72.エトセトラ
白黒団はその規模を拡大し、活動を続けていた。
白黒団司令、吉村樹は日本国再建後初の国政総選挙を見届けた。そして、最初の国会召集で首班が指名され、彼女が組閣すると、暫定総理大臣相原ナオコとともに職を辞して大学へ戻った。
ちなみに新生日本国最初の内閣総理大臣は、吉村樹の妻、中原美波だった。最初の通常国会で選択的夫婦別姓法案が通過し、総理大臣自らそれまで通称だった中原姓を公式に名乗って範を垂れた。既に成人している二人の子は変わらず吉村姓を通しているが、母親との仲は極めて良好である。夫の吉村樹ともども政府の公式行事にも時々参加しているほどだ。
警視庁の公安部は再編されて、有名無実化した左翼団体監視を縮小し、新たに極右カルト団体を監視する5課を創設した。生じた余剰人員は全て外事課に横滑りした。外事1課が大幅に拡大されて、柳沢篤志が課長に横滑りした。
その外事1課には、アメリカ合衆国の諜報・破壊活動を捜査対象とする秘密の第6係が新設された。表向きは古い事件簿の管理を受け持つことになっている。係長には山下大輔が就任した。
相原三姉妹の最初の同志、山川警部補は定年まで地道に勤め上げ、副署長まで昇った。結婚後まもなく妻と死別していた山川は、親類縁者のいない孤児を3人引き取って養子とし、全員を大学まで通わせた。長女の結婚式で人目もはばからず号泣して娘を赤面させたとは、出席した山中夫妻の談である。
令和帝国を側面から支えた士族投資家を葬ったケンタは、英語の習得に余念が無かった。何か期するところがある様子である。弟のコウタは兄の真似をすることに限界を感じて、進学と一般企業への就職を選んだ。同級生だったサナエは女子高で波乱万丈の大恋愛の末に、二人とも18歳になったその日に学生同性婚を敢行してナオコたちを驚かせた。
元女囚のマユカは、脱獄前に18歳を過ぎていた。彼女は公民権回復と同時に勤務先の店長と籍を入れた。白黒団のインサイダー取引はさすがに不適切とのことで、おいしい稼ぎは無くなったが、夫婦仲は円満なようだ。
同じく元女囚エミは、白黒団の連絡員をしていた時の縁で、埼玉県のある自動車整備工場に就職した。手先の器用さも手伝って二級整備士の資格を取り、まずまず順調に勤めていたが、妊娠を機に退職。同僚の山田タカヒロと授かり婚を挙げた。
山中夫妻は白黒団の育英事業部の総責任者として、長年に渡って身寄りのない孤児たちを引き取って育て上げた。孤児院を巣立っていった少女たちが、やがて各界で活躍するようになると、夫婦ともに瑞宝双光章の叙勲を受けた。
佐伯ケンジと佐伯サトリは学業をいったん保留して、白黒団の海外支部の立ち上げに動いていた。身寄りのないサトリは佐伯家の養子に入ってケンジの義理の妹になった。カオリがいみじくも指摘した通り「禁断の兄妹愛プレイ」ということなのかもしれない。
さて、そのカオリである。白黒革命の成功後、団内で公言していた通り、堂々と実家に帰省した。母は山形の貧農の出だが、父親が宮城県の土木系職員で士族の建設会社にも出入りしていたので、辛うじて当時の政権側から憂国自警団にストップがかかっていたのであった。
もっとも、あくまでも帰省であって、家族と懐かしい人々との再会を済ませれば、白黒団の仕事に戻る腹積もりだった。カオリはいまや白黒団の日本支部長として、身寄りのない子供と、差別と迫害に苦しむ全ての人々を支援する事業に欠かせない存在となっていた。
その日、カオリの両親が仙台駅の改札口で首を長くして待っていると、果たしてカオリが現れた。小さな子供を一人連れて。改札口通過と同時にハグで迎えようと待ち構えていた両親は、カオリが手を繋いでいるその栗色の髪の女の子が気になって、広げた両手を閉じられずにいた。
「親父、お袋、いま帰ったぜ。あ、紹介する。こいつ、あたしの嫁でリカ。ほら、挨拶しな」
その少女、おおたリカは挨拶した。
「おおたリカです。たぶん8さいです。カオリお姉ちゃんのおよめさんです。パパさま、ママさま、ふつつかものですが、よろしくおねがいします」
カオリの両親は、手を広げたままお互いを見た。
おおたリカの両親は結局、見つからなかった。動画は世界中に配信され、彼女のハーフもしくはクォーターと思われる容姿から、すぐに見つかるものと楽観されていたが、革命後に政府機関の公文書を総ざらいしても、リカとその両親に該当するデータは出てこなかった。
推論としては、外国人旅行者もしくは在日米軍人、大使館か領事館のスタッフと日本人女性が行きずりに設けた子供という可能性が高かった。そして、母親が役所に届け出ていないため、無戸籍のまま育ってしまった。リカが父親と認識していたのは、母親がその後に交際または内縁関係にあった男性であろう。
リカが語る容姿特徴と「おおた」姓に符合する女性を捜索しても成果は無かった。該当する人数が多すぎた。それでも白黒団の専属スタッフが気の遠くなるような作業を続けたが、ダメだった。すでに死亡しているか、気付いていてもあえて名乗り出なかったのかもしれない。どんな事情があったにせよ、小さな娘を反社に売り渡した事実に対する世間の風当たりは冷たいであろうから。
カオリの両親は、娘を出迎えるにあたって駅近くの高級焼き肉店を予約していたが、カオリがキャンセルさせた。リカに小さいうちから贅沢を覚えさせるのは教育上よろしくないと言うのである。かわりに何の変哲もないどこにでもあるファミレスチェーン店に入った。お子様メニューはリカにとっても望むところであった。
「・・・・・・と、いうわけで、いまあたしは白黒団の社長なわけ。そんで、この子はあたしの稼ぎで引き受けるから、親父たちに迷惑はかけないよ。国会で特措法が通り次第、戸籍と住民票を作れるから、いまから漢字の名前を考えてるんだ。やっぱシンプルにこうかな。どう思う?」
カオリは紙ナプキンにサインペンで「太田里加」と書いて見せる。確かに画数も少なくて覚えやすい、いい名前だ。しかし・・・・・・。
カオリパパとカオリママは、聞きたくて聞きにくいことを何とか聞いてはくれまいかと、お互いにけん制し合っていた。結局、立場が弱いパパが根負けして、カオリにおそるおそる質問した。
「カオリとその子の事情はよく分かったが、そのー、嫁というはどういう意味だろう? アイドルとかアニメキャラを俺の嫁という感覚なのか? それとも文字通りの意味なのかな」
カオリママがカオリパパの背中をけっこう強めに叩いた。
「(聞き方がストレート過ぎるでしょ。もう少しオブラートに包みなさいよ。下手くそかっ)」
「(そんなこと言ったって、しょうがないじゃないか。じゃあお前ならどう聞いたんだ。模範解答を教えろよ。模範解答を)」
「(そりゃあ、もう少しやんわりとソフトに、ふんわり仕上げで聞いてたわよ)」
「(なんじゃそら。もっと具体的に言えよ具体的に。食パンじゃねえぞ。クリーニングでもない)」
カオリが自分のチーズinハンバーグをリカにあ~んしてやる手を止めて答えた。
「おう。文字通りの嫁だよ。ごめんな、なんか矯正施設で女と付き合ってたら目覚めちゃったみたいでさ。あ、もちろんまだエッチはしてないぜ。リカはまだ子供だからな」
「お姉ちゃんひどいんだよ。けっこんしたのに、せっくすはだめってしてくれないんだよ」
「親父たちからも言ってやってくれよ。そういうことは子供にはまだはやいって」
ガシャーン、ガララララン、ヲォンヲォン・・・・・・。
耳に入ってしまったのだろう。通りがかりのホールスタッフが、注文の品を満載したトレイを派手に落っことしてしまった。




