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家に入ると、食卓の上には四人分よりも少し多い料理が並んでいる。
実際にそのほとんどを消費するのはディゼルとアークの二人なのだが、それにしても今日は量が多い。
「ソニア、どうしたんだこんなに。収穫祭まではまだだったはずだが」
ディゼルは昨年の収穫祭の時に出た料理の量を思い出し若干胃にもたれるものを感じた。
しかし、並んでいる料理は大半が野菜や果物といったもの。
村の収穫祭に出るような鶏や豚などの大量の肉類はほとんど並んでいない。
肉類が見えるとしたら保存食用に大量に作られる干し肉がスープに浮かんでいる程度だ。もっとも、この村の事情を鑑みればかなり贅沢な肉の使い方をしているのだが。
「二人ともおかえり。今日はね、昼にドーソンさんから取れたての野菜をおすそ分けしていただいたの。」
てきぱきと手を動かしながら、野菜を次々に切り刻み料理を量産していく。
スープは具材に根菜が次々投入され、葉野菜も所狭しと押し込まれる。
ぐつぐつと煮込まれている鍋からは野菜とわずかに香味油の香りが漂い、肉類が多く入っていないことを忘れさせるほどに芳醇な香りを漂わせている。
すでにテーブルに並べられているのは、野菜、野菜、野菜...と野菜尽くしだ。野菜だけでおおよそ5キログラムはあるのではないかと思わせるほどだ。
みずみずしく、わずかに水滴のついた野菜たちが木製のボウルに美しく飾られ、色の濃い野菜はその中心で花弁を咲かせたように感じる。
根菜類などはざく切りにされたうえで香味油で炒めたのだろう、ステーキでも焼いたように見える。
「ぱぱ!おいしいよ!」
自分たちを呼びに来たピューラはどうも先に食事を始めてしまっているようだ。
たどたどしくフォークを使ってボウルにあるサラダを口に運んでいる。
時折合間を見て焼き野菜も食べているため食事の進みは遅そうだ。
「これはおすそ分けの量じゃないだろう?どうしてこんなに?」
「こないだアークと二人でドーソンさんのおうちまで薪をあげたでしょう?荷車で三往復分も!それで、収穫したばかりの野菜で、売りに出す分も併せて譲ってくださったの」
「なに、商品にするものもくれたのか?」
「そうだけど、一割にも満たない量だったわ。売りに出せない二級品から、一級品のお野菜をざっと荷車一往復分かしら。薪を買う金額にも満たないけどって譲ってくださったのよ」
「そうなのか。それなら、今日だけでどれくらい使ったんだ?」
「大体二割ほどかしら?」
これで二割か...と若干苦笑を浮かべるディゼルを横目にスープを覗き見るアーク。
「母さん、スープはもう食べられそうなの?」
「ああ、あと5分ほど煮てからね。まずは二人とも荷物を置いてきたら?立てかけておいたらまたピューラが触ってしまうから」
夢中になって野菜をほおばるピューラも、もう食事は半分ほど済んでいる。
このまま食卓についても剣がピューラの遊び道具にされてしまうので、安全を考えて先に剣をおいてくることにした。
しばらく時間がたって、家族四人で食卓に着いた。
ピューラはスープをちびちびと口をつけるが進みが悪い。
猫舌なのも相まって余計にゆっくりと消費しているようだ。
対してディゼルとアークは二人そろって食べ始めたが、もう半分以上消費している。
スープにも順調に手が伸びておりすでに二杯は平らげている。
これは、ソニアの料理の腕前によるところが多い。
香辛料もなかなか手に入らない中で塩と香味油と野菜の味だけで深みのあるスープを作ることができているのだ。
具材にする野菜の選定も汁に溶かし込んでしまうものと具材として残すものを考えて入れらていて食堂で出されたと言われても遜色のない出来だ。
口になかに運ぶたび野菜のうまみと干し肉がアクセントになることで何杯でも食べられてしまいそうだ。
とはいえ、さすがにスープだけで20Lはある。明日の朝まで飲み続けても鍋からなくなることはないだろうが。
「ディゼル、そういえば昨日話していた件はうまくいったの?」
「おっと、そうだ。忘れるところだった...アーク」
「うん?なあに、父さん」
ボウルに乗っていた最後の野菜をほおばってから父に返答する。
「お前に実戦経験を積ませてやる」
「え?!本当!!??」
ガタリと勢いよく立ち上がり、つい大きな声も出してしまう。
それはそうだ。長い間摸擬戦はさせてもらえていたが、実戦は危険だからと一切させてもらえなかったのだ。
今まで何度も父に挑んでは実力が足りないと行かせてもらえなかった実戦が、ようやく挑戦できる。
それだけで、アークにとってはものすごく大きなことなのだから。
「本当だ。ただし、最初は俺もついていく。何度か戦って実戦に足ると判断したら今後は一人でやるんだ。」
「うん!うん!」
「ディゼル、もうアークは話を聞いていないわ」
「まあ、そうだろうな。ようやくの実践なんだ、俺でもこれくらいは喜ぶさ」
「それで、いついくの?!明日?!明後日?!」
「こらこら、そう焦るな。ソニア、あれを持ってきてくれ」
「はぁい。アーク、そこで待っていてね」
ソニアは自分の部屋へと入ると少し大きな袋を持ってやってきた。
袋の端には、賢神キルヒアの刺繡が施されており、少し古いものだ。
昔母が持っていたものと同じ、大きな袋である。
「もしかしてそれ!」
「開けてみろ」
アークは、母の手から目の前に置かれた袋を開き、中を改める。
その中身は、大いにアークを驚かせた。
「わあ!これ、僕の皮鎧!?すごい、すごい!!あ、これは中身が冒険者セットになってる!!ええ?!スカウトツールも入ってる!!これ、全部僕のなの?!?!」
年相応の少年らしい顔をしながら瞳を輝かせ、中に入っているものを大喜びで確認する。
「ああ、そうだ。誕生日にはまだ早いが、それだけお前の実力が早く伸びたってことでもある。」
いつの間にか席を立っていた父が、自室から棒状に包まれた布を持ってくる。
「それと、これは試験合格のお祝いだ。」
それは、アークにとって袋を開けるまでもなくわかるものだった。
「もしかして...僕の剣?」
「そうだ。ヒューレ様のご加護があるように剣に聖印を書いてもらった。大事にするんだぞ。」
そのあとのアークの喜びようは、まさに天地を割らんがごとくだった。
あまりのうるささに、食事をやめてやっと文字の読めるようになった本を読んでいたピューラが大いに文句を漏らすほどだった。
その晩、自分の大きさにぴったりと合った皮鎧と剣を装備して両親に見せたあとは、剣を抜いてみてポーズを取るのを2時間は両親に付き合わせた。
一通り楽しんで満足したのか、気が抜けたのか、二人が食事の片づけをしている間にアークは自室で冒険者セットに入っていた毛布にくるまって、ベットではなく床に愛剣を抱きながら眠った。
アークの寝姿を確認した後、ディゼルとソニアは「おやすみ」と声をかけて部屋を出て行った。
その晩は、アークにとってとても強い思い出となった。