71.クロ
相原クロエは号泣していた。
天の岩戸作戦の成功から5日が過ぎていた。今日は合同葬儀の日だ。のちに「白黒革命」と呼ばれることになる約二週間の抗争のさなかに負傷した者が、結局、容態が好転せず、きのうの未明に帰らぬ人となっていた。日本各地で小競り合いが頻発し、都心でも爆弾テロが行われて、少人数だが深刻な死傷者が出ていた。
葬儀は青山霊園で行われた。故人に家族はなく、親類縁者も少なかったが、白黒団関係者や親交面識のあった者が全国から集まって、参列者は万を超えた。
故人の在りし日の思い出は、決して多くは無かった。若くしてその命を散らしたことで、全ての可能性は失われ、輝かしい未来への扉は永久に閉ざされてしまった。
白黒団幹部数名によって弔辞が読み上げられ、故人の功績が語られた。反社会的な性風俗店で強制的に働かされていた多くの少女たちを救い、国営企業で強制労働に従事していた囚人たちをも解放した。故人の尽力なくして革命の成功もまたありえなかったと、最後に演壇に立った吉村司令が結んだ。
焼香に長い列ができ、献花の数は軽トラック10台分にも及んだ。あまりの人だかりに警備体制が整わず、予定されていた天皇皇后両陛下の臨席は大幅に遅延してしまい、葬儀そのものも翌日の正午前まで終わらなかった。
夜半に泣き疲れて眠ってしまったクロエを、カオリがおんぶして逗留先のビジネスホテルへ運んだ。相原クロエの秘密について知っている者は白黒団内部においてもごく限られており、その荒唐無稽な超常の能力は世間には知られていない。ゆえに、過剰な警備体制を敷くとかえって怪しまれる恐れがある。敵は帝国派の残党のみならず国外にも確実にいて、いずれの組織も白黒団の特異な成功の理由を探っていた。
クロエの共感覚能力を独自に察知した者は、白黒団の吉村樹を除けば、外部協力員の山下警部だけである。今のところは。彼が事件記録から推察したように、3大国とヨーロッパ諸国の政府系機関が、そろそろ当たりを付けてきても不思議は無かった。
クロエをベッドに運んだカオリが、青春の小腹を満たすべく近所の牛丼屋へ向かおうと、一階へ降りた。フロントにキーを預けてホテルを出ようとしたところで、ともに弔辞を読んだ佐伯ケンジとサトリに出くわした。
「お、ケンジさんたちも引き上げてきたのか。まあ、あの列の長さじゃ当分終わらないしな。火葬場への出発は明日の、あーもう今日か。昼頃になるって言ってたぜ」
「そうだね。だから先に失礼して寝ておこうって、サトリと」
佐伯ケンジは致命的なミスを犯した。白黒団員の前で、うっかりサトリを呼び捨てにしてしまったのである。カオリの表情はなんとも人の悪いものに変わった。サトリは横にいるケンジを怖い目で睨んでいる。
「へぇ~、サトリとねぇ。ふ~ん、ほぉ~」
「べ、べつにいいでしょ。年下だし、仲間だし。呼び捨てくらいあたりまえじゃない」
「おう、あたりまえだな。じゃあ、あたしもケンジって呼び捨てにしちゃおっかなー。あたしのこともカオリでいいよ、ケ ン ジ」
偉大な革命家、佐伯ケンジはぐうの音も出なかった。
結局、サトリとケンジも夜中の牛丼屋 (略してよなぎゅう)に付き合うことになった。お店は徒歩で一分もかからない。自然とケンジのおごりになる流れである。
カオリは特盛に玉2個と豚汁、サトリは並とサラダ、ケンジは豚焼肉定食を注文した。葬儀会場が近い関係で弔問客がこの店にも流れてきていた。佐伯ケンジの顔を知っている者がいて、握手を求められた。
「ずいぶんおモテになるんですのねー。けっこうなことですこと」
サトリの声が氷のように冷たい。握手に応じてもらった20代と思しき女性の、喜びが滲む声とは対照的だ。
「お、もう尻に敷かれてるのか。だろうなー。地獄の女囚コマンドーの中じゃ、サトリが一番、強情だしな。ケンジさんも大変だな(笑)」
「誰が地獄のコマンドよ。でもまあ、ナオコとクロエが脱獄してからまだ一年しか経ってないんだよね。監督官からくすねたヘアピンとか小銭がなかったら失敗してたわけで。そしたら私たち、今頃まだ夢を紡ぐ草をせっせと選別してたんだろうな」
「メシがまずくなるから昔の話はやめろよ。いや、むしろうまくなるか。まずい棒に比べりゃ、牛丼なんて大御馳走だもんな。収容されてから半年くらいは、娑婆の食い物を毎晩夢に見たぜ」
今ここでこうして、腹がすいたら好きなメシを食う、という何でもない自由を享受していることが本当にありがたい。冤罪も晴れて、公民権も回復した。その気になれば、どこへでも行ける。何にでもなれる。白黒団は引き続き孤児院を運営し、彼女たちの変わらぬ故郷として在り続けてくれる。
だが、人の命は短く、儚い。カオリたちを救出してくれた八木橋さんの妹も、重労働と過酷な環境のせいで身体を壊し、現在一般開放された旧帝国陸軍病院に入院している。救出があと一週間遅れていたら、ほんとうに命は無かったそうだ。
その八木橋雪絵さんが収監されていた国営工場を攻撃した時、故人は先頭に立ってしつこく抵抗する委託警備員と士族監督官どもを蹴散らしたという。自分の家族と恋人を失った私怨もあるが、その勇猛さと強い使命感に疑問の余地はなかった。彼は英雄だった。
長門戦で重傷を負った高岡ユウジは、小脳と頸椎の深い損傷のために結局一度も意識が回復しないまま、息を引き取った。彼の棺には、相原クロエとの思い出が詰まった「さるぼぼ」が納められていた。




