2003年 7月5日 タカハシ3
「どうして言わないのっ」
胸倉を捕まれてぐらぐら揺らされる。おれは抵抗しない。肉体的な疲弊が大きすぎて動けないということもあるが、それだけが理由ではない。
チサの暴力的な追求は尤もだった。チサも無能なヨシダもカヨコ、マツイも、禁忌の魔女ですら困惑していた。
自らの過去を旅して、鼻血だらだら血管浮き上がりまくり表情筋ひくひく脳味噌使用量許容オーバーになっていた。ほとんど死んだも同然の状態まで陥って、答えを持ってきて帰ってきたおれは、口を閉ざしたままだった。
「おれたちにも責任はある」
「その責任をとるために、すでに三人死んでいて、これからさらに五人死ぬことになる。それで満足なの?」
「満足ではない。これからのことはこれから考えよう。それはそれとして、犯人の名前をいうつもりはない、というだけだ」
「だから」
チサがまた強く胸倉をつかんでくる。こわい。「なんで言いたくないか聞いてるでしょ!!」
おれは胸倉を捕まれたまま答える。
「言えない。君らは納得しないから。そうであるならおれが言わないという選択肢をつかい、犯人を庇うしかない」
胸倉を掴む手が少しだけ弱まる。
「どうしてかばうの?」
「同情、憐憫、共感。いずれかのうちのどれかだと思う。おれたちは自分勝手にこのセカイにやってきて暴れて回ってセカイを乱し救って壊している。それは日本でも一緒だった。おれたちは世界を強引に方向性を変えて、そこにただ生活しているだけの誰かを静かに傷つけ壊していた。だからかもしれない。そんな彼らのうちの誰かが、おれたちに攻撃したくなってしまった。それを受け入れることが必要なんだ。力あるものとして。同じように攻撃することなく」
「意味わかんない」
「おれも深くはわかっていない。ただ、犯人を名指しするつもりはないというだけ」
チサの胸倉を掴む手は弱まったままだった。
「あんたが犯人を赦そうっていっているのは分かった」
「その通りだ。わかりやすい。いい言い方だ。赦すんだ」
見上げてきたチサの瞳はうるんでいる。
「わたしたちを殺そうとして実際数人死んで、そのうえこれからわたしたちも死にそうで、でも犯人見つけたならわたしたちは死なないで済むんだけど、そのうえでその犯人を赦して、わたしたちは死ぬのね?」
「見解の相違がある。赦す事と、おれたちが死ぬことはイコールではない」
チサが椅子にばったりと勢いよく座り込む。立ち上がっていることに疲れてきたようだ。「じゃあどうやって帰るの?」
「帰れない。帰るための道はない」
「お願いだからあなたを殴ってしまう前に結論のほうを教えて」
「この異世界で生きよう」
返事はなかった。肯定されているということだろうか? 続けることにした。
「日本に帰れない。帰るための手段もない。でも死ぬわけにもいかない。そうであるなら、できることはこの異世界で生きること、生活することだ」
「それこそだよ。どうやって」
「傭兵でも、魔法使い見習いでも、農婦でも娼婦でも、なんでもいいんじゃないか。生きようと思えば、どんな世界でも生きていける。生きていくつもりがあるなら、生きていける」
「ぬるま湯の日本で生きてきたわたしたちがまともにこんな世界で生きていけるとでも?」
「それは引きこもりが働きたくないときに使う言い訳に近しい。生きていくしかないならやるしかない。それにそのあたりの担保ならいるじゃないか」
部屋の隅っこに移動していた禁忌の魔女を見つめる。
「対価を払えばなんでもしてくれる禁断の存在がいるんだ。片腕を代償にする代わりに王国騎士団での名誉ある立場まで昇格させてくれることだってできるだろう。舌を引っこ抜かれる代わりに村の隅っこに農場を確保してくれることだって可能だろう。要は生きていこうとする意志さえあれば、おれたちは生きていける。それだけの存在のはずだ」
誰にも何もいわない。やはり承諾ということだろうか。
椅子に座ったままうなだれているチサがようやく口をひらく。
「そうまでしてさ」
「うん」
「そうまでして大変に、ゼロから頑張って生きなきゃダメ? 私たちを殺そうとした犯人を差し出すだけで、まぎれもなく殺そうとした相手を告発するだけで、日本で今まで通り普通に生きていけるんだよ? それを選ばないで今までの人生捨てて、ゼロから異世界生活始めるようなことしないとダメ? そりゃ今の人生に不満ありありの根暗人間ならまだしも、わたしたちは違うでしょ? 普通に生きていけるじゃん。それなのにこんなセカイで生きていかないいけないの?」
チサの言葉は真実だった。
おれはうなづく。そして言葉を続ける。
「お前の言葉通りだよ。それこそ根暗人間では世界を救えるぐらい超絶チートスキルでも手に入れないと生きていけないだろう。でもおれたちならこの世界で普通に生活していれば手に入る程度のスキルか地位さえあれば、あとは適合して生きていける。それだけの力があるから。俺たちはどこでも生きていける。才能がある。だからこそ、それがない犯人たちを無意識に無碍に扱ってきた。おれたちにはおれたちなりの悩みもあった。でも犯人たちの悩みはおれたちだった。おれたちは自分の力で問題を解決できる。そうであるなら、この異世界強制転移なんて問題だって、自分たちの力で解決すべきだ。それが力を持っているおれたちの定めじゃないかな」
チサが立ち上がる。「もういい。あ、もういいっていうのは今日はもういいって意味」
カヨコとマツイとヨシダも続くように立ち上がる。
「今日はもういい。好きにして。でもわたしたちは帰ることをあきらめない。あんたを監禁して指千切ってでも絶対に帰る。でも今日のあんたはもう何もいうつもりないんでしょ。ならいい。今日はもういい。今日はあんたの勝ち。でも明日はまた違うから。サヨナラ。もう友達じゃなくて、いやもともと友達じゃないけど。ただの敵だから、あんたはわたしたちに必要な情報を保持している敵。だから絶対に倒して手に入れる。それまで勝手に独りで満足して生きて」
チサたちはそうして出ていった。まだ犯人を赦そうとはしていない。
しょうがない。
体験したのはおれだけなのだから。それは必然的な行為だ。
そうであれ。
今日。渡辺は、犯人は許された。そして明日からも許される。おれが屈しない限り。犯人は、渡辺は許される。
「これからどうするつもりだいあんたは」と、禁忌の魔女。
「時間をかけるさ。このセカイで生きながら時間をかけて説得する。それでもダメならあんたに強制的に過去体験させてもらって矯正する」
「鬼だね。とりあえずは住むところは用意してやるよ。あんたは過去記憶と融合しないで帰ってきた初の被験者だからね。あんたの世界でいうところの高額治験バイトみたいなもんさ。この世界で生きていくだけに不便しないものは与えてやるよ」
そうして。おれたちの異世界漂流は終わった。
おれは犯人を、渡辺を赦した。他のメンバーはまだ赦していない。でも時間をかけて赦していけるだろう。たぶん殺そうとしてくるかもしれない。それでも。あのときのあいつに共感してしまった以上。あいつの弱さに感銘してしまった以上。
犯人を赦すことは続けるつもりだ。
何年経ったとしても。添い遂げたい相手と出会っても。子供が生まれても。生きている限り、ずっと。




