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エッセイ 

『さんぽセル』論争から見る新技術を巡る人類の闘争

作者: NOMAR

(* ̄∇ ̄)ノ 奇才ノマが極論を述べる


 『さんぽセル』とは、ランドセルが重い、という多くの小学生が抱える悩みを解決するべく開発された商品。

 ランドセルに取り付けることでランドセルをキャリーバッグのように片手で運べるようにできるもので、小学生が発案し開発された。


 2022年、4月に発売すると3000台を越える予約から4か月待ちになる人気商品となった。


 しかし、このさんぽセルにインターネットで1000件を越える批判が現れる。この批判に対し開発者である小学生が反論し論戦となる。

 これが『さんぽセル論争』になる。


■ナイスリターン


 このさんぽセル論争、批判するコメントに対して、キレのある返し方がユーモアがありおもしろい。

 一例を引用すると、


「子供って予想外のことをするから、思わぬ危険が生じるかもしれません。大人の目線での商品開発ではありませんか?」

「これを開発した人、子供のことが分かって無いですね」


 この批判に対して、


「いま小学5年生です。作ったときは4年生です。子どものことよくわかってなかったら、ごめんなさい」


 と返答に皮肉が効いている。


 この1000件を越える批判とそれに応える反論が、さんぽセルを広く世に知らしめることになった。小学生が発案し開発した新しい製品に何故こんなに批判が集まった? とニュースで取り上げられるなど。

 この炎上が話題となり、批判が宣伝になった結果になる。


■ランドセルとは?


 ランドセルは幕末にオランダから入ってきた背嚢がもとになっている。

 オランダ語で背負って使う鞄のことをranselと言い、これがランドセルになったとされている。


 1950年代の高度経済成長期、人工皮革が登場した頃からランドセルが全国に普及したという。

 ここから約70年の時間をかけて、小学生はランドセルを背負うのが常識、という考え方が日本に根付いていく。

 さんぽセルに批判したのはこの思想が染み付いた人達となるのだろう。


 今では、

「小学生はランドセルを背負うものだ」

「重いランドセルを背負うことで我慢強い立派な大人になれる」

「小学生にランドセルを背負わせない者は非国民だ」

 とも。

 このような過激な思想を仮に『ランドセル原理主義』と呼ぼう。


■ランドセル原理主義とは?


 さんぽセルとは、小学生が通学時に担ぐ重いランドセルを、どうすれば楽に持ち運びできるのか? と小学生が考えて生み出された。


 移動時にいかに目的地まで速く行けるか、どれだけ多くの荷物を運べるか。どれだけ楽に移動できるか。

 人類はこれについて考え工夫した結果に自転車や自動車を発明した。この工夫が移動に関わる技術進歩を行ってきた。

 今では電車、飛行機、船といった乗り物が私たちの暮らしを支えている。


 ならば、さんぽセルを批判するランドセル原理主義の思想とはなんだろうか?

 人類の移動の技術の進歩を否定する思想となるのではないか。

 なぜランドセル原理主義者は技術の進歩に否定的なのだろうか? 


 これを知るためには先ずアーミッシュについて知らなければならない。


■アーミッシュ


 アーミッシュとはアメリカのキリスト教共同体。ドイツ系移民からなるコミュニティ。

 アメリカ移民当時の生活様式、農耕や牧畜による自給自足生活を守り、電気や自動車を使わない戒律の中で暮らしている。


 アーミッシュの戒律は、原則として快楽を感じることは禁止される。この戒律は各地の自治区ごとに違いはあるが、一部を引用すると。


〇自動車は使わない。乗り物は馬車のみ。


〇怒ってはいけない。


〇聖書以外の読書は禁止。


〇賛美歌以外の音楽は禁止。


〇保険に加入してはいけない。


〇義務教育以上の高等教育を受けてはいけない。


 などなど

 アーミッシュはテレビや電話、パソコン、電化製品、自動車などの無い、アメリカ入植当時と変わらない生活を今も続けている。

 アーミッシュは平穏な信仰生活を破壊する、新たな技術や新たな思想を否定する。


 ランドセル原理主義もまた同じく、自分たちの平穏な暮らしを守るため、コミュニティの常識を破壊するものを否定する。

 ランドセルを背負わずに車輪を付けて転がすことは、ランドセル原理主義者にはとうてい受け入れられない。

 これがさんぽセルに寄せられた批判になるのだろう。

 

■さんぽセル開発の背景


 次にさんぽセルが何故開発されたか、その背景を見てみよう。

 近年、ランドセル症候群という言葉が現れた。ランドセルの重量により筋肉痛、肩こり、腰痛などの症状が現れた。小学生らしからぬ身体の異常を訴える子供が増えてきた。


 ランドセルの中身が重くなってきたのだ。

 これは『脱ゆとり教育』の学習指導要領の変化から教科書の重量が増加したことが主な原因。


〇小学生1~6年生の教科書総ページ数比較

 平成17年度 4857ページ

 平成23年度 5916ページ

 平成30年度 7587ページ

 令和2年度 8520ページ

参照:教科書発行の現状と課題


 平成17年から令和2年にかけて、教科書のページ数は約1.7倍になっている。

 加えて英語といった新しく加わった教科書もある。

 これが学校によっては、平成17年度から見て持ち運ぶランドセル内の重量が2倍になるところも。


 また、児童・生徒へ1人1台のタブレット端末の配布をし、学校内での高速大容量ネットワーク接続を実現する『GIGAスクール構想』

 これによりタブレットやノートパソコンを学習教材として持ち運ぶ学校も現れた。

 以下はランドセル工業会の資料より引用。


〇小学生が持ち歩く荷物の平均重量

 1年生 3.6kg

 2年生 4.1kg

 3年生 4.7kg

 4年生 5.0kg

 5年生 5.2kg

 6年生 5.4kg


 これはランドセルを含まない荷物のみの重量。これにランドセルの平均重量、約1.2kgを足したものが総重量になるだろうか。これをザックリと約6kgとする。

 小学4年生、9歳の平均体重が約32kgなので、自分の体重の約18%もの重量を毎日担いで移動することになる。

 これは体重60kgの成人に換算すれば、毎日通勤時に約10kgの荷物を背負っているのと同じになるだろうか。


 この増加し続けるランドセルの総重量が、小学生の心身に不調を起こすランドセル症候群に繋がる。

 文部科学省は2018年に、『児童生徒の携行品に係る配慮について』と、全国の教育委員会にランドセルや通学のカバンの中身を軽くするように通達している。


■置き勉


 2018年9月には、文部科学省から全国の教育委員会に向けて、

「重いランドセルやカバンによる負担を軽減するため置き勉を認める」

 との通達が出る。

 文部科学省は学校に教科書などを置く置き勉を推奨しているが、現場ではこれまでの習慣を優先し、またランドセル原理主義の反対で置き勉化が進まないのが現状だ。


 このランドセルの問題をどうにかしようと小学生が自ら解決する為に開発したのが、さんぽセルになる。


■提案


 さて、このノマも自ら奇才と名乗るからには、ひとつ案を出してみよう。ランドセルの重量を軽減し小学生の負担を減らすには。


〇教科書は学校の所有とする


 教科書の所持者が学校となり、学校から生徒へと教科書を貸し出す。これで置き勉がしやすくなる。

 これはカナダの学校をモデルにしている。


 また、学校が教科書を持つことにより、生徒のクラスが2クラスあっても所有する教科書は1クラス分でよくなる。

 時間割で2つのクラスが同じ時間帯に同じ教科を行っていなければ、2クラス分の教科書は必要無い。1クラス分を使い回せばいい。


 また教科書が新しく変わるのは4年に1度。学校の所有とすれば1度買った教科書を4年間使えることになる。図書室の本のように教科書を扱えば、教科書を購入するのは4年に1度で済むことになる。


 全国の学校でこの教科書の使い方ができれば、かなりの紙資源の節約ともなる。気候変動問題にSDGsと環境に配慮するならば、紙資源の節約による森林保護にも繋がる。

 

 宿題など家庭での学習で教科書が必要となるなら、必要な部分をプリントアウトするなどの手段がある。タブレットやUSBメモリにコピーする方法もある。


 他にも学習教材の置き勉化にはいくつもアイディアがあることだろう。

 だが、そのアイディアが実行できなかったことが、さんぽセルという商品の開発に繋がった。


■さんぽセルの問題の根底


 このさんぽセル論争の根底には、重量が増え続けるランドセルの中身に対して、大人がろくに対策できなかったことが原因になる。

 これを現場で苦労する小学生がなんとかしようと工夫し開発したのが、新商品さんぽセル。


 小学生がアイディア次第で新たな商品開発から新たなビジネスをおこすことができる、と世間に示した。


 しかし何事も新しい技術や手法に対しては反発が現れる。センメルヴェイス反射が例になる。


 紙オムツも発売されたときには、使い捨てであることからゴミが増える。紙資源の無駄遣いだ。紙オムツは薄くて柔らかいので、赤ちゃんのときに布オムツでしっかり腰を締めないと、大人になってから足腰が弱くなる、などなど紙オムツに反対する人が現れた。


 粉ミルク、液体ミルクもまた、赤ちゃんは母乳で育てるものだ、という思想を持つ人々から批判された。

 

 今ではコンビニのあるのが当たり前になっているATM。このATMにも反対する人がいた。

 ATMが普及すれば銀行員の仕事が減り、銀行員の大量リストラになる、とATM反対運動をする人が現れた。


 今でもAIが進歩すればリストラされる、と不安を感じる職種からはAIに対する批判がある。

 

■批判に対して


 ラッダイト運動とは、1811年から1817年頃、イギリスで起きた機械破壊運動のこと。


 産業革命にともなう機械使用の普及により、失業のおそれを感じた手工業者・労働者が機械を打ち壊した。

 これは産業革命に対する反動とも、後年の労働運動の先駆とも呼ばれる。

 そして新たな技術については、常にラッダイト運動のような洗礼を受けるのは現代でも変わらないようだ。


 さんぽセル批判を受けて、開発に関わった大学生のインタビューを引用する。


「子どもたちも僕たちもめちゃくちゃ頑張ったし、すごく褒められると思っていたので、とてもショックでした。1週間くらいは落ち込んだんじゃないでしょうか」


 また、さんぽセルを開発した小学生たちは、


「検索したら批判が出てきた。怒りがあった。悲しかった。一生懸命頑張って、すごく良い商品を作ったのに」


 と、語る。


 だが批判で済んでまだ良かったとも言える。時代は変化した。


 1600年、地動説を提唱したジョルダーノ・ブルーノは異端とされ火刑に処された。当時、地動説を唱えることは神への冒涜であった。


 もしも日本が、狂信的ランドセル原理主義過激派ばかりの国であったならば。

 さんぽセルを開発して発売すれば異端者として捕らえられ、拷問の上に火炙りにされていたかもしれない。


■さんぽセル推進派VSランドセル原理主義


 さんぽセル推進派はインターネットを使い、さんぽセルに賛同する味方を増やす為に活動する。

 クラウドファンディングで資金を集め、さんぽセルを利用したいという小学生への配布など。

 また希望する校長、市長、文部科学大臣、内閣総理大臣へと配布し、ランドセルの重量増加問題について訴えている。


 ランドセル原理主義は校則でさんぽセルの試用を禁止しようとする。

 キャスター部分の騒音、床がキャスターで痛む、さんぽセルを使用して起きる想定外の事故の責任問題などなど、禁止の理由はいくらでも現れる。

 

■まとめ

 

 さんぽセル論争は、ランドセルを背負うか引きずるかで熱くなり過ぎだ、という冷めた意見もある。

 しかし、人類はこのさんぽセル論争を気にせざるを得ない。


 何故ならこのさんぽセル論争には、人類の科学技術の進歩は善か? 悪か? という深淵なテーマが潜んでいる。

 

 2022年、さんぽセル推進派とランドセル原理主義の争いは始まったばかり。

 我々はこの争いの歴史の目撃者となる。



BGM

『願い歌』

カンザキイオリ

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― 新着の感想 ―
[良い点]  小学生というか賢い人は賢いですね。キャリーバックがあるんですから、誰かが考え出しても良かったはずですが、必要は発明の母と言ったところでしょうか。  しかし最近の教科書は分厚いんですね。…
[一言] 子供のことがよくわかっていないのは単なる事実でしかないと思います。 小学生が小学生のことを理解しているでしょうか? 私はそうは思いません。 大人だって、自分以外の大人のことなんてわからない…
[一言] ランドセルって元々は軍人の装備品が起源で、耐久性がありかつ、人の行動を妨げない、負担をそれほど与えないってつくりのモノだったんですよね。 加えて行動が激しく予測が困難な小学生にも非常にマッチ…
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