三
「絶対に反対だ!」
ギルドハウスの会議室に、年配の冒険者の声が響き渡った。リックは予想していた反応だったが、それでも胸が締め付けられる思いだった。
「ゴブリンを町に入れるだけでも問題なのに、研究所だと?」別の冒険者が続けた。「奴らの群れが攻めてくる口実を作るようなものだぞ」
リックは深く息を吸い、落ち着いて反論した。「イビットは群れには属していません。彼の研究は、私たち冒険者の命を救う可能性を秘めています」
会議室の隅で、ギルドマスターのヴァイスが黙って議論を見守っていた。白髪交じりの髭を撫でながら、その瞳は何かを考え込むように細められている。
「リック」ヴァイスがついに口を開いた。「その、イビットという若いゴブリンの技術を、実際に体験したのは君だけなんだろう?」
「はい」
「なら、実演してもらおうではないか」
会議室が静まり返った。ヴァイスは立ち上がり、左腕の袖をまくり上げた。古い火傷の痕が、醜く腕を覆っている。
「私のこの傷、20年前の竜討伐の時のものだ。魔法医師でも完治させられなかった。もし、君の言うゴブリンの少年に、これを治せるなら...」
「待ってください、マスター!」複数の声が上がった。「危険すぎます」
しかし、ヴァイスは微笑んで首を振った。「これは命に関わる傷ではない。だが、もし治れば、その技術の価値は誰の目にも明らかになるだろう」
リックは勢いよく立ち上がった。「イビットを連れてきます。ですが...」
「何かね?」
「彼は、臆病なところがあります。大勢の前では、緊張して満足な技術を発揮できないかもしれません」
ヴァイスは理解したように頷いた。「では、明日の朝一番、私の執務室で。立ち会いは最小限にしよう」
*
夜明け前の森。リックはイビットの研究所で、状況を説明していた。
「怖くない?」イビットは器具を片付けながら、小さな声で訊ねた。
「正直、怖いさ。でも、これはチャンスなんだ。お前の技術が認められれば、町での研究も夢じゃない」
「でも、失敗したら...」
「失敗なんてしない」リックはイビットの肩に手を置いた。「お前の研究を、この目で見てきた。誰よりも信じているよ」
イビットは自分の培養器具を見つめ、やがて小さく頷いた。「うん。やってみる」
*
ギルドマスターの執務室は、朝日が差し込み始めたばかりだった。ヴァイスの他に、ギルドの医師と、記録係が立ち会っている。
イビットは最初、部屋に入ることすら躊躇していたが、リックの励ましに、少しずつ前に進み出た。
「よく来てくれた」ヴァイスは優しく声をかけた。「君がイビットくんかな」
イビットは黙って頷き、おそるおそる古い傷跡を観察し始めた。その仕草は、先日リックを治療した時と同じ、研究者としての真剣さに満ちていた。
「深い、でも...」イビットは自分の培養液を確認した。「治せる、はず」
治療が始まった。イビットは普段以上に慎重に、培養液を傷跡に塗布していく。部屋の空気が張り詰める中、驚くべき光景が広がっていった。
醜く歪んでいた皮膚が、少しずつ、しかし確実に再生され始めたのだ。火傷で失われていた皮膚の質感が戻り、20年の時を超えて、健康な肌が甦っていく。
「これは...」医師が思わず声を上げた。「前例のない再生速度です」
処置を終えたイビットは、最後にサンプルを採取させてもらうことを、申し訳なさそうに伝えた。ヴァイスは笑顔で腕を差し出した。
「もちろんだとも。これだけの技術なら、サンプル提供の一つや二つ、安いものだ」
イビットが採取を終えると、ヴァイスは再生された腕を見つめながら言った。「リック、明日にでも、空き倉庫の視察に行くといい。改装の費用は、ギルドで負担しよう」
リックは思わず、イビットを抱きしめそうになった。イビットは困惑した表情を見せたが、その目には、小さな希望の光が宿っていた。




