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「アーク」
すっかり大人びてきた少年は、もう父の胸元ほどまで大きく育っていた。
ディゼルは体格もかなりのもので190センチを優に超えるが、それに負けじと年をまたぐたびに一回りずつアークは成長している。
「父さん、今日は僕の勝ちみたいだ」
目の前に置かれた薪の山を見て、ディゼルは残念そうにため息を漏らす。
「ダメだ、また形が統一されていない。これじゃあかまどに入れた時に燃え方にムラができていい燃え方をしないんだ。」
「そうかな...?かなり気を使って斬ったんだけど」
確かにアークの剣技は素晴らしいものに育ちつつある。
本来薪を切るならば斧や大剣などの重さを生かした刃物で割っていくのが定石だ。
しかし、アークにはあえて細剣で薪を作らせている。
当然一つの木から薪を作るとなると相当強い力か技量が必要だがアークには力ではなく斬り方のコツを教えることで技量を磨かせているのだ。
速さと正確さを鍛えるために、ディゼルが村を回ってくる2時間の間に用意した木をすべて斬るのが目標だ。
普通に斧で割っていくのでも3時間はかかる量を、2時間細剣だけでこなすのはかなりしんどい。
が、これはディゼルが師匠の下で冒険者として一段レベルアップするためにさせられた修行のはじめの一歩だから確実に高い効果はある。
事実としてアークの技量は上がっているのだが、成果物は薪として使うには残念な仕上がりになっている。
「いくらか良い出来なのはあるな。というか、いい出来なのは6割程度じゃないか。もしかして焦ってやったな?」
「そ、そんなこと、ないよ」
「全く...まあ、とりあえず今日のところはいいだろう。ほら、約束通り鍛錬に付き合ってやる」
アークと交わした約束では、ディゼルが見回りを終えた時点で薪がすべて斬り終わっていれば鍛錬に付き合う、という約束なのだ。
現状で言えば奇麗に斬れなかった薪を使う稽古にしかなっていないが。
「今日は久しぶりに実演稽古がしたいから頑張ったんだ。今日こそは林檎を切って見せる!」
実技演習では、ディゼルは頭の上に林檎を載せてそれを落とさないで立ち回る。
対して、アークは背中に林檎を括りつけてそれをディゼルから守りながら立ち回る。
お互いの目標は相手の林檎を切ることになるが、圧倒的に不利な条件をディゼルは負っているにもかかわらず今のところ無敗を維持しているのだ。
それだけ実力が確かなものであると同時に冒険者を引退してもなお軽戦士としての技量も一級であるという証左なのだ。
「いいだろう。さあ、今日は5分で決着がつくなんてことはしないでくれよ?」
「こないだはたまたま練習が足りなかっただけだよ!今度はきっとうまくいくから!」
果たして、どうなることやら...
慣れた手つきで林檎の木からヘタだけを切り落とし林檎を二つ用意する。
いつも通りに支度をすると、愛剣をおいて訓練用に準備した剣を持ち離れた位置に構える。
「いつでもこい。」
「いわれなくても、すぐにね」
じっとお互いに睨み合いをする形になる。
ソニアに似た琥珀色の瞳に自信ありげな顔。顔やしぐさはますます母に似てきている。
この子ももうすぐ女との付き合い方を学ぶのだろうと思うと、ソニアに似た瞳に映るのはどんな人物なのだろうと少し期待がある反面寂しさを感じてしまうのだ。
そうしていると、二人に向かって「さぁ」と風が吹く。
優しい秋風が木の葉を連れてディゼルの眼前を通り過ぎた。
そして、ディゼルはそのまま無造作に剣を巻きながら上へと跳ね上げる
木の葉が去ったと同時に甲高い金属音と顔をかすめる剣がやってくるのを感じたからだ。
まずは牽制、本命は二回目。
素早い剣劇であればこそ最適化されるその動きを、教えた本人が躱せないわけがないのだから。
アークはかちあげられた剣とともに空中で身をひるがえし本命を止められたカバーをする。そのまま着地するまでに二回剣を振る。両方とも林檎を狙ったものではなく林檎を落とさせるための動きだ。
流れるように襲い来る剣劇を煽るように頭を振って回避する。そして、二回目を回避した後に嫌がらせめいたひと振りをしてアークの着地を妨害した。
互いに、といってもディゼルはだいぶん手加減をしているのだが、拮抗した剣劇の応酬によりギリギリお互いの体を傷つけない程度のやり取りがほんの一瞬で行われる。
剣でかすめただけでその技の鋭さから二人の暗い紺色の髪が木の葉に交じって空を舞う。
「いい動きだ。しっかり練習したな」
「...いつも思うんだけど、よく首を振って林檎を落とさないよ...ね!」
無駄話はしたくない、というつもりかほめられたのにも構わずインファイトともいえる距離まで潜り込み蹴りを組み合わせた突きで林檎を打ち抜こうと死角から剣を放つ。
蹴りを回避するついでにボール遊びのように首のスナップを効かせてディゼルは林檎を宙に浮かべる。
あっ、と視線が空中の林檎に向かったのを見て剣を持たない腕でアークの体を巻き取り投げる。
そして、そのまま片足だけを動かした流れに沿って背中の林檎を四つに等分した。
残心を伴ってその場にとどまると頭の上に落ちてくる林檎をふわりと頭の上で受け止めた。
「よし、ここまで。やはり5分も持たなかったか」
いてて、と投げ飛ばされた場所から立ち上がるアーク。
だが、その顔は負けを認める顔ではなく逆に勝利を得たような顔だった。
「この次はもっと難易度を下げようか。使うのは剣だけに...どうした?」
「言ったでしょ?今日はうまくいくって」
不思議に思い、頭上の林檎を取るとその理由に気が付いた。
林檎がわずかに削れているのだ。
その傷は、どう見ても細剣によるものだった。
「こりゃあ...一本取られたな」
「よっしゃぁ!必死に練習した甲斐があったなぁ...」
仰向けに大の字になって倒れこむアークの胸元に向かって傷のついた林檎を投げる。
とっさに受け取ったアークは、嬉しそうにそのまま林檎をかじった。
そろそろ、潮時か。
四つに切った林檎を拾い、その比率が均一であることに己の腕が落ちていないことを確信しながらディゼルは息子の初陣を思案していた。
二人を呼ぶ少女の声に、昼食の知らせを感じ二人は鍛錬場の片づけを進めるのだった。