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前編 瞬く間に過ぎる嵐

「はぁ、はぁ……」


 深夜、どこ知れぬ森の中。

 視界が閉ざされた暗闇の中、一人の男が走っていた。


(思ったより早く気付かれたな。少し甘く見過ぎたか……)


 年はまだ若く、成人してまだそれ程経っていない。その風貌や身なりから、かなり身分の高い人物である事が分かる。


(ここで捕まる訳にはいかない。俺は自分の手で見つけ出してみせる)


 しかし、今や全身が土と傷にまみれ、表情も疲労の色が濃い。

 男は一度息を整えるために立ち止まり、同時に周囲を確認する。幸い、追っ手の気配は感じられない。


「はぁ、はぁ……そもそもこれは俺自身の問題だ。他人になど任せておけるか」


 一人吐き捨てるように愚痴りながら、男は自身の首に提げたペンダントを握りしめた。


「永遠の海よ。お前が選んだ自らの持ち主の元に、俺を導いてくれ」


 不思議な言葉を呟いた男は改めて走りだし、暗闇の中に消えて行った。




 とある田舎村のさらに外れにある、小さな牧場。そこには、母と娘の二人が生活していた。


「う~ん……今日も良い天気だね」


 まだ朝日も昇らぬ早朝、娘のソラはいつものように目覚め、いつものように仕事のための身支度を始める。

 かつては父が管理運営を行い、ソラはお手伝いをする程度だった。しかしその父も二年前に病で他界。それを期に、彼女が牧場の主力となった。

 以前から家族のみで経営し、規模を拡張したり、従業員を雇ったりはしなかった。今後もその予定は無い。


「おはよう、お母さん」


「おはようソラ」


 支度を済ませ自室を出ると、母がすでに台所で朝食の準備をしていた。

 ちなみにソラは、早起きで母に勝った事は一度もない。


「さ、ちゃちゃっと済ませてらっしゃい。そしたらご飯だよ」


「は~い」


 ソラは朝の仕事をするため、まだほの暗い外に出ていった。


「おはよう、みんな。ちゃんときれいにしてあげるから、今日もしっかりお乳出してね」


 牛舎に入ったソラは、今や日課となった牛達への声かけをしながら、慣れた手つきで清掃を始めようとしたその時。


「おや?」


 牛舎の片隅に見慣れない物が転がっているのを見つけた。


「これは……人?」


 まず目に付くのは、その身を包む豪奢な服が、土と傷でまみれている様であった。

 顔立ちも良い好青年なのだが、まるで戦場を駆け抜けてきたかの様なその姿が、そこはかとない危うさを醸し出している。

 かすかに肩が上下するのが分かるので、息はあるようだ。


「……助けなきゃ」


 ソラは一瞬迷ったが、その男を抱え、自宅に戻った。常日頃から酪農作業で鍛えられた筋力をもってすれば、男一人を抱えて歩くなど余裕だった。


「大丈夫かな? あの人」


「汚れは酷いけど、怪我は大した事ないから大丈夫だよ。若い男の子なんだし、ちょっと休めばすぐ元気になるよ」


 ひとまず男を、父の部屋だった寝床に寝かせた後、母と娘はこれからについて話し合っていた。


「アンタはとりあえずあの子に付いててあげな。今から朝ごはんを一人ぶん追加で作っておくから」


「うん。でも、お仕事は……」


「今日くらい、後で私がやっとくよ。いつもはアンタにやってもらってるけど、私だってまだまだ負けないよ」


「ありがとう、お母さん」


 改めて様子を見に行くと、男は目を覚ましていた。


「あっ、目が覚めたんだ」


「ここは?」


「私とお母さんがやってる牧場だよ。あなたは牧場の牛舎で倒れてたんだよ」


「あぁ……そうだった。森を抜けた後見つけたあの建物で、俺は眠ってしまったようだ」


 ソラは言葉に詰まった。

 聞きたい事はたくさんあるが、聞いてはいけないような気がする。それに、あまり年の離れていない男性と会話するのは久しぶりで、緊張していた。


「君がここまで運んでくれたのか?」


「……うん」


「そうか。ありがとう」


「いや、あそこにいられても邪魔だったから……じゃなくて。大丈夫? ご飯、食べれる?」


「見ず知らずの者に食事まで提供しようとは、少々警戒心に欠けるようだが……正直有難い。戴くとしよう」


「うん。ちょっと待ってて」


 一度母の所へ行って二人ぶんの朝食を受け取ったソラは、そのまま男と二人で食べる事にした。


「……旨い」


「良かった。あなた育ちが良さそうだから、口に合わなかったらどうしようかと思った」


「食材の質など、提供する側の自己満足に過ぎない。この料理からは、日々を逞しく生きようとする君達の生命力を感じる」


「……ぷっ」


 男の不思議な物言いに、ソラは思わず笑ってしまった。


「ん? 俺はそんなにおかしな事を言ったか?」


「ごめんなさい。でも、いつも私たちが食べているご飯をそんな風に言う人がいるなんて、思ってもなかったから」


「そうか……」


 食事が終わり、ソラが食器を台所に持って行くと、母はそこにいなかった。どうやら彼女に代わり仕事をしに出たようだ。

 ソラは食器を軽く洗った後、お茶を二つ用意して男の待つ部屋に戻った。


「そう言えば、自己紹介がまだだったね。私はソラ。この牧場で生活してるよ」


「俺は……シュウだ。すまないが、自身の事を詳しくは言えない」


「そっか……」


 ソラは、まあそうだよね、と思いながら言葉を濁す。


「そうだ。服、そのままじゃ気持ち悪いでしょ。洗ってあげるから脱いで」


「いや、そこまでしてもらう訳には……」


 だんだん(シュウ)と一緒にいるのに慣れ、本来の積極的な一面が浮上し始めてきたその時。


 トントントン


 扉をノックする音が聞こえてきた。


「あれ? こんな時間にお客さん?」


 まだ夜が明けて間もない朝だ。それに、商品はこちらから売りに出るスタイルなので、行商人がこちらに来る事はない。


「どうしよう、お母さんは外に出てるし……」


「俺は大丈夫だ。行って来ると良い」


「うん、ありがとう」


 そう言ってソラが部屋を出た後。


「……善い娘だな。純朴でいて、強さもある」


 シュウは一人呟きながら、胸元のペンダントを目の前まで持ち上げた。


「あのような娘が、お前の正しき所有者であれば……」


 シュウはしばらくペンダントを眺めていたが、やがて起き上がり、静かに部屋を出て行った。その際、ペンダントの鎖が千切れて落とした事に、彼は気が付かなかった。



「こんな時間に失礼します。わたくしは王家直属の者でございます」


 玄関先にいたのは、柔和な雰囲気を持つ初老の紳士が一人と、武装した屈強な男が数名だった。


「おうけ、ちょくぞく?」


「左様。こちらをお訪ねしたのは、とある人物を探しているからなのです」


 紳士がソラに伝えた人物の特徴は、その悉くがシュウである事を示していた。


「あ、はい。その人なら家にいますよ。今は部屋で休んでいます」


「おお! 左様でしたか。いやはや、あのお方を保護していただきありがとうございます。早速ですが、ご案内頂けますかな?」


「はい……」


 返事をしつつもソラは、紳士の後ろに控える男達の方を見る。


「大丈夫です、この者達はここで待機させておきます。彼等はただの護衛、荒事を起こすつもりはございません」


「そうでしたか。では、どうぞ」


 紳士のみを連れて、ソラは父の部屋に戻ったが、そこにシュウの姿は無かった。


「あれ? さっきまでここにいたのに……」


「確かに、今まで人がいた形跡がありますな。これは我々が来るのを察知して、またお逃げになられましたか」


「ごめんなさい」


「いやいや、貴方が謝る事ではありませんよ。しかし、急がねばなりませんな」


 紳士はすぐに外に戻り、待機していた護衛達に指示を出した。彼等はそれぞれ別の方向に走っていった。


「お騒がせしてしまいましたな。では、わたくし共はこれで失礼します」


「……」


 何か大変な事が起こっているのは分かるが、ソラにはどうする事もできない。


「さっきから騒々しいけど、どうしたんだい?」


 入れ違いに戻ってきた母に、ソラは事の顛末を話した。


「へぇ、そうだったのかい。ま、私らがどうこう言ったってどうにもならない事さね」


「うん」


「さ、仕事に戻るよ。その前に父ちゃんの部屋を片付けておいで」


「は~い」


 シュウを土まみれのまま寝かせていたので、寝床は実はかなり汚れていた。


「不思議な人だったなぁ……ん?」


 シーツの取り替えをしていたソラは、何か固い物が落ちる音を聞いた。


「これってシュウの、だよね?」


 落ちたのは鎖の部分が切れたペンダントだった。もちろん、ソラの物ではない。

 先端には青と白がマーブル模様を描く石が付いている。さらに、ソラが手に取った瞬間から、淡い光を放ち始めた。


「へぇ、こんな仕掛けまであるんだ。綺麗……っと、いけないいけない。早く届けてあげないと」


 落とし物を拾ったら、村の駐在所に届ける。

 それがいつもの習慣だったため、ソラは特に何も考えず、母に落とし物を届ける旨を告げて、牧場を後にした。

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