8.ナオコ
奴隷女ナオコの日常は崩壊寸前だ。
終業前に多かったクロの憑依?降霊?騒ぎは、朝でも昼でもお構いなしに起こるようになった。ナオコはクロを常に側において陰に陽にかばってきたが、そろそろ限界だった。
夕食後から消灯までの自由時間は全てクロの話を聞くことに当てた。なぜかはわからないが、クロにはときどきどこかの薄暗い部屋でおじさんたちに変なことをされているシロちゃんの気持ちになることがあって、その感覚は日増しに強くなっているらしい。
荒唐無稽な話である。だが、クロが語るシロの話には整合性があった。クロが知るはずのないマッサージのテクニックを突然使い始めたのも、やはりシロの経験を共有していると考えるのが妥当だった。クロと同じ検品棟にいた女から、クロは受け専だったとの証言も得ている。
それに、クロがはっきりとシロになったことを自覚した時、シロは変なおくすりを飲まされるか、タバコのようなものを吸わされていたという。あくまでも可能性の域を出ないが、どうやら夢を紡ぐ草の影響下にあるとき、ふたりの感覚は共有されるようだ。
ナオコはクロと毎晩、いっしょに寝るようした。おそらくシロの職業柄、夜間に感覚共有が起こることが多く、その影響が強い時に暴れるクロをすぐに抱きしめてやれる。
真夜中、突然起きて泣きじゃくるクロをあやしていると、とうとうクロはナオコに訴えた。
「あたし、シロに会いたい! シロと話したい! シロを助けて!」
難題である。まず自分たちが、おそらく死ぬまで強制収容所から出られない虜囚の身だ。自分たちが日本のどこにいるのかさえ知らない。
よしんば脱獄するにしても、協力者の存在が不可欠だ。事実上の看守である監督官を買収するお金はない。せめて入所者仲間が味方してくれれば・・・・・・。でも前の牢名主をボコにしてから、誰とも友達になれそうな気配はなかった。どうしよう。
ナオコは決断した。一物も私有できない自分にあるのは、クロとシロちゃんを救いたいと願うこの一片の赤心のみ。だったら当たって砕けてしまえ。どうせ失うものはなんにもないっ。
終業後の夕食時を狙った。ナオコ一世一代の大演説である。
「みんな食いながら聞いてくれ。わたしとクロはここを脱走する! 脱走して、ある女の子を助けに行くんだ! わけはこれから説明するから、ツッコミはあとでまとめて頼む!」
順を追って切々と話すナオコの声を、みんな収容所特有の相手に注目しない態で、無関心を装って聞いていた。監視カメラの映像では、ナオコが一人で歌でも歌っているみたいに見える。
説明を終えたナオコ、運命の瞬間に固唾をのむ。クロが差し出した水を一息で飲み干した。そうしてリアクションを待つ。
ナオコに牢名主の座を奪われたカオリが口火を切った。
「いやー、助けてっていわれてもさ~。ねえ?」
隣のエミに振る。
「だよねー。だってさー、うちらナオクロ萌え萌え同盟だし~? 当然じゃん? 手伝うに決まってるじゃん?」
・・・・・・・・・・・・ナオクロ? ・・・・・・萌え萌え!?
「あんたたちが毎晩イチャってるの見て~、楽しんでたわけよ~。ま、あんたら夢中でぜんぜん気付かなかっただろーけど?」
「あーだよねー。完全に二人の世界作ってたしねー。なんかあたしも人前で萌え語りする快感に目覚めちゃった。あんたたちのせいだからね(笑)」
「クロたそが一生懸命ナオちゃんに甘えてるとこが可愛かったよ~」
「え~? ナオコがクロちんをナデナデしてるとこでしょー? 最初はすごく優しいのに、最後感極まってめっちゃ激しく抱きしめちゃうあたり」
なんてやつらなの・・・・・・もう全員殺すしかないかも。でも、でも・・・・・・真っ赤になって恥じらうクロが死ぬほどかわいいから・・・・・・許すっ。
カオリがまとめた。「タイマンはるとマブダチ」ってほんとみたい。
「というわけさ。他に娯楽が無いからね。消灯したらしたで思い出し萌え萌え大会ってわけ」
そうと決まれば話は早かった。ずぼらな監督官からせしめた帽子、制服、タオル、ハンカチ、サンダル、髪留め、百円ライターなどが、どこからともなく供出された。わずかだが現金も出てきた。電車かバスになら乗れるだろう。
いちばん役に立ちそうなのが、選別で弾かれた夢を紡ぐ草のB品をくすねて作った乾燥葉だった。タバコ感覚で取引にも使えるし、いざという時の痛み止めにもなる。なにより、クロの共感覚醒には草の効果が欠かせない。
準備と計画が整って、いよいよ決行日の前夜、ナオコとクロは全員と、感謝と別れのキスをした。最後にカオリがナオコとクロをまとめて抱きしめた。
「寂しくなるけど、引き止めないよ」
「うん」
「シロちゃんね、ちゃんと救い出してやるんだよ」
「うん」
「ナオクロロス解消のためにフィーリングカップルゲームでも開催するか。あ、あんたたちはしっかりね。田舎ほど人の目が厳しいからね。用心しな」
「・・・・・・うん」
午前0時から4時の間に聞こえる周囲の物音から、搬入搬出トラックの出入りと無人フォークリフトの稼働状況は把握していた。いちかばちか、トラックの荷台に潜入。積み出されるIoT用部品のコンテナに隠れて脱出。あとは出たとこ勝負!
どうせ気が昂ぶって眠れないので、みんなと手当たり次第ゲームした。ひさしぶりにいっぱい笑って、正直ちょっとお疲れだった。いつもナオコが独占していたクロがみんなと仲良く遊んでる姿も淋しくて嫉妬しちゃう反面、なんかキュンキュンしちゃったし。・・・・・・あれ、あたしひょっとしてNTR属性!?
ナオコは自由への扉を開く前に、新しい扉をひとつ開いていた。