忘れられない彼~君との時間は~
今回から、少しずつ短編で、この物語を書いて行こうと思います。
気に入って頂けると、幸いです。
それでは、どうぞ、物語の世界へ。
オレはこの年にして、初めて人を愛した。
妻も子供もいる。
家も買った。
何の不満もなく、満足のいく人生だった。
でも、彼と出会って、オレは本当の幸せを貰った。
「あ~オレだけど、うん、そうなんだ。今日も遅くなりそうだから、先に寝ててくれ。いつも悪いな。」
会社帰り、家で待つ妻に電話をする。
こんな、嘘の電話を掛けることも、いつの間にか罪悪感がなくなった。
そんな事より、早く彼に会いたい。
そしてキスして、抱き締めたい。
彼への思いの方が勝ってしまう。
インターフォンを鳴らすと、彼がドアを開けてくれる。
「お帰りなさい。」
優しい声と美しい顔。
オレが玄関に入ると、彼は微笑み、綺麗な指先を優雅に動かし、鍵を締める。
彼はとても神秘的だ。
動き一つ一つに、余裕を感じる。
とても年下には思えない程落ち着いている。
しかし彼はまだ、25歳。
オレとは、20も離れている。
そんな彼がオレと付き合うようになったのは、5年前。
彼は、バイトとして、オレの勤める会社に来た。
初めは彼の持つ雰囲気に圧倒され、会話など出来なかったが、ある時、彼の方から話しかけてくれて、一緒に飲む様になった。
「竹内さん、僕はあなたが好きです。」
一緒に飲んでいると、突然告白され、彼の白い綺麗な手で、オレの色黒のゴツゴツした手を包まれた。
そして、まっすぐオレの事を見つめてこう言った。
「僕の最初で最後の彼になって下さい。」
「真言さん。食事は?」
オレがリビングに鞄を置くと、彼はキッチンに立つ。
「まだだよ。会社からそのまま来たから。」
「パスタでも、良いですか?」
オレが彼の作る料理に、NOと言ったことはない。
だが、彼はいつも確認してくれる。
何年たっても、オレを大切にしてくれているのだと、安心する。
オレは首もとのネクタイを緩め、キッチンに立つ彼の後ろにまわる。
オレの背の高さから見下ろす先には、細くて白い彼のうなじが見える。
オレは我慢出来なくなり、彼を後ろから抱き締めた。
そして、その美しいうなじに唇を押し付ける。
すると彼は、小さく体を震わせた。
「真言さん、くすぐったいです。」
その言葉を無視して、オレは首筋へと唇を動かしていく。
「湊、いい匂いだ。」
オレは彼の名前を耳元で囁き、彼の首もとの香りを楽しむ。
「まだ何も作ってませんよ。」
「料理の匂いじゃない。」
「じゃあ、何の匂いですか?いい匂いって。」
湊は気持ち良さそうに、オレに背中を預けながら、聞いてくる。
「お前の匂いだよ。爽やかな甘い香りがする。」
「あぁ、分かります?ボディソープ、新しいやつに変えたんです。」
「もうシャワー浴びたのか?」
「はい。新しい香りを試したくて。」
「たまらないな。」
湊がオレの方に顔を向ける。
オレは後ろから抱き締めたまま、湊の薄い唇を塞いだ。
すると、湊は体をオレの方へ向け、口づけをしたまま、後ろ手にコンロの火を止めた。
そして、ゆっくりと優雅に美しい細い腕をオレの首へと絡ませる。
オレは湊の華奢な腰を抱きながら、彼の唇を味わう。
湊の唇はいつもみずみずしい果物のように、甘い。
また、その甘さとは裏腹に、湊はオレを強く求めてくる。
キスもだんだんと深くなり、唇の間から湊の艶やかな吐息が漏れる。
「はぁ…ん…真言さん…」
吐息と一緒にオレの名前を呼ぶ。
「…ん…はぁ…ん…愛してます。」
少しハスキーな高めの声でそう囁かれると、オレの体も反応していく。
「湊…。」
たまらなくなり、湊の首筋に舌を這わせる。
「待って下さい。」
湊がオレの胸を両手で押した。
しかし、そんな強い力ではない。
オレはかまわず、湊の首筋を味わう。
「…ここじゃあ、だめです。…ベッドへ…。」
そう言われて、熱く火照った湊の体を抱き上げ、オレはベッドルームへ向かった。
目が覚めると、先ほどまで抱き締めていたはずの湊の姿がない。
オレは近くに置いてあった、スエットを着て、リビングに向かった。
すると、シルクのパジャマを纏った湊が、テーブルにパスタを並べていた。
「パスタ、食べて下さい。」
そう微笑んで、また、キッキンへ向かう。
オレは、用意されたテーブルにつき、ふと、リビングの時計を見た。
時計の針は24時を回っていた。
「こんな時間に食べたら、太っちゃいますね。」
湊は缶ビールを持って、オレの向かい側に座った。
「大丈夫。パスタは太らない。」
オレ達は、缶ビールで乾杯をした。
彼の作ったパスタを食べながら、好物のビールを飲む。
そして、目の前には美しい恋人が、オレの事を優しく見つめている。
そんな幸せなひとときに、オレはふと、思う事がある。
これは現実なのかと。
眠りにつくまで、彼の温もりを感じ、愛の言葉を囁きあっていたのに、どこか現実味がないと感じる事がある。
それは、彼の存在があまりにも神秘的過ぎるせいだろうか?
5年間付き合い、体を重ねても、彼はどこか掴めない。
「美味しくなかったですか?」
黙り込んだオレを見て、湊が心配そうに言った。
「いや、とても美味しいよ。」
「良かった。」
心底安心したように微笑む彼を見ていると、先程までの現実味の無さが、影を潜めていく。
やっぱり、オレの考えすぎだ。
湊はちゃんとここにいる。
「はぁ、満腹になると動きたくなくなるな。」
パスタを食べ終え、ビールを飲み干し、オレはリビングのソファーに横になり、満足感に浸る。
「駄目ですよ。ちゃんとおうちに帰らないと。」
夢見ごごちのオレに、湊はやさしく、現実を伝えてくる。
「オレがいるとゆっくり出来ないか?」
「違いますよ。」
湊は食べ終わった食器を片付けながら言った。
「食べたらちゃんと歩いて、カロリーを減らして下さい。そして…」
湊はオレの休んでいるソファーの下に座って、頭をオレの胸にもたれさせて言った。
「いつまでも僕の憧れのあなたでいてください。」
オレは湊に愛されていることを実感して、密かに胸を撫で下ろす。
いつか君にちゃんと伝えたい。
オレにとって、君との時間は人生の中で一番安らぎを感じ、幸福に満ちたものだと…。
読んで頂き、ありがとうございました。
今後の二人をいつか長編で、もっと詳しく書いていきたいと言う思いを持ちつつ、短編にて、分かりやすく描けたらと思います。
また、続きができましたら、ぜひ、ご覧ください。
そして、同じくBL作品で「悪戯なサイコロゲーム」も投稿しております。
こちらは、男子高校生のちょっと不器用な、青春ラブストーリーとなっております。
よろしかったら、そちらもご覧ください。