2019年 7月24日 札幌17
お腹を炎球が貫通していたはずだが、すでにそんな痕はなくなっていた。
一瞬で穴が修復されていた。ただシャツのお腹の辺りは、球状の穴が空いている。
そして肉が裂け、皮が破れ、臓器がもがれ、背中まで貫通した感触は残っていた。痛みもはっきりとあった。
「そんな簡単に死なせることはしない」
エミリーが掌を突き出して、回復魔法っぽいエフェクトを表示している。
どうやら瞬間的に回復させられたようだ。
穴が空いて「ああ死んだ」と感じた瞬間には、穴は塞がっていた。超絶的な能力であることは間違いない。俗にいうチートだ。そんな奴と真正面から対決しているのだ。
どうにかしようというモチベーションがどんどん無くなっていく。
禁忌の魔女エミリーと名乗った浮田絵美里は、なかなかの痛々しさを放っているが、それでも道路は陥没し、建物は半壊し、瞳に映る光景はすべて炎上状態だ。
どんなに痛々しい格好していたとしても、それはあまりにも強烈な強大な破壊行為をおこなう。恐怖以外何物でもない光景だ。着ぐるみを着た殺人者が包丁片手に血塗れになるそれと酷似する。
それでも私の膝は震えていないし、冷や汗もかいていない。集金時期の終盤などでは、まれによく金を払わない客と電話で怒鳴りあうことがある。元来ひ弱な性質なのか強く怒鳴ったり怒ったりすると、たいてい緊張のせいか手先がぴくぴく震えたりする。
でも今は、そういう反応がない。
諦めてしまったのかもしれない。あまりに理不尽な破壊劇に。
ナイフを握った殺人者なら、万が一なんとかなる気がする。プロ挌闘家だとしてもラッキーパンチで倒せるかもしれない。
実際はナイフを握ったそれにも、挌闘家にも手も足もでずに殺され倒される。
でもなんとかなるかもしれない。
そんな希望は少なからず感じてしまう。頑張れば、運が良ければ、なんとかなると。
目の前の禁忌の魔女エミリーからは、それすらない。
偶然や奇跡の期待すらさせてくれない。
圧倒的に巨大すぎる現象を前に、私の身体はすでに降伏してしまっているのだ。だからぴくりともしない。
ただ私の心の方はまだまだ大丈夫のようだ。
物理的に殺されるだけだ。心は汚されない。
追いつめられてはいる。死ぬのだろう。でもいい。私のことは誰にも理解されず、私は私としての高潔を保ったまま、このセカイから消え去るだけだ。家族には会社から保険金などが下りるのだろう。生活は苦しくなるが決定的に破綻することはない。それでいい。
これから行われるのは拷問だろうか。
何度も炎球で焼かれつぶされ、一瞬で回復されるを繰り返す。死ぬよりつらい生き地獄、か。
でもそれだけだ。
痛いだけだ。それ以上でも以下でもない。苦しいのだろう。絶叫するのだろう。泣き叫ぶのだろう。
でもそれだけだ。
私はなにも汚されない。なにも失わない。
禁忌の魔女エミリーが座り込んだ。あぐらをかいている。スカートの中はいい感じにみえない。
「お話をします」
道路の上に座り込んだエミリーはそんなことをいう。
私もすぐ目の前に、拳を伸ばせば顔を殴れる程度の距離まで近づいで、座り込んだ。
「あなたが誰だかは分かっている」
それはそうだろう。
超絶ファンタジックなチートを全開にしてグーグルパワーさながらに、私がすべての元凶であることを知りえて、こうして襲ってきているのだろう。
「禁忌の魔女としての異能の力で辿り着いたわけではない。きちんと理由と理屈をもって、ここまできたの」
嘘だ。私のことを判明する理由など一切ない。
「一から百まですべてをつぶしていけば、確かにいつかは私に行き当たる」
殺人者が行っていたのがまさにそれだ。脳味噌筋肉だからどうしょうもなく、ひたすらにクラスメイトを殺しまくった。そういう流れで私に辿り着いたのだろう。
エミリーが首を振る。
「私とキンキくんは確かにそうやった。でもこうしてはっきりあなたの目の前まで辿り着けたのは、私たちの力じゃない」
なにをいっているんだ。
今日、はじめてじんわりとした汗を感じたかもしれない。なんで。
「タカハシくん、チサちゃん、カヨコちゃん、ヨシダ、マツイ。君がかつて強制異世界転移させた五人が、あなたの目の前まで私たちを連れてきてくれた」
「あなたがやった。孤独に耐え切れず。何かを得ているものをこっそりねたむことしかできず。あなたは可哀そう。そして卑劣。あなたは理解されたがった。でも声をかける勇気はなかった、理由もなかった。数メートル前を歩くクラスメイトに認識すらされないことに絶望した。あなたは可哀そう。でもだからこそ許されない。あなたの身勝手な孤独のために、あの子たちの人生の自由を奪ったことは、許されない」
聞かされた。
強制異世界転移させたクラスメイトらが、日本へ帰るために奔走した話を。
2003年7月3日から始まった、ゴールのなかったはずの旅路の話。
禁忌の魔女と呼ばれていた存在に出会ってしまい、犯人である私に辿り着いたのなら、日本へ帰還させてもらう約束をしたことを。
「だからわかっている。あなたが彼らと彼女らにあんなことした動機も。あなたは何十年も誰にも理解されないって思っていた。でも違う。あなたが殺そうとした、あなたのクラスメイトはあなたを理解し、あなたを犯人であると辿り着き」
エミリーは言葉を切り、より睨まれる。
「あなたを告発しなかった」
それでも私はブレない。
あいつらは帰ってきていない、私の今日という日まで、あまりに何事もなくただひたすらに生きているだけだった。
「タカハシくんも、チサちゃんも犯人があなたであること、どうしてあんなことをやったのか動機まで含めてのところまで到達した。でもやらなかった」
嘘だ。信じない。
「そんな顔しても真実は変わらない」
やめろいうな。
「あなたはあなたが殺した人達に許されたの。あなたが殺そうとした人たちに。君が憧れ、嫉妬した人たちに」
聞きたくない。
「君は。渡辺剛くん、あの日から今日という日まで、君が強制異世界転移させたクラスメイトたちに、生かされていたんだよ」




