74.Restart
相原三姉妹は、海外旅行を楽しんでいた。
偽名での旅である。日本国政府が公式に発券した旅券はとてもいい出来だった。写真もかわいく撮れている。今現在の三姉妹は桃山初美、直美、久美であり、車のハンドルを握るケンタも、吉川広志と名乗っていた。
旅は快適だった。資金は潤沢で、行く先々に現地の白黒団員が先回りしておもてなししてくれた。観光地を巡りながら、ついでにお仕事もしていく。現地の人とのコミュニケーションを重ねて、若い4人の英語力はスラング込みでめきめき上達していた。
本来なら飛行機を使いたかったが、テロ対策の名目で外国人への風当たりがきつく、空港職員からのセクハラと盗難も厄介なので、専ら自動車での移動であった。かつて日本列島を縦断した時と同じように、広いSUVの後部座席で三姉妹はいちゃいちゃしていた。佐伯ケンジとケンタは慣れていたが、新たに交代要員に抜擢された佐伯サトリは面食らった。車中に漂う桃色の空気に「あんたたち、よく飽きないわねぇ」と皮肉を飛ばしたものである。
そのサトリはサトリで、ケンジと二人きりの時間を有効活用している。ケンタがハンドルを握っている現在も、三姉妹の行き先に先回りしつつ、お仕事のついでにいちゃついているに違いなかった。いや、いちゃつくついでにお仕事をこなしているのかもしれない。
カナダのバンクーバーから始めた旅も、南下に南下を重ねて、もうすぐサンフランシスコに着く。シリコンバレーと金門橋が有名な大都市が近づくにつれて、三姉妹の口数も増えていった。先住民居留地で買ったターコイズのネックレスをお揃いで身に着けている。完全無欠のおのぼりさんであった。
その日の宿をストックトンに求めた。目立たないためと、経費節減を兼ねて安いモーテルを選んだ。三姉妹は夜から朝の間だけ日本語で会話する。シロナが質問した。
「ねえねえ、お姉ちゃん。アメリカは面白いけどさ、どうして中国を先にしなかったの? あっちのほうが近いし、経済力ではもう世界一だよ。同じ東アジアだから変装すればすぐ馴染めたんじゃないかな」
「隗より始めよっていってね、簡単な方から取り掛かったほうが物事はうまくいくんだよ。こっちはまだ表向き民主国だから、移動もしやすいでしょ」
「かい? 貝から食べるの?」
「んーん、大昔の中国の郭隗さんという人がね、大したことない自分にたくさんお給料をくれれば、もっと優秀な人たちがみんな就職しにくるって言ったの。テストの時も、簡単な問題から解きなさいって教わったでしょ。つまりそういうことだよ」
分かったようで分かっていないシロナとクロエであった。
白黒革命の立役者、相原ナオコ前総理が行方不明であるとの噂が、世界中に拡散していた。最も有力な説はアメリカ合衆国の諜報機関に誘拐されたというもので、日本国政府から外交ルートを通じて公式にアメリカ政府に対して照会が行われていることが、その信ぴょう性を高めていた。
噂の出所は人々の憶測に基づいていたが、この場合、動機と手段に関しては完全に事実であった。実際に相原ナオコとシロナの身柄を確保するべく、日本での捜索と拉致を行うチームが組織され、予算も潤沢に下りていた。
このチームの長はゴリゴリの白人至上主義者であり、その行動は実に野蛮で、かつ過激を極めた。まず相原ナオコが通っていた中学校に雑な内偵調査を実行して公安の目を引き、ついで相原家と山中家に憂国自警団ばりの派手な襲撃を仕掛けたが、逆に日本の武装憲兵一個中隊に包囲されて降伏した。
作戦と逃走の失敗時には自決せよと厳命していたが、従う者はおらず、全員逮捕拘禁の後、母国に強制送還の憂き目を見た。プラント大統領は激怒したが、隊員の身元は作戦開始前から日本側に露見していたので、知らぬ存ぜぬを通すこともできず、質問した記者をつまみ出して鬱憤を晴らす事しかできなかった。
アメリカの無様な失敗を中国共産党首脳部とロシアのポーチン政権は大いに楽しんだが、噂と疑惑の矛先は彼らにも飛び火した。超能力という胡散臭い根拠を真に受けてティーンエイジャーをさらおうと画策する間抜けなピエロ役は、実は彼らも同様であった。その決定と準備を匿名でリークする関係者も現れて、各国の長期独裁政権への不信と不満は高まった。
その「ナオコはどこ?」という記事を一面トップに据えたタブロイド紙と、朝食のコーヒーとドーナツをもって、佐伯サトリが三姉妹の部屋を訪れた。車を換えてサンフランシスコ入りするにあたり、ここでドライバーも交代するのだった。
ドアをノックしたサトリを、寝ぼけ眼のナオコが出迎えた。
「おはよー・・・・・・って何よそのボンバーヘッドは。ごはんの前にシャワーね。つーか、この部屋、全体的に汗臭いよ。ほら、シロナとクロエも洗ってきな」
部屋に入ったサトリは、室内の籠った匂いに顔をしかめた。三姉妹をシャワー室に追い払い、窓を開けて換気する。汗染みがいくつもついたシーツに眉をしかめる。ソファに腰掛けてコーヒーをすすり、ドーナツをかじり、新聞を読んだ。
先にシャワーを済ませたナオコが聞いた。
「あれ、あたしたちの分は?」
「ないわよ。欲しけりゃ2ブロック先で買ってくるのね」
「えー、あたし世界中から狙われてるんですけどー。顔はもちろんビーチクの色まで知られてるのに、ふらふら外を出歩けと?」
「こんな片田舎をうろつく東洋人なんて、ヤクを求めてさまよってるジャンキーくらいにしか思われないわよ。さっさと行ってきな」
「ぶー。サトリちゃんひどーい。ちゅめたーい」
ナオコはいろいろ買ってきた。シロナとクロエがエサを待ちわびる雛鳥のように待っていた。くぅ~、今朝もかわいいなぁ。ドーナツを一口大にちぎってふたりにあ~んで食べさせてあげる。あーかわいい、ほんとかわいい。こんなにかわいいのに、飽きるわけないじゃん。
旅行中に、ふたりとも大人になった。生理用品はナオコがたんまり所持しているので、処置には困らなかった。
先に初潮を迎えたのはやや引っ込み思案なクロエであった。実はシロナよりもエッチが大好きで、その分、成長が早まったのかもしれない。ムッツリスケベかわいいぞー。もはや何でもありなナオコであった。
その一週間後、シロナも仲良く経血が降りてきた。クロエのお姉さん風もわずか一週間の寿命であった。ふたりの共感覚能力に、特に変化は無かった。どうやらタカオおじさんの取り越し苦労だったみたいだ。
三姉妹が食べ終わったところでサトリも新聞を閉じた。
「それじゃ、出発前に本日のお仕事の確認するよー」
「は~い」x3
どこまでもサトリ先生に従順な生徒たちであった。
回るべき場所は数多い。いくつかの研究所は絶対に外せないし、著名な科学者や法律家、スポーツ選手を輩出する大学にも会うべき人がいた。とても一日では終わらない。
なので、サトリが昨日までに連絡を取って、タイムスケジュールを作成していた。三姉妹は今日の予定を聞き、会う人の名前から特徴までを頭に叩き込んだ。中には直接対面せずに探る者も含まれている。
予習が終わったところで7時37分。出発までもう少し時間があった。トイレと身支度を済ませてもまだ余裕がある。もう少しだけくつろいでいけそうだ。
「それにしてもさー。きのうのあのカツラじいさんの発言聞いたぁ? わたしたちのこと、売春婦呼ばわりだよ。自分だっていつも売春婦をとっかえひっかえ連れてるくせにさ」
「あれは奥さんと娘よ。お金かけて若作りしてるけど、いちおう奥さんだから。娘だから。ツッコミ待ちでわざと言ってるでしょ?」
「だからさ。やっぱりあいつで野球しようよ。今度は公開生中継で。でないともうこの怒りは収まらないと思うんだ。なんなら精神的慰謝料をたっぷりと支払わせる方向でもいいけど」
「やろうやろう。野 球 ♪ 野 球 ♪」x2
「だめ。野球は無し。もう決めたでしょ」
「えー。せっかく本場に来てるのに~?」
「本場でもダメ。とにかくダメ」
喋っている間に出発時間に。サトリの運転で車を出した。天気が良く、橋上から見る入り江の景色は素晴らしかった。シロナ、クロエ、見て。世界はこんなにも美しいよ。もちろん笑顔のふたりが一番きれいだけどね。
権力とお金と武器と言葉の暴力を使って世界を我が物顔で支配する老人たちに、こっちから手痛いパンチをくれてやる。三姉妹と白黒団の行くところに、もう敵と呼べる敵は存在しなかった。人類のほとんどは友愛と良識と共感の心を備えている。ナオコたちの味方はそこら中に存在して、彼女たちを歓迎してくれた。
いまこの瞬間にも、差別と貧困、暴力と抑圧に苦しむ愛しい妹たちは世界中にいる。待ってて、お姉ちゃんたち、すぐにそっちへ行くからね。
だから、決して希望を捨てないで。
生きてさえいれば、きっといいことがあるから。
お姉ちゃんにまかせなさい。
~ お し ま い ~




