2019年 7月17日 札幌5 浮田絵美里
平岸街道を南下する。
深夜とも早朝とも呼べる時間帯だけあって、大型トラックや早朝勤務の平岸タクシーが時々すれ違う程度で交通量は少なめだ。
それでも法定速度は、比較的に守った。交差点の信号機が赤であれば、きちんとブレーキを踏んだ。隣の席の子供が誰も通り過ぎない交差点で止まっていることに「なんで」と訊いてきたが、そういうルールなんだよ、と答えた。
キンキと名乗った殺人者は、文字通りの子供のようだった。
十代前半は間違いないだろう。下手したらもっと下だ。絵美里がかつて通学していた中学校のジャージを着ているが、サイズは合っていない。腕まくりをしても、まくった部分が余り気味になりだらっと垂れている。
中学時代に失踪した八人の関係者であることは間違いないようだ。
八人を失踪させた犯人が、クラスメイトの誰かであり、犯人は誰だかわからない。だから全員殺す。頭の悪い方法ではあるが、確実に標的をつぶせる方法ではある。
罪悪感や人を殺すことへのためらないを一切覚えないのならば。
でもこれでは、犯人を殺したかどうかの判断はつかないのではないだろうか。
絵美里のそんな疑問にキンキはすぐに答えてくれた。
「契約なんだ。犯人を知っている人がいる。犯人を殺したら犯人を殺したことを教えてくれる、って契約になっている」
犯人を知っている人がいて、その人はキンキに犯人を教えず、容疑者全員殺してこいと強要しているということだろうか。
絵美里は一応、数秒考えた。そしてすぐに結論が出た。
その人こそが元凶ではないだろうか?
「別に。その人が残酷残忍であることは世界の常識だから。犯人を捜したいのは僕の意思だから。多少の理不尽はいいよ。犯人を知らなくても、僕は生きていける。でも知りたくなった。誰がそんなことをしたのか、どうしてそういうことをしたのか。だから知るために殺して回っているんだ。それだけだよ」
絵美里は今更ながら罪悪感のような気持ちが沸いてきた。
「私のために無駄に殺させてごめんね」
「そういうのは気にしないでいいですよ。僕はどんな世界で生きるにしても、人を殺害、討伐することで日銭を稼ぐつもりなので」
「そ、そうなの」
「僕の生きている世界は少し、この世界とは違います。昔々は勇者と呼ばれる超絶傭兵がいて、魔王と呼ばれる魔族の王が君臨していた世界だそうです。でも今はもう勇者は子孫が途絶え、魔王も滅亡した。それでも魔物はいなくならず、犯罪を起こす者は減らず、王国は自らの領地内にしか興味がない」
異世界ファンタジーの世界から、異世界転移してやってきたようだ。少年とはいえ、大変だね、と思った。ということは行方不明の八人も異世界関係で失踪なのだろうか。
「普通の街や村で暮らす市井の人は、常に盗賊団や魔物におびえて暮らすことになる。だからそういう輩を討伐し報酬を得る仕事にも需要があります。僕はそういう普通の街や村を襲う盗賊になるか、そういう盗賊などの手配犯を捕まえるか、どちらかの仕事に就くしかなかったんです。なので人を殺害することに抵抗はないです。毎日美味しいご飯を食べるために必要なことですから」
「地味に暮らせばいいじゃないの。畑を耕したりして」
「生まれのせいなんですけど、生まれた頃から剣の扱いや、魔法に対する防衛手段を学んでいました。なのでそういうスキルを活かせる仕事でご飯を食べたかったんです。いっぱしの技術を学んでいたという自負もありました。なるべく美味しいご飯も食べたかったですし」
「立派だね、自立している」
美味しいご飯、のところで妙にテンションが高くなっていた。モチベーションは人それぞれなのだ。なにをするにしても。
絵美里はミニパジェロを路肩に止めた。ナビは南平岸のあたりをさしていた。水曜日のどうでしょう的な番組を制作していた放送局の元本社があった近くだ。
「ここだね」
低所得者が住んでそうな年季の入ったマンションの目の前だった。
「202号室。三ツ矢楓。女。たぶんごつい女。本当にお願いしていいの?」
キンキくんが力感なく笑う。
「どのみち犯人見つかるまでは全員殺すんです。それは間違いない。だから三ツ矢楓さんの順番が早まっただけです。三ツ矢楓が犯人ならそれで終わりです」
キンキくんは軽快にミニパジェロから出ていった。
絵美里も急いで車から降りる。立ち止まっていたら絶対に待っていてはくれない足取りだった。速さについていかないと。
202号室の呼び鈴を押す前に、キンキくんは剣を上段から振り下ろした。思わず耳をふさぎたくなる、近隣住民に通報されそうな音が響いて、扉が破壊された。
「せめて呼び鈴ぐらい鳴らしてみない?」
もしかしたら普通に出てくるかもしれない。早朝四時なのでまず出てこないだろうが一応忠告しておく。
破壊した扉を見下ろしながらキンキくんが首をかしげる。
「でも事前に訪問を伝えたら逃げられるかもしれませんよ?」
部屋には土足であがった。
それぐらいの覚悟は決まっていた。絵美里はかつて自分をイジメた相手を殺すようにお願いしているのだ。
罪を犯していることに変わりはない。そして、罰を受ける覚悟はないのだ。
だからきちんと靴は履いたまま対応する。
いつ何時なにがあっても行動しやすい状態は保たないといけない。
生活感のある部屋だ。口の縛られていない黄色いゴミ袋が玄関にたまっている。
畳まれていないAmazonの段ボールが大量に積まれており、室内面積を狭くしている。雑多な印象だ。ワンルームであり、小さめのテレビはついていないが、大きめのパソコンの液晶はつけっぱなしだ。
「お留守のようだね」
「コンビニでしょうかね」
台所は綺麗なままだった。自炊している様子はない。台所に転がっている黄色ゴミ袋にもコンビニ容器がたまっている。アイスの袋も目立つ。
「部屋で待ちますか」
「外にしましょう。というか通報される可能性ありますから」
通報? とクエスチョンのキンキくんに、警察組織の説明をする。
「王国の兵士って感じですかね。すぐにきますか?」
「連絡されたらすぐだね。すでに君のやっていることでも大慌てみたいだから。外の車で待っていたほうがいいと思う」
絵美里の言葉にキンキくんは素直に従った。
絵美里は少しだけ違和感は覚えていた。
時刻は早朝の四時台だ。こんな時間に外出するだろうか。
たまたま、という可能性もありはする。いきなりカップ麺を食べたくなりコンビニへ駆け込む。なくはない。
ただ今日という日に限って、今日狙われる可能性のある三ツ矢楓がたまたま早朝四時頃にいないなんて。
なんだかとても。
不自然な気がした。
ミニパジェロへ乗り込もうとして。
大型トラックが横切っていき。
平岸タクシーが通り過ぎていき。
真っ赤な革ジャンを羽織って。フルフェイスで顔を隠して。
金属バットを握ったバイクがタクシーの影から現れて。
あんな警告メールをしてキンキの体力を削ろうとしてくる狡猾なやつのことを思い出して。
運転席へ乗りこもうとした絵美里へ、バッドが振りかぶられるのをみて。
絵美里は自分の愚かさを呪った。
罠だ。嵌められた。




