後日談
『培養肉の誘惑』
「おい、イビット。余った培養肉、俺たちに分けてくれないか?」
ある日、ギルドの休憩室でそんな声が上がった。ドラゴンが去って数週間が経ち、研究所にはまだ培養設備が残されている。
「そうだな」ギルドマスターのヴァイスが考え込むように言った。「技術的には可能なんだろう?結局は人の組織から作られた肉なのだから」
リックは特に熱心だった。「俺たち冒険者なら、そのくらい...」
「だめです」
イビットの声は、珍しく強い調子を帯びていた。
「でも」リックが食い下がる。「なぜ...」
「リック」イビットは真剣な眼差しで友人を見つめた。「覚えていますか?最初にあなたの血を調べた時、私が言ったことを」
リックは少し考え、そして目を見開いた。
「そう」イビットは小さく頷いた。「あなたの組織は特別なものでした。再生力が高く、生命力に満ちている。だから...」
「まさか」リックは声を詰まらせた。「ドラゴンに収めた肉は、全部...」
「はい。全て、リックの組織から培養したものです」
休憩室が静まり返った。
「つまり」誰かが呟いた。「俺たち、リックを食べようとしてたのか」
笑いが爆発した。リックの顔が真っ赤になる。
「まあ」ヴァイスが肩を叩いた。「お前の肉で、町が救われたというわけだ。誇りに思え」
『兄弟の研究』
研究所の片隅で、二つの影が培養器具に向かい合っていた。
「この温度管理が重要なんだ」イビットが説明する。「そして、栄養バランスも...」
熱心に聞き入る者の姿は、かつてイビットの兄として知られた戦士のゴブリンだった。首から下がっているのは、もはや骨のアクセサリーではない。代わりに、小さなガラスの実験器具たちが、首飾りのように連なっている。
「お前の言った通りだったな」兄が培養器具を覗き込みながら言った。「戦うことだけが、氏族の誇りじゃなかった」
イビットは小さく微笑んだ。氏族を離れた弟を「死んだ」と宣言した兄が、今では同じ研究者として隣で実験に勤しんでいる。
「見て、兄さん」イビットが培養細胞を指さした。「分裂が始まってる」
「本当だ」兄の目が輝いた。その表情は、かつて戦利品を眺める時のそれとは、まったく違うものだった。
夕暮れの研究所に、二人の静かな声が響く。小さな培養皿の中で、新しい生命が育まれていく。時折、誰かが研究所を訪れると、二人の熱心な研究姿に目を細める。かつて骨の装飾で相手を威圧した戦士が、今は繊細なピペットを扱う研究者に変わっている。
首飾りのガラス器具が、夕日に輝いていた。その光は、戦いの記録ではなく、新たな発見への期待を映し出しているようだった。




