70.天の岩戸作戦
大日本令和帝国改め日本国の海軍大尉、雪永樹里亜はガッカリしていた。
彼女、雪永大尉は海軍航空隊所属機F-35Cのパイロットである。旧弊の残る海上自衛隊と血の一週間後の帝国海軍内で、あらゆる侮辱と差別と嫌がらせにもめげずに、日本女性初の最新鋭戦闘機パイロットになりおおせた。
何度か罠にハマり、複数人から凌辱の憂き目を見たが、その都度ひとりずつ指をへし折り、丹念に報復して回っていた。彼女が折った指の本数と、同僚に対する暴行容疑で営倉入りした回数は、ともに2桁の域に達していた。雪永の目はいつも座っていた。「指折るぞ」と顔に書いてあった。
横須賀に停泊中の原子力空母「ながと」の艦内で待機中だった雪永に、ようやく指令が下った。南アルプス山脈のある一点への攻撃命令である。彼女は大いに喜び勇んだ。しかし、緊急ブリーフィングの席上で、初の実戦への期待は失望に変わった。
艦上から発進して現場へ急行。一列縦隊でピンポイント攻撃を敢行せよ。そこまではよかった。しかし、兵装がいただけない。接着剤、粘土、セメント、生コン・・・・・・なにこれ、夢でも見てるのかしら。エイプリル・フールじゃないわよね。
現場に着いたら減速し、目視可能な低空飛行で、積み荷を精確に投射する。要は粘性の高い接着剤もどきと土砂を交互にぶっかけて、巡航ミサイル発射口を塞いでしまえという、凡そ航空機パイロットの仕事とは呼び難い代物だった。
雪永は質問した。ホバリング可能な陸軍のヘリかF35Bのほうが作戦に適していませんか、と。いやいや、そもそも、現場近くの民間のヘリをかき集めて、真上から落っことせば事足りるはずです、とも言った。
ブリーフィング担当の少佐が説明した。
「本作戦の肝はスピードだ。あの気まぐれな被害妄想家が発射ボタンに粗相をする前に、発射不可能にせねばならん。そのためには我々こそが最も近く、最も速く、最も巧くて適当だ。そうだろう?」
賛同の呟きがそこかしこから漏れる。兵器の性能と、それを操る彼らの技量は間違いなく日本一だ。
「その後の定着と補強工事は、陸軍空軍と民間有志がやってくれる。この作戦は、東京を、日本を、そしてなによりも陛下と国民を守るための最重要任務と心得ろ。
編成を発表する。一番機、雪永!」
「はいっ! え、私ですか!?」
「そうだ。しかもこれは暫定総理直々の御指名だ。『わたくしのかわいい妹たちを守ってください、お姉さま』と指令書にも書かれている。言うまでもないことだが、失敗は許されん。初撃を外せば、捨て鉢の発射を誘発することになるからな。わかったか?」
「了!」
作戦名「天の岩戸」は速やかに実行に移された。発艦から5分で現場に到着。ステルス機の利点を生かし、敵が気付く前に、あるいは気付かれても対応される前に、一撃離脱の精密爆撃を縦列で行った。
4番機と7番機の投射が外れてしまったものの、数十トンの土砂に塞がれた発射口からは、もう何も撃ち出すことができない。暫定総理の決断と発令から、必要資材の搬入、搭載を経て、わずか2時間で決着がついた。そのあいだ、安藤夫妻は面従腹背で阿る防衛省職員の甘言に酔いしれていた。成功である。
唯一の懸念材料は、やけっぱちになった逆ギレ粘着型総理が地中で核融合爆発を引き起こすことだったが、複数の専門家と技師が明確に否定した。もともとその場での自爆は論外として考慮されておらず、複数の安全装置をクリアして起爆シークエンスに入ることは出来ない事が確認された。
また、核シェルターとミサイルの収納スペースは完全に分離されていて、人が直接操作することはできなかった。どのみち立て籠もった数十名に起爆を実行するための知識とスキルは無かった。もちろん自決に踏み切るだけの勇気と潔さも皆無だった。
作戦は最終段階に移行し、地上からも大量の土砂と廃材が運び込まれ、発射口と出入り口を厳重に塞いだ。それは降伏など認めないという日本国の断固たる意思表示でもあった。以後、地下シェルター施設からの、一切の通信は無条件にカットされた。安藤以下が持ち込んだ携帯のナンバーも無期限に利用停止とした。




