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シロとクロ(全年齢版)  作者: はもはも
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73.ラングレー

 情報本部東アジア分析部日本担当員、ジョナサン・タナカは愛でていた。


 タナカは日系4世のアメリカ人。母は華僑の娘で、北米、日本、中国という3つの言語と文化の坩堝の中で育った。日本の戦前回帰が顕著になった学生時代、専攻を日本の神道とイデオロギーの関係に絞った。


 インターンは中国メーカーの北米支社を選んだが、そこでアルファベット三文字の機関からスカウトを受けた。Nで始まるその組織による中国系アメリカ人としての勧誘は断ったが、3日もしないうちに別の機関から誘いがかかった。今度はアジアのガラパゴス諸島である日本担当アナリストとして。タナカは二つ返事で、その勧誘に飛びついた。


 その組織は、親米政権を樹立・支援するという名目で、日本国の国会議員を買収しすぎた。アメリカの兵器と農産物を無制限に購入してくれるという意味では確かに親米であり、その費用対効果は大航海時代の香辛料貿易に匹敵するほどである。しかし、まさか政権側が国民に対してバンザイアタックを敢行するとまでは予測していなかった。


 選挙資金その他を融通し、世論操作と目の粗い日本の法制度下で効果的な偽証偽造とデマ拡散の方法を教えてやっただけで、護国会議と自由愛国党は頭の悪い巨人に成長してしまった。自分たちは神の末裔であるという「架空の概念」に基づいて、根拠もなく自らを正当化し、他国民他人種に優越するというジャパニーズ・ジョークを連発した。彼らは国という牢獄に自ら閉じこもる夢遊病患者であった。


 タナカは英語と広東語を話せる上に各文化圏の風習と符丁に通じているので、世界中どこのコミュニティでもそれなりに暮らしていける。それだけに、国粋主義の陥穽に自らハマる愚かな民族が、たまらなく愛おしかった。部屋で飼っている文鳥よりもだ。日本人は籠の中で自らを慰め続ける小鳥であった。日本の慣用句で言えば、井の中の蛙だ。


 そのタナカの評価レポートが、上層部と大統領府の間で物議を醸した。シロクロ革命を起こした白黒団団長、相原ナオコと、血縁のない妹、相原シロナには超常の力があるというその内容は、出来の悪いパルプ・フィクションと笑い飛ばすにはあまりにも蓋然性に富んでいた。


 タナカの仮説は、まず東北地方の国営工場で強制労働に従事していたナオコと、東京の娼館で奴隷だったシロナが、取れるはずのない連絡によって結びついたという仮定から始まっている。アメリカの監獄では携帯電話の所持使用を黙認されている受刑者も極少数ながら存在するが、「禿げ頭のゲッベルス」こと菅野義博の強制収容所は機密保持に関してだけは厳重だったため、超能力以外の手段で連絡をとれた可能性は低いとしていた。


 脱獄したナオコが身分を偽り娼館で働こうとしてシロナに偶然出会い、場当たり的に誘拐強盗に走ったという説が現在支配的だが、そもそも何の特技もない幼子を連れて逃げることの不合理さをタナカは指摘していた。身代金を要求できるほどの「優良資産」ではなかったシロナを同行させることはナオコにとってリスクでしかない。その後の蜜月関係にも、何らかの特殊な技術・能力が関係しているはずである。


 その後、茨城県南部の小中学校から修身教師が軒並み排除され、その余波は憂国自警団にも及んでいる。初期の白黒団が暗躍した結果とされているが、ここにもタナカは異論を挟んでいた。いかに現役警官と大学生を取り込んだとはいえ、その最初の活動が戦闘的すぎる。そもそも警官と学生をどうやって説得したのか。恐怖政治と自警団と隣組による密告社会の中で、少女3人がいかに訴えたとて、取り合う大人は本来ならば存在しないだろう。同情と憐憫で手を貸したと考えるのはあまりに情緒的すぎる。


 さらに、その後の違法性風俗店連続襲撃事件の規模と手際が尋常ではない。内通者などありえないゴクドー社会の領分で、どうやって店の内情と防犯状況を知り得たのか。


 強制労働施設から少女24人を救出してテンノーから直々に褒められた八木橋浩一を口説いた話は、日本国内で美談として語られているが、面識のない少女の説得に応じて簡単に職と身分を捨てられるものだろうか。それにより、かえって行方不明だった妹雪絵との距離が遠ざかる恐れもあった。逆に密告される危険を顧みず八木橋を選べたのはなぜか。相原ナオコの思い付きから実行に至るまでの日数も少なすぎる。


 そして、動画配信によるレーワ帝国への死刑宣告直後から日本全国で始まった武装蜂起。今度は田舎の警官どころか、高級官僚と一部将校までもが白黒団に協力した。アメリカ、ロシア、中国に渡りをつけたのも外務省職員だ。この件に関しては、4期目の任期に突入したプラント大統領と共和党政権は激怒しているようだが。しかしやはり、独裁政権の中枢に近い者たちの思い切りの良すぎる転向には疑問が残る。


 以上の点を踏まえて、タナカはいくつかの可能性を列挙した。


 第一の可能性、遠隔視。シンジュクとミヤギという直線距離にして約300kmを電話も無く通じ合いお互いを知り合ったことから、対象を遠隔地から視覚的に認識する能力を持つものと考えられる。相原ナオコと同じ強制労働施設にいた女囚が相原ナオコとシロナについて語る会話の中に、「見える」「通じる」「繋がる」といった主語のない言葉が頻出することを根拠とする。


 第二の可能性、透視。襲撃する娼館を事前に下見するにあたって、その能力を行使した形跡がある。相原ナオコ、シロナ、クロエが度々シンジュク、シブヤ、イケブクロ、ゴタンダ、ウグイスダニに出没していたことが、機関の現地協力員の証言と防犯カメラ映像から確認されている。


 第三の可能性、予知。日本の警察が連続襲撃犯の検挙を目的として歓楽街に捜査網を布いたが、白黒団はここで娼館襲撃を見合わせるようになった。その後の襲撃は、千葉、神奈川、埼玉での小規模作戦が実施されたのみである。相原ナオコが予知能力で危険を察知したものとみられる。現に白黒団は逮捕者をひとりも出していない。


 第四の可能性、テレパシー。相原ナオコ、もしくは相原シロナが、人間の思考、心理、記憶を読む能力を保持している。短期間で多くの同志を集めた他、我が国の駐日本大使リチャードソン及び、館員との交渉の席上において、こちらの思惑を実によく察知し、時に先回りするような言動が見られた。これは相原ナオコとシロナの年齢学歴にはそぐわない。彼女たちの英語はひどいもので、交渉はほぼ日本語で行われたことも追記しておく。


 その他の可能性として、一時的に他人を操る能力、もしくは他者の記憶を一部改変する能力を持つことも否定できない。いずれも彼女たちの特異な成功を説明する上で実に示唆に富む。相原ナオコとシロナが、上記のいずれか、あるいは複数の超常能力を所持していると仮定することで、組織化から1年でレーワ帝国を滅ぼしたという信じがたい事実に納得のいく説明がつく。なお、相原ナオコと頻繁に同行している相原クロエに関しては、特筆すべき能力の発現の例は無く、強制収容所内で相原ナオコと関係を結んだ愛妾であるとの報告が複数寄せられており、本稿ではこの説を採用するものとする。


 白黒団団長、相原ナオコと、その義理の妹、相原シロナが超常能力を有するものと仮定した場合、我が国にとって重大な危険が生じる。レーワ帝国の為政者は血筋と財産に依存する無能力者であったが、資金と権力で優秀なスペシャリストを頤使していたにも拘わらず滅亡した。その実績を持つ矛先が遠からず他国に向けられることは火を見るよりも明らかである。そしてそれは、ひいては人類社会全体の「秩序」に対する脅威となりうる。よって本稿では、以下の対策を講じるべきであると主張する。


 その一、可及的速やかな抹殺。敵が透視や未来予測といった超常能力を持つことから、作戦は容易には行えない。しかし、無機物の行動に対しては人間のそれよりも感知・予測することが困難または全く不可能であるとみられるため、無人機、ロボット、ドローンによる遠隔攻撃が有効と思われる。


 その二、捕獲し、しかるべき研究機関でその能力の特定、解析を行う。この対策は、のちに同種の能力を持った脅威に対抗する上でも望ましい。また、我が国の兵士、諜報員に同じ能力を付与することができれば、「世界秩序」はより強固なものとなる。


 その三、相原ナオコと日本国に対して恭順。友好的な関係を築き維持する。これは最も下策である。短期的には外交上、貿易上の失点を重ねるおそれがある。長期的には、合衆国の経済・先進技術・軍事上の優越に対して不逞な挑戦を行う可能性が高い。相原ナオコはブルーカラー出身であり、自らも奴隷労働を経験している。世界中の「農民」を煽動して、「秩序」を破壊する挙に出るであろう。極めて危険な存在である。そのため、彼女に交誼を求めることは、虎に翼を与えるに等しい暴挙といえる・・・・・・。


 タナカのレポートを読んだ大統領は・・・・・・正確にはレポートを読んだ傾向的な補佐官の独断と偏見に満ちた概要説明を聞かされた大統領は、直ちに第二の対策すなわち捕獲を行うよう命令した。そして、得た情報をプラント経済帝国の利益にのみフィードバックするよう念を押した。


 プラントは事実上の独裁権を手中に収めていた。彼が落選すれば株価は低迷し世界経済は失速、大恐慌が起きて「農民」どもは失業しまくるという脅しは極めて有効だった。経済を人質にとるその卑劣な施策の数々は表面的な繁栄を取り繕うことに終始しており、中東の石油利権を介して中国、ロシアの富裕層とも水面下で密接な協力関係にあった。シリアでの内戦を意図的に長期化させることで、三大国の軍需産業は大いに荒稼ぎしていた。人生は実に楽しい。


 しかし、そんな彼の帝国に不逞な挑戦を仕掛ける者が現れた。自らの革命を優先的にリークすることで、彼に日本株の買い占めと売り抜けで巨万の富をもたらした。だが、あの女は中国、ロシア、EU圏にも同じことをしており、さらに腹立たしいことに、民主党支持者に対しても情報を流していた。彼の売り抜け開始からわずか2分ほどで膨大な売り注文が始まっていて、そうと考えねば辻褄が合わない。大使館経由で彼女からの、共和党政権内部からの情報漏洩を指摘する声明を受け取った彼は激怒した。


 あの女は敵だ。人類社会全体の敵だ。敵は速やかに排除せねばならない。徹底的に解剖してむごたらしく殺した上で、その超能力とやらをピクルス代わりにハンバーガーに挟んで食ってやる。彼はカツラの下が蒸れるのも厭わず、敵に与える苦痛を思って激しく興奮していた。精力の減退した彼は、ブロンド美女を組み敷くよりも、有色人種をいたぶる新たな悦びに目覚めつつあった。

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