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剣を持たせてみたアークの反応は思っていた以上だった。
父に憧れを抱く幼子であるがゆえに、体がちぎれんばかりの喜びを全身で表現してくれた。
普段ディゼルが鍛錬として振るっている剣に似せて作ったためか、父と同じ剣をもらえたのだと感じたのだろう。
型や剣技を教えるのに自分と同じ形の木剣であれば都合がいいだろうという実利的な考えで作ったことは秘密にしておかなくてはならなそうだ。
ひとしきり「暴れ」回った後、アークはこの喜びを皆に共有したいと言い出した。
「パパのとおんなじ!パパのとおんなじ!」
通りがかった村人に駆け寄っていっては、自慢げに木剣を見せ「よかったねぇ」と頭を撫でられる。
頬を大きく膨らませながら笑うその顔は、妖精のように舞い踊る技を内包するとは思えない、年相応の子供の顔だった。
「アーク、みんなに見せる前にパパにいうことがあるんじゃないか?」
「うん!うん!えっと、ありがとう!」
「よしよし、よくできました...さて、じゃあアーク?剣をもらったんだ...これからはしっかりパパと練習するんだぞ」
「うん!パパといっしょにびゅんびゅん!ってするの!」
「よし、その意気だ!もうすぐお兄ちゃんになるんだから、しっかり守ってやれるようにパパと一緒に練習しような」
本来であれば今の時期は夏に向けて村中の男たちが駆り出される時期である。パシアは小さい村で男手は貴重だし決して小さくはない農耕地域が広がるのだ。まさに猫の手も借りたい状況である。
しかし、ディゼルはこの男手に数えられてはいない。
ディゼルはこの村を守ってくれる唯一の存在であり、広い田畑や牧場を見回って蛮族の襲来から村を保護しているのだ。
いかに男手が貴重でも彼の手を塞ぐことは村にとっては死活問題となりえるのだ。
ディゼルが来てからは村の男たちに剣術を教えているが、駆け出し冒険者程度の技量を持てる者もいたが本業は農業である。剣術に身を入れきることはできないし決して短くはない冬の時期もやることは山積しているのである。
今まで冒険者を雇って村の多くはない稼ぎを支払っていたのが、ディゼル一人に村の警護を任せることで村全体が助かっているのだ。
それゆえにディゼルは長期間にわたって暇を持て余していたのだ。子育ての手が少し掛からなくなり始めた途端に子供が一人増えるくらいには。
一日の四半分は村を回り残りは家で鍛錬をするかアークの面倒を見るしかやることがないのは、彼ほど実力のある冒険者には退屈すぎてしまうかもしれない。
しかし、彼はそれを幸せと感じその日々を守るために日々を過ごしている。
鍛錬の時間も息子の様子を見ていられるとなれば、彼にとっては万々歳なのだ。
「さて、それじゃあ早速練習を始めようか。剣を置いておいで」
きょとんとしてしまう。
それはそうだ、剣をもらったばかりなのだから今すぐにでも振り回して父と同じように振舞いたいのだろう。
しかし、今までアークの振るっていた小ぶりな枝とは違い一応木剣として十二分に質量のあるものだ。今のアークには到底振り回せるものでは無い。
そのことをアークに理解させなくては。
「アーク、剣はねいきなり振れるようにはならないんだ。まずはパパと一緒に剣が振れるように練習するところから始めよう」
「どうして?」
「アーク、それを片手で持ってごらん?それを水平に持っていくんだ」
今まで両手で抱えていた剣を不思議そうに片手で持ち、そのままゆっくりと持ち上げ...途中であきらめた。
「重いだろう?剣というのはとても重いものなんだ。まずは、剣を片手で持てるように練習しよう。パパも一緒だ。」
「や!もう使いたい!!」
むしろ逆効果だったか?
...いや、こういえばいいだろう。
「剣を片手で持てないようじゃ、パパみたいにかっこよく剣は振れないなぁ。」
「...やだ。」
「じゃあ、まずは剣を持ち上げられるように練習だ!ママのお手伝いもできるからママにもたくさん褒められるぞ。パパとどっちがたくさんほめてもらえるか競争しよう!」
「うん!わかった!」
「よし、それじゃあ部屋に剣を置いてこよう。そしたらママのところに集合だ!」
「うん!僕のほうが早くいくからね!!」
やはり子供を刺激するならば競争だ。それは剣術教室でも同じだったから誘導するのも簡単だった。
仕方ないとはいえ、子供をこちらの意のままに誘導してしまうのは心苦しいものがある。
だが、これもアークのためだ。体の基礎を整え、剣技に活かせるようにする。それがディゼルの修行にもなりアークの成長にもなる。
...と、納得しておこう。
台所からきこえるアークの呼び声に応えるように、家の中へと入っていった。
そして、季節は移り年を重ねいつの間にか6年の年が過ぎ去った。