第1話 将来の夢
広場に子供たちの歓声が響き渡る。
人数は六人、思い思いに広場を駆け回りはしゃいでいる。
やがて疲れたのか誰ともなしに地べたに腰掛け、いつの間にか全員が車座に座っていた。
「なあお前ら、大人になったら何がしたい?」
六人の中で一番背が高く年上に見える意志の強そうな目力のある少年が他の子達に質問を投げかけた。
「何だいジャン、突然そんな事を聞いてきて?」
身体の線が細く、一目見ると少女と見紛うほど顔の整った少年が訝し気にその質問に質問を返した。
「いいから聞かせろよオムレ、俺はな今の戦争ばかりやってる大人たちを蹴散らして誰よりも偉くなる!! そんでもってこの国を平和にしてやるんだ!!」
美少年オムレを一瞥し目力の強い少年ジャンは握り締めた拳を空に向かって突き上げ声高らかに宣言する。
「また始まったよ、そんな事出来る訳ないじゃないか、全く……」
猫背の姿勢でいじけた目つきをした少年がジャンの呟く様な小さな声で発言を否定した。
「やってみなきゃ分からないだろうトムヤ!! お前はいつも考え方が後ろ向きなんだよ!!」
ジャンはおどおどしたトムヤの元へ素早く這いより正面から睨みつけた。
「いつも叶いっこない夢ばかり語ってさ、無理に決まってる……」
「何だとぉ!?」
ジャンがトムヤの胸倉を掴んで顔を近づけた、しかしトムはすぐに視線を逸らす。
ジャンはこの少年たちのグループでリーダーの様な立ち位置に居てトムヤはジャンのこういう高圧的な態度をとても苦手としていた。
そのくせジャンの意見に反対しては一言余計に言ってしまいいつもいがみ合っていた。
「まあまあその辺にしておきなよジャン、トムヤも」
穏やかな態度と表情の少年が二人の間に割って入った。
「ビフ……」
「………」
にこやかな表情のビフが仲裁に入ると先ほどまでの殺伐とした空気が一変し何事も無かったかのように二人は落ち着きを取り戻した。
「そうだな~僕は一杯勉強して学者になりたいかな」
「ああビフならなれると思うぜ、お前は俺たちの中じゃ一番頭が良いからな!!」
ジャンが上機嫌でビフの肩を力いっぱい何度も叩いた。
「ちょっとジャン、痛いってば」
「おう悪い悪い、じゃあよ、お前が学者になったら俺に力を貸してくれよ!!」
「まあ良いけどね、その時が来るといいね」
「来るさぁ!! 俺たちの未来は俺たちで切り開くんだ!!」
ジャンは隣にいたビフとオムレの肩に腕を回して抱き寄せる」
「ちょっと……止めてくれ!!」
オムレが突然激昂してジャンの腕を振り払い距離を取った。
「あ、済まねぇ……悪かったなオムレ」
「ううん……こっちこそゴメン……ちょっとびっくりしただけ……」
オムレは息を切らし肩を激しく上下させている。
そしてそのオムレにしがみ付く幼い少女がいた。
その少女は頬を膨らせながらそのあどけない顔で大して怖くもない睨みをジャンに効かせていた。
「お兄ちゃん虐めた……」
「パル、何でもないよ……今のはちょっとした親愛の表現みたいな物さ」
「……ならいい」
耳を澄ませないと聞き取れないほどのか細い声でそう言うとパルはオムレの後ろに隠れてしまった。
「俺の夢はパルと二人でそれなりに平穏な生活が送れればそれでいい……」
物憂げな表情でそう語るオムレ。
オムレとパルラは実の兄妹であった。
ジャンもバツが悪そうな顔で頭を掻いた。
「へっ、夢騙るだけで何でこんなに殺伐とするかねぇ、おっかしいの」
「アジノ……」
腕枕で寝そべってこれまでの経緯を見守っていた三白眼の少年、アジノがぼやく。
「へへっ俺にも夢はあるぜ、いっぱい金を稼いで大金持ちになる事さ」
財布を弄りながら不敵な笑みを浮かべそう言い放つアジノ。
「お前、また大人から財布をスッただろう、いい加減にしないと痛い目を見るぞ?」
「説教なんて聞きたくないよ、こうでもしないとおまんまの食い上げだ」
ここに集まっている少年たちは皆貧しい家に生まれた子供たちだ。
服だって袖が破れていたり薄汚れている。
オムレとパルラ、アジノに至っては養ってくれる親も家族も居なかった、所謂戦災孤児だ。
オムレとパルは保護施設にこそ入ってはいるが満足な教育も食事も受けられていない、ただ二人は素行が良いので日に三時間だけ施設からの外出が許されていた、その時間を利用して皆の集会場であるこの広場に集まっているのだ。
アジノに至っては完全な浮浪児で盗みを繰り返して何とか生きながらえている始末。
「アジノ、いつも言ってるが本当に困ったら俺の所に来いよ」
「ハッ、ゴメンだね誰が人の施しなんて受けるかよ」
ジャンの家も決して裕福な家庭ではない、生活水準は中の下といった所か。
「……子供の僕らは余りにも無力だ、僕が大人になったら子供たちが虐げられるこんな最低な状況を何とかして見せる、その為に勉強するんだ」
ビフは鞄に詰め込んでいた分厚い本を取り出すと熱心に読み始めた。
その本は何度も読み込まれているらしく紙は手垢で変色し端々が破れてボロボロだった。
「その息だぜビフ!! うおおおおおっ!! 俺もやる気が出て来たぜ!! 絶対俺たちの手で世界を変えてやろうぜ!!」
ジャンは勢いよく立ち上がると足を大きく開き天に向かって力いっぱい右手の拳を突き上げた。
その迫力に他の少年たちも圧倒されてついその腕の先を見上げてしまう。
否定的だったトムヤとアジノも魅入られたかのように瞳を輝かせた。
五年後、グランディッシュ王国辺境のタージン砦。
「……何でこうなった?」
機関銃を手に崩れた煉瓦の壁に隠れるジャン。
ジャンは現在18歳、王国の徴兵制により軍隊に入隊し最前線であるこのタージン砦に配属されていた。
「所詮僕らの様な最底辺の生まれは最底辺の最期を迎えるってことさ」
「てめぇ、本気で言ってるのか!?」
横に控えているトムヤに掴み掛るジャン。
「こらこら、すぐそこまで敵が迫ってるんだよ、大声を出してはダメだ」
小声でビフが口の前に人差し指を立て二人に見せる。
「……済まねぇ」
トムヤとビフもこのタージン砦に配属されていたのだ。
二時間前の事だ、タージン砦は敵魔動兵士の攻撃を受け多大な損害を受けた。
魔動兵士とは身の丈四メル(こちらの世界でいう四メートル)はある巨大な鎧で人が乗り込み操る事で動く人型兵器である。
ただ動力源が搭乗者である人間の魔力を吸い上げエネルギーへと変換し稼働する、要するに魔力が無い者、魔力が少ないものには操縦できないのだ。
二時間目の戦いでタージン砦に配備された味方の魔動兵士は敵の侵攻を食い止める事が出来たがほぼ大破してしまいまともに動けるのは僅か一機のみ、その時に大人の兵士たちは魔動兵士の操縦士一人を除いて全て戦死してしまった。
「どうだ坊主たち、状況は?」
髭を蓄えた大人の兵士が三人の元にやって来た。
彼こそがその唯一の大人の兵士の生き残りであった。
「はっボイル軍曹、敵魔動兵士ビネイガが三機ほど砦の周りを取り囲んでいます」
ジャンが上官であるボイルに敬礼をし状況を伝える。
「そうか、このままでは勝ち目はないな、坊主共一刻も早くここから離れろ」
「はっ? 味方の増援を待つのではないのですか?」
「増援を要請してから二時間だぞ? 後方のドナーベ砦からそう離れていないのに増援が来ないのはおかしいとは思わないか?」
「それは……」
先の戦闘で味方の魔動兵士が大破してからすぐに増援の要請をしたにも関わらず未だに味方が到着していない。
いくら準備の時間が掛かると言ってもドナーべ砦からタージン砦まで片道30分も掛からない筈なのだ。
「私が唯一残った魔動兵士ペパーで奴らを引き付ける、その隙にお前たちは砦に残っている少年兵たちと逃げろ」
ジャンはボイルの発言に動揺を隠せない。
ジャンだけではないビフもトムヤも驚いた顔をしている。
「そんな!? オヤジさんだけ残して俺たちが逃げられる訳ねぇだろ!! 俺たちも戦うぜ!!」
ジャンはついいつもの口調で話してしまう。
ビフは頷いたがトムヤは渋い顔だ。
「誰がオヤジさんだ!! ボイル軍曹と呼ばんか馬鹿者!! この砦はもう駄目だ、これは命令だ!! 全員砦から退去せよ!!」
「おい!! だから……」
「了解しました!!」
そう言いビフとトムヤがジャンの腕を両側から掴み強引に引っ張っていく。
「放せお前ら!! オヤジさんだけ見殺しにするなんてこんな事があっていいのか!?」
「仕方ないでしょう!! 僕にだって分かる、もうこの砦が落されるのは時間の問題だって!! もしかしたらもう脱出もままならないかもしれない、でも軍曹が敵を引き付けてくれたらまだ望みはあるかもしれないんだ!!」
「だからってよぉ!!」
納得がいかないジャン。
「いつも言っていたじゃないか、ジャンは戦争を終わらせてこの国を平和にするんだろう!? こんな所で死んでいいのかよ!!」
いつになく強い口調でトムヤがジャンに語り掛ける。
「ぐっ、それは……」
それを言われてしまうとジャンは何も言えなくなる、子供の頃から仲間内でいつも大見得切っていた以上それに背く事は彼には出来なかった。
「分かった!! 他の奴らを迎えに行くぞ!!」
「そう来なくっちゃ!! それでこそジャンだ!!」
ビフの口角が少し上がる。
ジャンは二人の腕から離れ先頭を切って走っていく。
「おい!! 二人とも!! ここから逃げるぞ!!」
三人が着いたのは砦内の厨房だ、そこにはエプロン姿のオムレとパルが居た。
オムレも徴兵されていたが体力が無く戦闘に不適応とされ厨房で食事係をやっていたのだった。
パルはオムレと離れたくないとだだを捏ねたため一緒の場所に居た。
ただパルに至っては徴兵の年齢に達していない、要するに養護施設から厄介払いされてしまった訳だ。
「ジャン!! 一体外はどうなっているんだい!?」
「この砦はもう駄目だ、砦を捨てて後方の砦迄引き上げる!!」
「分かったよ!! パル!! 支度をして!!」
「うん!!」
二人は走るのに邪魔なエプロンを脱ぎ荷物の入ったバッグを肩から掛ける。
「みんな準備はいいな!? 出るぞ!!」
砦の背後にある脱出用の扉を目指して五人は走った。
廊下を走っていると軽い地震でも起きたかのような振動が起こり砦全体が揺れ天井から砂埃のようなものが降ってきた。
「始まったようだな、急ぐぞ!!」
「待って、何が始まったって!?」
「オヤジさ……ボイル軍曹が囮を買って出てくれてるんだよ、その隙に俺たちは脱出する」
「………」
経験上大人を信用していないオムレは何とも複雑な心境になった、結局は大人の力が無いと自分たちは生き残れないんだと痛感してしまう。
「早くしてくれ!!」
「分かってるよ!! 急かさないで!!」
それからも何度か振動が起こったが何とか扉迄到達した一行。
扉の開け閉めは暗号コードが必要だった、コンソールの操作が複雑なためその辺が得意なビフが必死に操作している。
「よし!! 開いた!!」
コード入力が完了すると扉のロックが外れる重たい金属音が鳴り徐々に扉が左右に開いていく。
「これで外に出られるぞ!!
ジャンたちが扉から外に出ようとした時だった。
目の前を物凄い勢いで通り過ぎる巨大な物体があった、慌てて身体を翻す。
「こいつは……」
その巨大な物体は魔動兵士ペパーであった、そう味方の魔動兵士だ。
装甲はベコベコに凹んでおり胸部に当たる部分にある搭乗ハッチが歪んで中が見えていた。
「まだいたのか……早く逃げろ……」
搭乗席の装甲の隙間から血まみれのボイルが掠れた声でジャンたちに呼び掛けていたのだ。
「オヤジさん……!!」
ジャンは衝動的にボイルの乗る魔動兵士に駆け寄り足を掛け渾身の力を籠め両腕で捲れた装甲を引き剥がそうとする。
「馬鹿者……俺はもう駄目だ……見捨てて逃げろ……」
「馬鹿言うな!! あんただけだった、俺たちをまともに扱ってくれたのは!! 他の兵隊たちは俺たちを見下したりぶん殴ったりしたがあんただけは違った!! 俺たちを人として扱ってくれた!!」
「ジャン……お前……」
悲痛な表情のジャンの言葉を聞きながら顔をくしゃくしゃにするボイル、目じりには涙が溜まっていた。
「俺たちも手伝うよ!!」
オムレがジャンの元に駆け寄る、ビフも続く。
「……仕方がないなぁ」
渋々だがトムヤも加わった。
「ふんんんんっ……!!」
少しづつだが確実に開いていく装甲版、ボイルの姿が段々と見えてきた。
その時だ、そこを取り囲む様に三つの影が現れたのは。
「敵の魔動兵士!! こんな時に!!」
「もう少しなのに!!」
だが四人は手を止めない。
『手間を掛けさせてくれたな、俺の機体に傷を付けやがって』
敵の魔動兵士の外部スピーカーから声がする。
確かにその機体は左肩に大きな傷だ付いていた、ボイルが付けたものに間違いないだろう。
ただブラウンの他の二体と違ってカラーリングがメタリックブルーで磨き上げた様に輝いていた。
それだけにその左肩の傷のせいで明らかに美観を損ねていたのだ。
『本来なら捕虜を取る所だが俺の気が済まない、敵兵はすべて戦闘で死亡した事にする』
メタリックブルーの機体が右手に持った重機関銃をこちらに向けてきた。
「待ってください!! あなたのやろうとしている事は完全に条約違反ですよ!! 大問題になりますよ!!」
ビフが持ち前の知識を生かして声を張り上げる。
『フン、ここには俺たち以外誰もいないし見ていない、お前らを葬れば死人に口なしだ、バレる事は無い』
「何て奴らだ……」
ジャンが怒りに打ち震える。
拳が痙攣したように激しく震えている。
『この俺様の機体を傷付けたのが悪いんだここで死ね』
パルは恐怖の余り固く目を瞑っている。
まさに重機関銃が火を噴く直前だった。
メタリックブルーの右腕が肘の辺りからゴトリと地面に落ちたのだ。
『何っ!? どういう事だ!?』
パニックに陥る敵の搭乗者。
見れば地面に大型のナイフのようなものが刺さっている、恐らくこれが飛んできてメタリックブルーの機体の右腕を切断したのだろう。
『どさくさに紛れて虐殺行為とは戦士の風上にも置けぬ愚行……恥を知れ!!』
新たに魔動兵士から発せられたと思しき声が辺りに響く。
女性の声だ。
『何者だ!?』
完全に平常心を失っている敵の搭乗者。
一瞬の出来事だった、瞬く間にメタリックブルーの機体以外がまるで柔らかい素材で出来ていたかのように横一閃に輪切りになっていたのだ。
次々と地面に転がる敵魔動兵士。
姿を現したのは白銀の騎士然とした意匠の魔動兵士、両腕に刃研ぎ澄まされたミドルソードが握られている。
『まさか……こいつは……ロイヤルガードの……』
メタリックブルーの機体の搭乗者の声が震える、この白銀の機体の事を知っている様だった。
『おっ……覚えてやがれ!!』
メタリックブルーの魔動兵士の腹部の装甲が開きボール状の物体が射出され地面に落ちると何色もの色の混ざった煙幕が発生、辺りは何も見えなくなった。
煙幕が晴れた頃には既に敵は逃亡していた。
「たっ……助かった……」
トムヤは腰が抜けて地面に座り込んでしまった。
「それよりもさっきの機体だ、味方なんだよな?」
「恐らく、それに見てよあの胸のエンブレム……あれはグランディッシュ王家の物だよ」
「何だって!?」
ジャンとビフが話していると白銀の機体の胸のハッチが開いていく。
「皆の者、よく戦ってくれた、亡き国王に代って礼を言わせて貰おう」
コックピットから降りてきたのは美しいブロンドのロングヘアーを靡かせる美しい女性であった。
「誰だ?」
ジャンが首を捻る。
「馬鹿!! あの人は……あのお方は……」
慌ててビフがジャンの口を押さえにかかる。
「ディーナ様だ……」
そう言った切りトムヤがその美しさに心を奪われたかのように呆けている。
「うむ、私がグランディッシュ王国第一王女ディーナ・グランディッシュである!!」
彼女の威風堂々とした佇まいは間違いなく王家の風格を備えていた。
「スゲー!! 王女様かよ!!」
「ディーナ様……」
正体を知った途端俄然テンションの上がるジャンとトムヤ。
「………」
ただ一人オムレだけがディーナを険しい表情で睨んでいた。