2003年 7月4日 異世界13
出席簿を作成した。タカハシには日本語で書かれた特に意味のない名前の羅列にみえたが、客観的に見る限りは、タカハシの所属するクラス名簿のようだ。
それでもすべての欄が埋まっているわけではなかった。八割ほどはフルネームで埋まっているが、いまだ苗字も埋まっていない箇所が数か所あった。
その数か所が誰なのか悩んでいるようだった。
そしてそいつらが、犯人の特徴である陰キャであり、タカハシらのことをねたんでいるような、微妙な奴らだ。
「顔と雰囲気はわかるけど・・・。名前か」
チサが難しい顔をして腕を組んでいる。カヨコはすでにお手上げのようだった。
「しゃくだけど・・・タカハシくんと同じであまり名前までは・・・。いや顔はわかるよ? 下校中にすれちがえばクラスメイトの子だってぐらいは」
喋れば喋るほどひどいことを口走るカヨコはそのままにして、ヨシダは無言だった。マツイは出席簿をにらんでいるが、特にからんではこない。
困りきっているクラスメイトらの様子をみて、タカハシは気づいた。
「つまり、犯人の特徴である陰キャでおれらのことをねたんでいる微妙グループの存在はわかるが、名前まではでてこない、ということだな」
「顔はわかるよ?」
カヨコはあせあせしながらフォローだか言い訳にまわっている。君とは違うよ、といいたのだろうか。顔はわかるが、名前は分からないよ、ということらしい。うむ。それはそれでなかなかにひどいと思う。
マツイは相変わらず出席簿を睨んでいる。何も言っていないがむしろ何か言いたげにみえた。
「マツイ。気になることあるならいってくれ」
タカハシに促され、マツイは視線を斜め下に向けたまま、目を合わせることなく、答えた。
「聞きたいことある。今の状況とは全く関係ないけど」
「構わない。そういう無関係のような枝葉の問いから解決への糸口は、おおむね導かれるものだ」
タカハシはそしてそんなことを口走ったことを、少しだけ後悔した。
マツイはやはり視線を合わせることなく、口を開いた。
「君はいった。殺されたけど禁忌の魔女の力で魂が捕らわれていたと。そして条件はあれど復活することが可能だった、と。そうであるなら、君より前に殺された人はどうして帰ってこない? 具体的にいうとなんでリフトさんは帰ってこないんだ」
恋する妄信者に、教祖はラノベ読みながら人生面倒くさがっているなんてことを伝える役割は、タカハシしかいなかった。
数秒だけ嘘をつくことを考えたが、一度ついた嘘はバレるまでは真実として扱われてしまう。生きている限り嘘をつき続けることの億劫さを天秤にはかり、タカハシは見て聞いたままのことを伝えることにした。
「真実かどうか判断は任せる。ありのままを伝える」
「それに関しては信用している。君がこの局面で嘘をつけない残忍な人間であることは周知だから気にしないで全部、ありのままみたままを教えて」
「リフトはおれらを助けるより、ラノベの続きが気になるそうだ」
そうしてタカハシは伝えた。
覚えている限りのタカハシの態度言動を。
途中でチサが止めにかかってきたが、目を真っ赤に充血させたマツイが振り返ることなく手を伸ばし「いいから」と遮ったので、タカハシはそのままリフトの現状を伝えた。カヨコあたりから非難か軽蔑の視線が飛んでいたが、気にしないことにした。ヨシダは相変わらず我関せずにしている。次に誰か犠牲にならないといけない状況になった際、誰を犠牲にすべきかを把握しながら、タカハシは続けた。
「以上だ。要は、リフトはもうまじめに生きることをやめてしまった、親の金で衣食住を全うしているダラけニートのようなものだ。やる気勢ニートではなく、ガチにやる気がなくガチで現状改善する気力がなくなった勢だ。だから皆、気にすることはない」
「なにが?」と、チサ。
「だからかつておれらのリーダーは、おれらのことを見捨ててだらだら心身ともにだらけきっているが気にせず、犯人を捜そうと提案している」
「言わなくていいことを、大声で風潮している自覚ある?」
「もちろんだ。だがマツイが知りたいといったんだ。リフトが生前の頃のマツイの言動、立ち振る舞いを考えれば、知る権利はあるといってもいいだろう」
「それにしても言い方ってあるでしょ」
「言い方?」
「帰ってこないにしても皆を救えなかった自分にがっかりしてもうどんな顔をして帰ってくればいいのかわからなかったとか、みたいな」
タカハシは天恵に打たれた。
「なるほど。そういった嘘をつく発想はなかった。ついてもいい嘘というやつだな。それがいわゆる気遣いなんだな」
「怖いよあんたやっぱり」
そしてもっと怖いのはマツイだった。
無表情。無感動。目は真っ赤。顔は真っ白。人形のようだった。ただ人形にしては額に汗をかきまくっていた。必死に動揺を隠そうとしていたのかもしれない。
「わかったありがと」
抑制なく、マツイはそういった。十分後に自殺しますと宣言されても驚くことはできない雰囲気だった。
そして。
タカハシらは禁忌の森を抜け、盗賊団の拠点も過ぎ去り。
島の南端にある港町へたどり着いた。
何かがあるとは到底思えない、ただ絶望から目をそらすためだけに最初に決めた目的地へ。目指すべき場所へたどり着いた。
もはやたどり着くことが目的になっていた。
ここから日本へ帰れる方法なんてどうやって探すべきか皆目検討もつかなかった。
今日は旅の疲れを癒すという言い訳を採用し、宿に泊まった。
結局犯人を捜す以外の選択はないのだと思い知らされた。
そして想像通り、事が起こったのは翌朝のことだった。
マツイが寝室からいなくなっていた。
荷物は残されていた。両刃のナイフだけがなくなっていた。




