表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
4/11

古い倉庫の扉が開くと、埃が舞い上がった。天井からは細い光が差し込み、広い空間を薄明るく照らしている。


「ここが、研究所に?」イビットは不安そうに周囲を見回した。


「ああ」リックは大きく頷いた。「掃除と修繕は必要だが、十分な広さはある。あそこに培養設備を置いて、こちらを実験スペースにして...」


話している間にも、イビットは既に研究者としての目で空間を査定し始めていた。「光、重要。あと、温度管理も」


二人が設備の配置を考えていると、扉口に人影が現れた。


「おや、これは珍しい組み合わせだね」


振り返ると、鍛冶屋のグレイムが立っていた。がっしりとした体躯の熟練工は、イビットを見ても特に驚いた様子を見せない。


「ヴァイスから聞いていたよ。研究所の改装を手伝えと」グレイムは作業用の革エプロンを叩きながら言った。「培養設備には安定した温度が必要なんだろう?ちょうどいい暖房システムを考えていたところさ」


イビットは最初こそ身を縮めていたが、グレイムが具体的な設備の話を始めると、少しずつ興味を示し始めた。


その時、外で騒がしい声が聞こえ始めた。


「あれが噂のゴブリンの研究所か?」

「町の中に魔物を入れるなんて」

「ギルドは何を考えているんだ」


リックは眉をひそめた。予想はしていたが、やはり反発は強そうだ。


「気にするな」グレイムは淡々と言った。「昔は私の工房にドワーフが来た時も、同じような反応だったよ。今じゃあ、誰も気にしちゃいない」


その言葉に少し救われる思いがしたが、突如、甲高い叫び声が響き渡った。


「イビット!」


倉庫の入り口に、一団のゴブリンが現れた。その中心にいる年長のゴブリンは、イビットより一回り大きく、首から様々な骨のアクセサリーを下げている。


「まさか、本当に人間の町に...」年長のゴブリンは悔しそうに歯を噛みしめた。「お前は氏族の恥だ」


「兄さん...」イビットの声が震えた。


リックは前に出ようとしたが、グレイムが腕を伸ばして止めた。「待て。これは彼らで決着をつけるべきことかもしれない」


「でも...」


「見守れ」


イビットの兄は、一歩前に出た。「戻るんだ、イビット。お前の場所はあくまで群れの中だ。この歪んだ研究は、もう十分だ」


「歪んでない」イビットの声は小さいが、芯が通っていた。「僕の研究は、みんなを救える。兄さんこそ、見て」


イビットはベルトから小瓶を取り出した。「これ、兄さんの、昔の傷の記録。あの時、もし僕の技術があれば...」


「黙れ!」兄は叫んだ。「お前は氏族の戦士になるべき存在だった。それなのに、こんな...」


「違う!」


イビットの声が、これまでにない強さで響いた。


「僕は戦士じゃない。でも、僕には僕の戦い方がある。細胞を育て、傷を治し、命を救う。それが、僕の選んだ道」


イビットは自分の培養器具を大切そうに抱きしめた。「兄さんは、氏族の誇りは戦いにあると言うけど、僕は違う道で誇りを見つけた。もう、戻らない」


周囲が静まり返る中、イビットの兄は長い間、弟を見つめていた。やがて、深いため息をついた。


「...勝手にしろ」


そう言い残して、兄は踵を返した。他のゴブリンたちも、それに続いて去っていく。最後に兄は振り返り、


「氏族には、お前は既に死んだと伝える。もう、関わりは持たない」


その言葉には、痛みと、かすかな祈りのような何かが混ざっていた。


イビットは、兄の背中が見えなくなるまで見送っていた。その小さな肩が震えているのを、リックは黙って見守った。


「さて」しばらくしてグレイムが声を上げた。「暖房の話の続きをしようか。あと、培養器具の設置台も作らないとね」


イビットは目を拭いながら、小さく頷いた。新しい一歩を踏み出すための、静かな決意がそこにはあった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ