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話が通してあったからか、すでに冒険者パーティ《熊の鉤爪》はすでにアークを迎える支度ができていた。
いつものメンバーに数人臨時メンバーを連れてきていたらしい。
それもこれもディゼルが手配したそうだが、どこからその金を捻出したのだろうか...?
気にしていることが金だけなあたりがアークの知るディゼルの強さや信用を表している。
「よろしくな、アーク君」
「よろしくお願いします、ギアースさん」
握手を交わすギアースの手は、固く分厚い皮を感じさせる歴戦の冒険者の手だった。
軽く上下に振るだけでも腕を持っていかれるかもしれないと思えるほど力強い動きでこちらに応えてくれるのは冒険者でもない軽戦士見習いとしてはうれしいものだった。
「にしても、アーク君がついに冒険者デビューかぁ...ディゼルの影響もあるだろうがなかなかに厳しい稼業だよ?」
決意を確かめるためか、じっと瞳の奥深くにあるアークの魂を見据えるようにじっと見つめるギアース。
彼の瞳にどんな未来が映ったのかは分からないが、ふっと笑みがこぼれ出た。
「まあ、ディゼルの息子だ。下手なことはせんだろう!」
がっはっは!と高笑いをしつつ肩を力強く叩いてくる。
鼓舞のつもりなのだろうがその威力は冒険者でもないアークにはだいぶん強い刺激だった。もしかしたらあざができているかもしれないなぁ、と考える程度には。
商品になる野菜たちを積み込みながらアークの麻袋一つ程度になった荷物を一緒に積み込んでいく。
幸運なことに今回は王都に行くまで馬車の中で過ごすことができる。長い時間歩くこともほぼない。
道中で3~4回ほど野営をすると聞いたので、余分に食料も積み込んできた。
これで、この村からはしばらくの間離れることになる。もしかしたら、これで最後になるかもしれない。
見慣れた村の景色を惜しみ、その光景を焼き付けるように村を見回した。
明日からは両親の庇護の下ではなく一人の人間として多くの人々がいる街で暮らすことになる。
のどかな村とは反対に、喧騒にあふれ一晩中明かりが消えない日もあると聞き想像ができない街の景色と村の夜の静けさを比べてしまう。
初めてだらけの世界で自分一人で生きていけるのか、不安に駆られつつも世界の広さに胸をときめかせる。
「アーク君、出発だ」
荷物の積み込みが終わり、帆馬車に冒険者たちが乗り込んでいく。
一台の上には斥候が陣取り遠くを見渡せるように支度をしていた。
最後のあいさつとしてか、ディゼルとソニアが馬車のそばまでやってきた。
「いってきます、父さん」
「おう。しっかり修行して一人前になってから帰ってこい」
久しぶりに、頭を撫でられる。この手のぬくもりを再び感じられるのが、いつになるのかと思うと胸が苦しくなった。
そして、母に抱きしめられながら言葉を贈られる。
「アーク、無理はしないでね。冒険の失敗よりも生きて帰ることのほうが何よりも大事よ。一度や二度の失敗なんかのために命を捨てるようなことはしないでね」
「わかっているよ、母さん。無理はしないからね」
「それと、これはお守り。あなたをきっと守ってくれるわ」
別れを惜しむかのようにゆっくりと体を離し胸元から聖印と小さな黄金色の鉱石がついたネックレスを首にかけられる。
「もしも冒険ができなくなったらすぐに帰ってくるのよ。ヒューレ様の教えだけに囚われずキルヒア様のようにしかと考え行動するのよ」
ソニア、とディゼルに肩を引かれ軽くうなずくとそっとアークから離れる。
子供の巣立ちを送る親ではあるが、キルヒアの信徒らしく感情ではなく理性で己を律したのだ。
「それじゃあ、いってきます。」
確かな決意を瞳に浮かべ、あふれる雫を溶かしながら、アークは二人に背を向け歩き出した。
一行はアークを最後尾に村の出口まではゆったりとした足取りで進み、村の出口でアークを乗せた後急ぎ王都へとその足を速めた。
ディゼルとソニアは、最後までアークの姿を見守り続けていた。