くなってから数か月が過ぎた頃、僕のピアノ発表会がありました。
僕のピアノの先生と葵生ちゃんのお母さんの教室の合同発表会です。
「利人、すごく上手に弾いていたね。スゴイね」
兄が褒めてくれました。
けれど、まだ寂しそうな顔をしていたので僕は心配でした。
「愁。今日は発表会を見にきてくれたのね」
葵生ちゃんが嬉しそうに話していました。
「うん。利人、ピアノを始めて半年くらいなのに上手だった」
「ほんとよね。私は最後に出るから見てよね」
「え……」
兄は帰ろうと思っていたみたいです。
母も、もう少し見たらとたしなめていました。
しぶしぶ残った兄でしたが、置田冬弥さんの演奏が始まると、前のめりで見ていました。
演奏後はクスクス笑っていて、母も僕も不思議に思ったのを覚えています。
しかも、久しぶりにニコニコと話すようになって驚きました。
「愁。私のピアノ、どうだった?」
自信満々に葵生ちゃんが聞いていました。
「良かったと思うよ。それはそうとさ、置田冬弥って人のピアノはビックリした。上手いのにムスっとしてつまらなさそうで。面白いよね。ピアノの先生の息子さんかな?」
「知らないわよ」
「利人、知ってる?」
「知らない」
「お母さん、置田冬弥って人は先生の息子さんかな?」
「そうよ。確か、愁と同じくらいの年だと思うわ」
「ふうん」
僕も葵生ちゃんも、元気になって楽しそうに喋る兄を怪奇現象が起こったかのように見ていました。




