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豆次郎

作者: 浅井 健二

そのうち息子に読ませようと思ってストレートな童話を書いてみました。

(まだ1歳半だけど)

読んでみてください。

心やさしい方、アドバイス、感想などお願いします。

昔々の話。

 あるところに心優しいおじいさんとおばあさんが住む村があった。

 村は大変貧しかった。

 いや、もともとは水清く、田畑も豊か、作物もよく採れ、決して貧しい村ではなかったが、国を治める領主がそりゃあそりゃあ馬鹿で、そのせいで村はどんどん貧しくなっていった。領主が馬鹿というのは何も頭が悪いということではない。むしろ頭のいい領主だった。それじゃあ、何が馬鹿なのかというと、ただただ自分のことしか考えていなかった。

 百姓が米をたくさん作ったら全部自分のもの。米が少ししか取れなかった年も全部自分のもの。

 こうして、領主の城だけがどんどん大きく、終いには金ピカになっていくのに、領民はますます貧しく、腹を減らしてガリガリに痩せていった。畑を耕す百姓もガリガリで、町で商いをする商人もガリガリ。ガリガリになると腹ばかりが膨らんで、さながら地獄の餓鬼のようで、そんな人間ばかりが暮らす地獄絵図がこの国のいつもの光景だった。

 村では作った米は全部とられて一粒も口に入らない。村人達が食べるのは、米とは別にほそぼそ作る豆、芋、粟などだった。

 

 ところで、心優しいおじいさんとおばあさん。

 手足は痩せて、腹はふくらみ、村のみなと同じ貧しい暮らしだったが、貧しい暮らしが当たり前なので、それはなんとも思わない。だけど、ひとつだけどうしても叶えたいことがある。願っても願っても叶わない。だからなおさら叶えたい。そのたった一つの望みとは自分たちの子供を抱いてみたいということだった。

 10年頑張っても駄目。20年頑張っても駄目。30年経っても、40年経ってもやっぱり駄目。一緒になって41年が過ぎた。ついに二人は諦めた。いやいや、頭では諦めてるけど、やっぱり心の底では諦めきれない。それで、おじいさんとおばあさん。今年採れた豆の中から一番大きいものを選んでそれを自分たちの子供にすることにした。赤ちゃんごっこにまるで子供のようにはしゃぐおじいさんとおばあさん。

「名前は何がいいですかねえ?」おばあさんが聞くと、おじいさんはううんと唸ってしばらく考えていたが、やがて膝をぽんと叩いて「豆次郎というのはどうだ?」と言った。おばあさんも「豆だから豆次郎。そりゃいいですねえ。こりゃいいですねえ。さすがおじいさん」と喜び、豆の名前は豆次郎に決まった。


 おじいさんもおばあさんも豆次郎をそりゃあ可愛がった。

 出かける時は「豆次郎行ってくるよ」と声をかけ、帰ってきたら「豆次郎ただいま」寝るときは「豆次郎おやすみ」朝目が覚めたら「豆次郎おはよう」

 傍から見ると、豆次郎に話しかけているおじいさんもおばあさんも尋常ではない。近所の連中も「すわ、じじいとばばあ遂におかしくなりおった」と手を叩いて喜んだが、二人はいたって真剣。何より初めての子供が可愛くてたまらない。「豆次郎、豆次郎」と言って可愛がった。


 ただの豆でもそれだけ愛情を注がれると、やっぱり命が宿ってくるもので、ある日おじいさんがいつものように「豆次郎。行ってくるよ」と声をかけると小さな体に小さな手足がぴこんぴこんと生えてきて、可愛い声でこう言った。

「気をつけて行ってきてくれ。おじいさん」

 たまげたおじいさん。慌てて「ばあさんや、ばあさんや」と呼びたてる。

「おやおや、どうしました?おじいさん」

「豆次郎が、豆次郎がしゃべりおった」

おばあさんは「ほほほ」と笑い、「そうなったらいいですねえ」といたって呑気だが、豆次郎が「おら、豆っ子豆次郎だ」と元気な声で自己紹介をするので、びっくりしておじいさんの頬をつねった。

「痛ててててて。こりゃあ夢じゃあねえ」

「おじいさんが痛がるということは、これは夢じゃないんですね」

二人とも、びっくりしたけれど、豆次郎がしゃべったことが嬉しくてたまらない。


 さあ、こうなったらもう仕事なんてしている場合じゃあない。おじさんは仕事を休み、おばあさんも洗濯をうっちゃって豆次郎と色々話す。

「おじいさんとおばあさんどっちが好きだい?豆次郎」

「おら、どっちも好きだ」

「今度山へ行こうね。豆次郎」

「いえいえ、川がいいですよ。豆次郎」

「おら、どっちも行ってみてえ」

その日は楽しく過ごしたが、やっぱり仕事をさぼってばかりだと飢えてしまうし、凍えて死んでしまう。おじいさんは次の日はいつものように早起きをして仕事に出かけることにした。

「じゃあな。豆次郎。行ってくるよ」

「どこへ行くんだ?おじいさん」

「仕事に行くんだよ」

「仕事って何だ?」

「やらないと死んでしまうものだよ」

「ひとりでやらないと死んでしまうものなの?」

「いやいや、何人でやってもいいんだが、この家には仕事へ行けるのはわししかいないからねえ」

「じゃあ、おらが一緒に行くよ」

「ははは。お前みたいな小さい体じゃあ無理だよ」

 おじいさんは断ったが、豆次郎はどうしても行くと言って聞かない。譲らない。

 仕方ない。おじいさんは豆次郎を肩に乗せて仕事へ向かった。自分の子供を肩に乗せて仕事に行くというのはなかなかどうしていいもんだ。

 おじいさんの仕事は山で薪を集めることで、山には薪がたくさん落ちてるから、見つけるのは簡単だけれど、そんなにたくさん持てるものではない。いつも自分が背負える分だけ持って山を下りる。だから、そんなにお金にはならない。いつでも生きるのにぎりぎりの暮らしだった。

 おじいさんが薪を集めて背負おうとすると「おじいさん。それは一人で持たないといけないものなの?」と豆次郎が聞く。

「いやいや。何人で持ってもいいんだが、薪を担げるのはわししかいないからねえ」

「じゃあ、おらも担ぐ」

「ははは。お前みたいな小さい体で担げるもんか」おじいさんは断ったが、豆次郎はどうしても担ぐと言って譲らない。

 仕方なくおじいさんは一番軽い薪を豆次郎に手渡した。すると、意外なことに豆次郎は自分の何倍も大きい薪をひょいと軽々持ち上げる。

「おら。こんなの全然へっちゃらだ」

「ややや。これはこれは豆次郎は力持ちだ」

「もっともっと持てるぞ」

じゃあ、これはどうだとおじいさんはもう少し大きい薪を選んで豆次郎に手渡すと、今度も豆次郎はひょいと軽々と持ち上げる。

「ややや。2本も持てるのか?」

「もっともっと持てるぞ」

「こりゃあびっくり。豆次郎は力持ちだ」

その後も、豆次郎はもっと持てると言い、おじいさんは豆次郎に言われるまま3本、4本と薪を手渡していき、遂にはその日集めた薪を全部豆次郎が担いでしまった。

「わあ、こりゃあびっくり。驚いた。豆次郎は力持ちだ」


 その日から、薪集めはおじいさんと豆次郎二人の仕事になった。二人で仕事をすると、今までの倍の薪を集めて売れるので、少しずつ暮らしは楽になり、毎日働く必要はなくなっていった。

 働かないでいい日は、おじいさんとおばあさんと豆次郎の3人で山へ、川へ、町へ出かけて、「豆次郎や、あれが山だよ。川だよ。町だよ」と教えてやった。そのたびに豆次郎は「でっかいなあ。綺麗だなあ。賑やかだなあ」と喜んだ。

 おじいさんとおばあさんに色々なものを見せてもらったので豆次郎には色んなことに興味が湧いてきて、その度におじいさんに聞いた。


 ある日、町へ行った時、腹をぷっくり膨らました餓鬼が何人もフラフラ歩いている。よく見るとそれは人間で、枯れ木みたいな細い手足で仕事をしていた。

「おじいさん、おじいさん」

「何だい?豆次郎」

「どうして、町の人たちは全員ガリガリに痩せているの?」

「食べるものがあんまりないんだろうねえ」

「なんで食べるものがないの?」

「年貢として納めないといけないからねえ」

「誰に納めるの?」

「領主様に納めるんだよ」

 なんだか暗い気分でさらに歩く二人。しばらく行くとこの街には珍しいでっぷり肥ったでっかい男が大股広げて歩いている。

「おじいさん。なんであの人だけ太っているの?」

「しっ。豆次郎。あの人は偉いお侍だ。失礼なことを言うんじゃねえ」

 何だか変だと思いつつ、しばらく見ていると、太ったお侍はぶつかってきた子供を蹴っ飛ばす。土下座で謝る母親を打ち据える。店に並んでいる食べ物を勝手に食べて「ちょっと・・・」と言った店の主人を殴りつける。豆次郎はなんだか腹の底がふつふつとしてくる。何なんだろう。この気持ち。なんだか顔が赤くなる。

「おらは何だかお侍が好きじゃねえ」

「こら、豆次郎。滅多なことを言うもんじゃねえ」

「お侍って一体何なんだ?人間なのか?」

「領主様の家来だよ」

「じゃあおら、領主様に会ってみる」

「そりゃあ無理だ。わしらみたいな身分のもんが会えるもんではねえ。でも領主様のお城なら見せてやれるだよ」

「本当か?約束だぞ。きっとだぞ」

「ああ、約束だ」


 次の日、おじいさんは約束通り、豆次郎を肩に乗せて城が見える丘へと歩いて行った。

「さあ、豆次郎。あれがお城だ。綺麗だろう」お城を見せておじいさん。何だか少し得意そう。豆次郎が喜ぶのを見て嬉しそう。

「うわあ、綺麗だ。金ピカだ。もっと近くで見てみてえ」

 豆次郎がねだるのでおじいさんはすたこらさっさとお城へと近づいて行く。

「うわあ、綺麗だ。金ピカだ。もっと近くで見てみてえ」

 またまた、豆次郎がねだるのでおじいさんはお城へと近づいて行く。

「うわあ、綺麗だ。金ピカだ。もっと近くで見てみてえ」

「あんまり近づくとお叱りを受けてしまうよ」

 ちょうどその時「こら」という大きな声がした。

 おじいさんと豆次郎が振り返ると大きなお侍が立っている。

「怪しいじじい。何をしとるか?城にむやみに近づいてはいかんという決まりを知らんのか?」お侍は恐ろしい声で問い詰める。

 あわてたおじいさん。ぷるぷると震えて土下座しながら「ああ、これはお侍様。あんまりお城が綺麗なもんでもっと近くで見てみたいと息子がせがみまして、こうして見させていただきました。もう充分見ましたんで、失礼します」と正直に言った。

「何?息子?息子などおらぬではないか、怪しいじじいめ」偉そうなお侍は平手でおじいさんの顔を思いっきり張る。おじいさんは文句も言わずに堪えている。

「おらはいるぞ。豆っ子豆次郎だ」

 豆次郎は言ったが、豆のように小さい豆次郎はお侍の目には入らない。おじいさんが言ったと勘違いしたお侍、馬鹿にされたと顔を真っ赤にして怒った。

「わしを馬鹿にしおって。こうしてくれるわ」と槍を持ちなおし、えいやとおじいさんの頭を打ちすえる、おじいさんはぎょええええともんどりうってばったり倒れた。頭からは血がどくどく流れている。

「何をするんだ。お侍」という豆次郎の声にも気付かず、興奮したお侍は鼻息をふんふん言わせてお城へ帰って行った。豆次郎は悔しい。おじいさんが何をした。

 そして、可哀想なおじいさん。打ち所が悪かったらしくなかなか目を覚まさない。これは大変だと豆次郎はおじいさんを担いで慌てて家に帰った。


 おじいさんは家に着いてもなかなか目を覚まさなかった。おばあさんも豆次郎も心配で可哀想でたまらない。そして、あのお侍のことを思い出すと悔しくてたまらない。とにかくおじいさんが目覚めるまで、つきっきりで看病した。そのおかげで、次の日の夕刻、おじいさんはやっと目を覚ます。

「ありゃ、わしはどのくらい寝とったかのう?」

 おじいさんが弱弱しく言うと、おばあさんはぽろぽろ涙が出てきて答えられなかった。代わりに豆次郎が昨日の昼から丸一日寝ていたと教えてあげる。

「おら、おじいさんが死んじまうかと思ったぞ」


 おじいさんは目を覚ましたものの、それ以来寝たきりになってしまった。朝が来ると「仕事へ行かねばの」と言うものの、お侍に打たれた頭が痛くて動けない。

「おじいさん。仕事はおらに任せて寝ててくんろ」豆次郎はそう言って毎日一人で仕事へ出かけた。

 それから、3日経ち、一週間が経つがおじいさんはいっこうによくなる気配がない。それどころかどんどん弱っていくばかり。このままではおじいさんが死んでしまうとおばあさんも豆次郎も心配でたまらない。何とかおじいさんがよくなる方法を考える。

「こう食べるものがないと元気になんてなれないよ。何かおいしいものでも食べさせてあげたいねえ。はあ」そう言ってため息をつくおばあさん。

「おいしいものって何だ?」

「やっぱりお米だろうねえ」

「お米はどこにあるんだ?」

「お城に行けばあるんだろうけどねえ」

「わかった。おらに任せてくんろ」そう言うと、豆次郎はおばあさんが止めるのも聞かずに家を飛び出した。


 「豆次郎や」とおばあさんが呼び止める声も遥か彼方。豆次郎はすごい勢いでお城を目指して走って行く、野を超え、山を越え、町を超えてお城へ着いた。お城にはたくさんの見張りのお侍がいるけれど、豆次郎は小さいので見張りなんかには見つからない。深く水を張った御堀をぱしゃぱしゃ泳いで、高い石垣をぴょんぴょん登って、高い塀もえいやと飛び越え、お城に入った。

「おじいさん待っててくんろ」


 天守閣に入ると、ちょうど今は昼ごはん時。偉そうにかしこまったお侍たちが「殿のお食事にござる」と漆の盆に煌びやかな料理を乗せて、仰々しく運んでいた。その中にある真っ白に輝くおにぎりひとつ。あれをおじいさんに食わせてやりてえ。豆次郎はぴょんとお盆に飛び乗って、おにぎりをひょいと持ち上げて、一目散に逃げていく。

「早くおじいさんに食わせてやりてえ」

料理を運んでたお侍はいきなりおにぎりが盆からぴょんと落ちてびっくりしたけれど、一番偉そうにしているお侍が、ただ料理を落としただけと勘違いして「何をしておる。すぐに新しいおにぎりを持って参れ」と命令するので、おかしいなあとぶつぶつ言いながらも慌てて調理場へと駆けていく。


 豆次郎は自分の体の何倍もあるおにぎりを担いで、高い塀をえいやと飛び越え、深い御堀をぱしゃぱしゃ渡って家へと急ぐ。

 そして、一気に町を突っ切ろうと思ったが、白く輝くおにぎりが通りの真ん中をすたこらさっさと駆けてくるのを見て、腹を減らしてガリガリの町人たちはみんな目の色を変える。

「やや、おにぎりが走って来る」

「あれは、おらんだ」

「いいや、おらんだ」

「太郎。待っとけ。とうちゃんがお米のおにぎりを食わせてやるからな」

「おっかあ。死ぬ前に一度お米を食べたいって言ってたな。おらが何とかしてやるからな」

 いつの間にか豆次郎の後を、涎を垂らし、腹をぐうぐう鳴らした町人達がすごい形相で追いかけてくる。

「ひゃあ。これは参った。これはおじいさんのおにぎりだ。諦めてくんろ」豆次郎は言うが、町人達の耳には届かない。

 いよいよ人は増え、100人を超える人たちが「おらんだ」「おらんだ」と言って豆次郎を追いかける。

 豆次郎はその声を聞いてなんだか悲しくなってきた。なんでお城はあんなに金ピカで食べ物も一杯あるのに、おらの大切なおじいさんは死にかかっていて、町の人たちはこんなに飢えているんだ?

 おじいさんも町の人も悪いことなんて何にもしていねえ。

 ちくしょう。ちくしょう。おらは絶対許せねえぞ。


 そして、豆次郎は突然くるりと逆を向いた。

 今度はこっちへ向かってくる人たちの頭をぴょんぴょんと飛び越え、再びお城へ向かって走り出す。町人たちも全員くるりと向きを変えて豆次郎を追いかけ城へと走る。

 豆次郎と町人達はどどどどどと砂煙を巻き上げながら一目散にお城へ向かって走って行く。今度は塀を飛び越えたりしない。堂々と正門を目指した。


「待てい待てーい」大きな声で立ちふさがったのは、いつかの体の大きいお侍。忘れもしない。おじいさんを打ち据えたやつだ。畜生め。お前は絶対許さない。

「貴様ら何のつもりだ。すぐに立ち去れい」

 うるさい馬鹿。立ち去れと言われて立ち去るくらいならわざわざ引き返してくるもんか馬鹿。豆次郎は「おじいさんの敵だ。くらえ」とお侍の向う脛を思いっきり蹴飛ばしてやった。ぐふっと言ってひざまづくお侍。「ええい。こんなもんじゃあまだまだ足りないぞ」豆次郎はそのままお侍の金玉、みぞおち、顎、鼻、眉間と、さんざん打ちすえてやった。「ぎょえええ。ぎぎぎ・・・」と言ってお侍は倒れた。「弱いもの苛めばかりしてるからだ」豆次郎は言い放ち正門めがけ走って行く。うずくまり倒れるお侍のうえを町人達が駆けて行く。町人が通過したあと、お侍は足跡だらけのぺったんこになっていた。ざまあみろ。


 さて、遂に正門についた豆次郎。そのまま勢いを弱めずに突っ込んでキック一発、正門を打ち壊し中へ入った。その後に続く領民たち。そこで始めて天守閣の最上階にいる領主が事に気がついた。眼下には門を打ち壊して領民たちがなだれ込み大騒ぎになっている。「すわ、これはどうしたことだ。一揆か?直訴か?者ども出会えーい」慌てた領主の掛け声で天守閣からたくさんのお侍がわらわら出てきて、領民たちを取り押さえる。お侍たちは少しでも領主にいいところを見せようと「すぐに鎮圧してござる」「まかせるでござる」と大きな声を出しながら領民たちを取り押さえる。情勢が有利なのを見て「はっはっは。愚かな領民たちよ。全員死刑じゃ。八つ裂きじゃ。磔の刑じゃわい」眼下を眺めながら言う領主の顔は悪鬼のごとし。人を人とも思わぬ馬鹿の顔。こんなやつには天罰下すべし。

 そして、その時すでに、横には、いつの間にか天守閣へ登って来た豆次郎。怒りに顔を真っ赤にしまるで茹で豆のようになっている。正義の茹で豆。豆次郎。

「お前が馬鹿領主か。自分の治めている国をよく見てみろ」

 そう言って、小さな体で領主の首根っこを掴み、屋根の縁まで行ってから、空中にぶら下げた。天守閣は5階の高さ。落ちたら到底助からない。

「やや。何だ?どうした?どういうことだ?」さっきまでの強気はどこへやら。眼下を見ながら恐ろしさに目を白黒させる領主。

「おら。豆っ子豆次郎だ」

「何?豆?じろう?」

「見てみろ、お前の国の民の痩せこけた姿を。みんなおにぎり一個のためにこうして城までやってきたんだ。この意味がわかるか!!」

「ひえええ。助けてくれ。落とさないでくれ」

 領主が今まで強かったのは、大きなお城に、たくさんの兵隊に守られていたから。ピンチになったらすぐに泣きが入るとんだ根性無し。腐れちんぽこ。

「お前みたいなやつはいっぺん落として死なないと駄目だ」

「ひええええ。わたしが悪うございました。改心します。落とさないで」

「駄目だ。落とす」

 領主はいよいよ気も狂わんばかりに懇願する。

「ひええええええ。落とさないで。落とさないで。許してください」

 こんなやつ殺しても仕方ない。それよりも領主の責任を果たしてもらおう。

「落としてほしくなければおらに約束しろ」

「何でも約束するから助けてくれ」

 領主の顔は涙と鼻水でぐしょぐしょになっている。全くこんなやつが領民を苦しめていたなんてくだらない。

「年貢は必要な分しか取らない。城にたくさん蓄えている米は領民に配る。偉そうにしている侍は全員首にする。どうだ?約束するか?」

「するする。約束する。だから助けてくれ」

「それと、今すぐ領民を解放しろ」

「わかった。者ども今すぐ領民を解放せい」

 領主の命令でお侍たちは領民を放した。みな立ち上がる。

「みんな。聞けい」豆次郎は下にいる領民に向かって叫んだ。「これからは自分たちで作った米が自分たちで食えるぞ。威張っているお侍がいなくなるぞ。たった今この領主様から命令が下った。そうだな。領主様」

「そ、そうじゃそうじゃ」

「もう一度言ってくんろ」

「ね、年貢は必要な分しかとらない。城に蓄えている米は民に配る。威張っているばかりで不必要な臣下は首にする」

「そういうことじゃ」

 領民たちは歓声を上げて喜んだ。

「もし、約束を守らなかったらおらがまた来てこらしめてやるからな」

 領主はぶるぶる震えて「約束はきっと守ります」と言った。

 

 さあ、これで一件落着。国は平和になった。めでたしめでたし。

 いやいや、まだ終わらない。豆次郎はおにぎりをおじいさんに届けなければ。

 お城で新しいおにぎりをもらった豆次郎は、今度こそ一目散に家を目がけて駆けて行く。もうついて来る者も邪魔をするものもいない。おじいさん待っててくんろ。おらは、おじいさんの息子の豆っ子豆次郎だ。豆次郎がすぐにおいしいおにぎりを持って行ってやるからな。絶対助けてやるからな。

 野を超え、山を越え、やっと家に着いた時はもう夕暮れだった。

「おじいさん。おばあさん。帰ってきたど。おら。豆っ子豆次郎だ」

 せっかく帰ってきたのに家はしーんとして誰も返事をしない。

 目を凝らして見てみると寝床に横たわるおじいさんの傍らでおばあさんが小さくなって座っている。それはなんとも寂しくて豆次郎は嫌な予感がする。

「おじいさん。おばあさん。おにぎりを持ってきたど。食ってくんろ」

「豆次郎」おばさんが優しい声で語りかける。なんだか変だ。声が優しすぎる。

「おにぎりはもういいんだよ。それよりもおじいさんの顔を見てやっておくれ」

 一体どういうことなんだ?おばあさんに言われて、おじいさんを見るとおじいさんはすでに息を引き取っていた。

「おじいさん・・・」豆次郎は言葉にならない。

「・・・おじいさんは最後に豆次郎、豆次郎って言いながらたった今、息を引き取ったよ。お前がうちに来てくれて本当に嬉しかったんだろうねえ」

 なんてことだ。豆次郎。せっかくおにぎりを持ってきても、国を平和にしてきてもおじいさんが死んでしまったら何の意味もない。おらがもっと早く帰ってきていたらおじいさんにおにぎりを食べさせてあげられたのに。豆次郎は悔やむが悔やみきれない。ちくしょう。ちくしょう。なんてことだ。


 その後、豆次郎もおばあさんも涙を流し続けた。涙は一日経っても、3日たっても枯れなかった。やがて一週間が過ぎ、一か月が過ぎると、おばあさんは涙を流しすぎて死んでしまった。

 さて、豆次郎はというと、愛情を注いで命を吹き込んでくれたおじいさんもおばあさんもいなくなっていつの間にか普通の豆に戻ったという。

 その後国はしばらく平和だったというが、その後どうなったのかは誰も知らない。


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