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逃亡  作者:
1/1

プロリーグ、浮気

暇つぶしがてら,新宿のある本屋に雑誌を立ち読みしにいった。

今日は平日。時刻は,3時31分。普通の社会人なら、働いている時間帯だ。

今を駆ける都心のオフィスマンを顧客として作られたその本屋は、駅前の一等地にあり,

この時間帯では暇を持て余した老人と流れ者しかいなかった。

基本的に店員は怠慢で,立ち読みを注意されたことはない。

それとも,ここの店員は「立ち読みをして本代を節約する」ということを考えつかないのだろうか。それを知らないほど,恵まれているのだろうか。

僕は、この本屋で一度も本を買ったことがなかった。

購読はしていないいつもの文芸雑誌を開く。

すると、表紙の見開きに「今,話題の新人脚本家“村上 武”成功の秘訣を独占インタビュー」

と書いてある。おそるおそる特集ページを見ると、でかでかと彼の人が良さそうな笑顔が写っている。ご丁寧なことにカラー印刷でだ。苦虫を無意識に嚙み潰したみたいに、

僕は村上 武が雑誌に特集されるほど有名になったことに対して違和感を覚える。

やがて,その違和感は妬み,卑しみ,悔しさに変わってゆき,最後には自傷的な気分になる。“村上 武”特集の記事を読み始めた。

「〇×大学映画サークル発の新人脚本家“村上 武”氏。

自作脚本「マスカレード」大ヒットについて語る!


A.「昨年大ヒットされた「マスカレード」についてですが

あのような奇想天外で繊細な脚本を書ける文章力に感銘いたしました。

なにか,普段創作のために,心掛けていることなどはありますか?」

Q.それはですね、、」

ここで僕は読むのをやめた。「これ以上は読むな」と身体のどこかでそれを拒否した。

沈んだ気持ちの中,拗ねた子供のようにぱらぱらとページをめくっていく

ふと、裏表紙の「文芸大賞応募中‼金賞 100万円 銀賞30万円 銅賞 10万円 

なお,金賞と銀賞は本雑誌に掲載」と広告が打ち出されているところで手が止まる。

僕は、苦いものに蓋をする要領で文芸雑誌を本棚に戻した。

いつもなら立ち読みをすることに罪悪感はないはずなのに、

今はこの文芸雑誌を買わないことを誰かに見られている気がして、落ち着かない。

もどかしくって、「僕はなにも悪いことはしていませんよ」と言わんばりの堂々とした態度で、きょろりと辺りを見渡す。近くの書店員は,老人の会計をしていた。

書店員は若いショートが似合う青いエプロンをした女性だった

「こちらの商品まとめて,1700円となります。袋にお入れしましょうか?」

「ああ,すみません,もう一度言ってもらえますか?最近,耳が遠くて、、」

「袋にお入れしましょうか?」店員の声のトーンが少し上がる。

「ああ、ん?」書店員が眉を顰める

「袋に!お入れしましょうか?」

やけくそに近しい声量の書店員の叫びが店中に広がる。

その声を聴いた先輩らしき赤茶色のエプロンをした男性店員がヘルプに入る

「どういたしましたか。? 、、、」

僕はその後の顛末をぼーと見ていた。

書店員も大変なんだなと思うと,何故か少し元気が出てくる。

他人の不幸は蜜の味ってやつだ。そして,自分は他人の蜜を啜って元気が出ていることに気づいてしまうと,自分の性根の悪さに嫌気がさし,また萎む。

途端に居心地が悪くなって,そそくさと店を出る。

今は冬の真っ只中なので外に出ると気温が低く、風が吹くと身体に寒気が走る。

また、ここは駅前だからなんせ人通りが多い。既に少し酔って頭がくらくらする。

多種多様な人が他人を気にせず自らの目的地に向かって歩く。

そのことが、自分もその多種多様な人々の一員であることが

当たり前ながら気持ち悪く思う。そして、それを頭のどこかで考え始めると

いわゆる人混みで酔うという状態になるのだ。

ここから,住まいまでは歩いて約20分。

ボロアパートの我が住居は,風が通り身体が凍える。

なので,出来れば彼女が帰ってくるまでは暖が取れる場所で過ごしていたい。

どこに行こうかと考えていると、目の前を下校中らしき高校生のグループが通る。

クラスの一軍らしき派手な髪色をした彼女らは通行人を気にせず大声で話す。

「ねーね 今日早く学校終わったし、ゲーセンいかね?」

「おっ待ってましたあ 南条先輩たちも、、呼ぶ?」

「いいねえ 都大会の打ち上げってことで、、、」

ここからは聞き取れなかった。

これっぽっちも興味はないのに、何故か聞き耳をたてていた。

他人の幸福は糞の味ってやつだ。 

自分にもこういう時があったんだと思うと、懐かしく惨めになる。

ああ、ただで酒が飲めて,ただ可愛い女がお酌をしてくれる。そんな場所があったらいいな。

まあ、そんな都合のいい話なんてあるわけないのだけど。

とにかくだ。どこか気晴らしができる場所を探さないと。

これ以上本屋の前で突っ立っていると変だと思われてしまうので、

行く当てもなく人の波に乗って歩き始めた


道を歩き始めると、いつになく雑音が聞こえてくる。

大通りの喧騒、目の前のカップルの話し声 人々の足音 信号が変わる音etc、、」

今まで,その音たちは耳障りにもならない日常の音に過ぎなかったが

近頃はうるさく感じた。どこか静かな場所に行きたくなる。

自然と足取りが早くなる。人々の日常の風景が並走電車の窓から覗くように過ぎていく


意味もなく歩き続けて、数十分。気づけば,家の前に立っていた。

我が住まいは歓楽街から離れているため,大通り側と比べて閑散としている。

「ビュー」冬風が吹く。雑音がないからなのか大通りと比べて、しっかりと風の音が聞き取れた。どういう風の吹き回しか。その時の僕は、吹きつけた寒風の冷たさをシャワー後のドライヤーのように清々しく感じた。人酔いが冷めていって、頭がクリアになっていく

今なら彼女に謝れるかもそんな気までした。

「あっ」そうこうしていると、ぽつぽつと小雨が降り始める。

「チッ タイミング悪いな」空を睨んで,家に駆けこんだ。


家に入ると,一番に乾燥した冷気が全身を包み込んだ。

「うう 寒っ」ぶるっと身体が震える。早く寝室にあるヒーターで暖を取りたい

少々焦っていたせいか 電気をつけていないせいで、足元が暗く見づらいせいか

かじかんだ手で使い古した青のスニーカーを脱ごうとしても

かかとが引っかかってうまく脱げない うざったらしいな

僕は強引にかかと部分を引っ張り、靴を脱いだ

そして、玄関の電気をつけた途端、寒さで指の神経がマヒしていたのだろう

靴を脱ぐのに遅れて、じんじんと指が痛くなる。

僕はその痛みを気にせず,一目散に寝室へと向かった。


ヒーターの熱が身体を温められる温度になっている頃には、雨脚が強くなっていた。

「大丈夫かなぁ」ゲリラ豪雨らしきザーザー降りの雨を見て、 

僕は彼女の帰りを少し心配する。

今日は早く帰れそうと言っていたから、5時過ぎには帰ってくるのかな。

時刻は、4時半を指している。

少しボーとする。手元はヒーターの熱さで焦がされ、痛覚から熱だけが伝わってくる。

ヒーターからはやけどをするぐらいの距離だったけど,あたたかい

温められている手の神経に集中したくて、思わず目を瞑る。

すると、血管を伝って手から全身へ熱が回る感覚がした。

まるで、ヒーターから元気をもらい受けている、そんな感覚。

僕は、それが気持ち良くて気がつけばそのまま寝てしまった。


「ガチャン」玄関が開く音がする。僕はそれを聞いて,ゆっくりと起きる。

元々、僕は寝起きが弱い。だから、これからおこる事はある意味不可抗力と言えるだろう。

「ただいま」目を覚ますと、目の前には喧嘩中の彼女がいた。

彼女はクローゼットから部屋着を取り出し、着替えようとしている。

「ただいま」次は僕と顔を合わせて、彼女が挨拶を伝える。

「ああ おかえり」僕は慌てて、挨拶を返す。

彼女は少し満足したような表情をみせると、すぐさま険しい顔になった

「ねえ ヒーター付けっぱなしにしないでって言ったよね

今月、電気代すら怪しいんだから ちゃんとしてください」

「ああ ごめん」

「後、玄関の電気も付けっぱなし ほんっと 気をつけてよね」

「ごめん」僕が平謝りをすると、彼女がさらに不機嫌になる。

「いっつもそう言って、、昔の君なら、、」

そう言いながら、彼女が着替えを終わらせた。

「ねえ最近はどう?書けているの?」 「書いてない」

「そう、、」彼女が言葉をつまらせ,僕から見ても、残念そうな顔をする。

「じゃあ、またお店の残り譲ってもらったから 食べよっか 今日はね、、大収穫だよ!」

彼女が声のトーンを無理に上げる。僕はそれに違和感を覚えつつ「うん」と答えた。


彼女の言う通り今夜は大収穫だった。

彼女はチーフとして有名チェーンのハンバーガー屋で働いている。

そのため、我が家の夕食は大体売れ残りのハンバーガーとポテトだ。

繁忙期でそれすらない時は,飢えを我慢するか

彼女が格安スーパーの特売品で、特製の貧乏飯を作る。

今夜僕たちがいただくのは、テリヤキバーガー一つとチーズバーガー一つとカップ一つのサラダ。そして,大量のポテトだった。

「うちの新入りのバイトくんが揚げる量、間違っちゃたみたいで、、店長が持ってけって

バイト君には悪いけど、感謝しないと これで今月は持つよ」

「すごい量だね、、」誇張なしで山盛りポテトとなっている。

「今日食べきれない分は,すり潰して冷蔵庫に保存するから」

「わかった じゃあ、食べよっか」そう言って、僕は小さいちゃぶ台についた。


目の前には冗談抜きの山盛りポテト。隣では,彼女がサラダを食べている。

彼女が言うに「私はサラダとポテト食べるから、君はハンバーガー食べていいよ」ということらしい。僕はバーガーの包装を取ろうとすると,何故か包装紙が少し濡れていた。

試しにポテトも食べてみると、若干湿気ている。

そんな気にする程度ではないが、ふと無性に不思議に思う。

今日の朝、彼女は傘を持っていかなかった。彼女の鞄の中には折り畳み傘はない。

僕が帰ってきた時,ゲリラ豪雨がおきていて 外はザーザー降りの雨だった。

もしかしたら、彼女はその雨の中このご飯たちを運んだのではないか

なんだかそんな予感がした。

でも、僕はそれを直接聞くのが小恥ずかしく、キッチンに水を取りに行くふりをして、

ごみ箱の横でまとめられているビニール袋の中から、雨水で湿っているビニール袋を探した。しかし、そこには湿っているビニール袋はなかった。

なんだ、僕の思い過ごしか。思えば、まだ彼女がそんな優しさを僕に持ち合わせているはずもない。そもそも彼女とは喧嘩中なんだ。余計な期待をするな 俺

彼女は僕の様子を見ていないが、彼女から見ても残念そうな顔をした僕は、

肩を落とし、ふと横の燃えないゴミのごみ箱に目をうつす。

すると,一つだけ一か所大きく破れているビニール袋が捨ててあった。

僕はそれに触れる。そのビニール袋は湿っていた。

その後の僕の顔は、彼女から見ても嬉しそうな顔をしていたか。

それとも、彼女が僕の変化にすごく気づきやすいか。答えは後者だろう。

キッチンから戻ると「なんかいいことあった?」と彼女から聞かれてしまった。

「ううん なんでもない」 「なんだか 少し昔の君の面影が見えたよ」

「そうかな」それは彼女の幻想に過ぎない。

でも、今の彼女が愛おしく見えてきた 今すぐ、抱きしめても構わないだろうか

考える前に手がでた。気づけば、彼女を抱きしめていた。

「ねえ やめて 食事中だよ」 「いいじゃん」

「やめてって!」 「なんで?」何故僕は考えもなしにこんな発言をしてしまったのだろう。

いつから,雨の中ハンバーガーを運んでくれただけで、

裏切り者の僕が許されたとたかをくくっていたのだろう。

「なんでって、、浮気したからのまだ許してないから!」

彼女が僕の頬を叩く、春雷に打たれたみたいに痛みが頬から全身へ走った。


彼女との喧嘩の原因は僕の浮気だった。事の顛末は「僕の不始末」と言い切るのは簡単で、

酒と女のせいと言い訳をするのも簡単だろう。

浮気がバレてから、彼女は僕に触れられるとこを拒否している

でも,それは必然といえば自業自得で

彼女が僕のことを汚らしいと思っても僕に言い返す術はない。


浮気した女との記憶は朧気で断片的なものしかない

僕にとってあの女との逢瀬は「非日常」で、

彼女との「日常」が本当に守るべきものだと心の奥底から思っている。

この言葉は嘘じゃない

でも僕は知っている。彼女以外の女のしぐさ、匂い、温もりを

やる気があれば、続きを書きます。感想くれたら、うれしいです

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