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シロとクロ(全年齢版)  作者: はもはも
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65.ユウジの業火

 白黒団員、高岡ユウジは待ち構えていた。


 ユウジの任務は、松下村会議メンバーの首魁、安藤太郎の帰る場所を失くすことだった。広島、福岡、北九州を精力的に回り、支援者を募った。空港への道はすでに遮断したし、ヘリの航続距離から考えて山口県長門市まで逃げてくる可能性は低かったが、少なくとも彼の一族郎党の約半数と第一私設秘書が彼の私邸と事務所に詰めていた。攻める価値はあった。


 公共交通機関では目立ちすぎるため、合計数十台のバスをチャーターして人数を集めた。必要な武器と資材は現場近くの空き家と廃屋に隠してある。準備は万端。山口の帝国軍基地は安藤閥一色だったが、膿を出し切って日本国への帰順を表明した第13旅団と第4師団が圧力をかけてくれている。基地から武器を持って一歩でも出たら相応の対処をする、と。


 ユウジは感嘆の念を禁じえなかった。東京はほぼ制圧され、菅野と二岡の処刑も全国に伝わった。あとは安藤だけだ。しかもナオコ団長は、アメリカ、中国、ロシアという、広大な国土と豊富な資源と人口を有する3大国と交渉して、局外中立を取り付けていた。ついこの間まで一緒に旅行して地方のB級グルメに舌鼓を打っていた、あの女の子と同一人物とは信じがたいほどだった。


 ナオコの切り札は彼女が引き起こす革命そのものだった。革命勃発の前に円と日本株を売り抜けておいて、収束後に底値から徐々に買い戻せば、莫大な差益を得ることができる。しかも、労せずして日本に樹立される新政権に貸しを作ることができるのだ。


 言われてみれば確かに、これ以上のうまい話は無かった。ファシズム政権打倒に一役買ったと、あとで吹聴することも可能だろう。たとえ自国が一党独裁政権であっても。あるいは人口の0.01%の金持ちの既得権益が国民の健康よりも優先される、事実上の貴族制社会であってもだ。


 動画配信の前週に大量に売りに出された優良株を前にして、餌に飛びついた連中こそ哀れだった。年金バブルが永遠に続くと考えていたわけではないだろうが、株取引は麻薬に似ている。金銭的に、もしくは肉体的に、いつか破綻するとわかっていながらやめられない。「もう少しだけ」「あと一回だけ」が、やがて「もうしばらく大丈夫」「まだまだいける」に変わってしまう。


 ユウジの乗るバスが現場に着いた。車中から見える景色は驚きだった。人口わずか3万の小都市であるのに、道路は最新の消音舗装が施され、制限速度や停止線の塗装も真新しい。とても独自の税収で賄っているとは思えない。


 それに、平日の日中だというのに人通りはまったくない。白黒団の革命が収拾されつつあるいま、こんな地方の片隅で仕事や外出を控えているとも思えなかった。つまり、これがこの町のありのままの姿なのだろう。


 武器と車両を揃えて、目的地に向かった。2000人で周囲を完全に包囲する。軽貨物車2台でのこのこ裏口に現れた業者からは、代わりに仕出し弁当を受け取っておいた。高級幕の内が200人前。裏口班全員でありがたく平らげた。お陰で中にいる人数も把握できた。


 まるで要塞だな、とユウジは呟いた。むろん誉め言葉ではない。安藤邸は広大な敷地を空堀と瓦屋根の高い壁で囲み、外部を監視するカメラが等間隔で全周囲に設置されていた。内部にどんな仕掛けがあるか想像もつかない。伏魔殿というべきであった。


 先に回った、町唯一の商店街にある事務所は既にもぬけの殻だった。主だった支持者、後援者の家宅も同様だった。おそらく他県の伝手を頼って逃げたか、目の前の豪邸の中にいるだろう。すぐにわかる。


 ユウジの指示で、大型ダンプカーがスタンバイした。衝突防止センサーを切り、自動運転モードにも細工して、無人車をアクセル全開で突入させるのだ。この方法で各地の国営工場の門扉を打ち破ってきた。警備員も黙らせて、家族を探し求める群衆に道を開いてきたのだ。


 白黒団の八木橋さんの妹さんも中部工場で見つかった。いまごろ再会しているだろう。ビバ自動運転、ビバ最先端技術であった。これなら20世紀映画まがいのスタント行為も必要ない。


 助走距離をたっぷりとって、正門めがけてスタートさせた。約400万ジュールの運動量が激突して・・・・・・止まった。・・・・・・まじかよ。


 門はぐらつきながらも耐えていた。扉の頑丈さもさることながら、蝶番と門柱の堅牢さは尋常ではない。いったい何と戦うつもりでこんな門扉を発注したのだろうか。これだから国粋カルト信者どもは度し難い。


 幸いダンプカーのエンジンと走行システムも無事だった。悠々とバックして切り返し、もう一度同じことをする。大金をかけて作ったやつらには申し訳ないが、しょせん僅かな時間稼ぎでしかない。それよりも、殻の中身が心配だ。防犯どころか対テロを名目に公費でどんな武装を施しているか分かったものではなかった。


 二度目。車軸に少し歪みが生じていたのが幸いした。走行ラインがズレて門扉の片側に負荷が集中し、上部蝶番が弾けて右扉が大きく傾いた。そのまま扉の重みで下部の蝶番も屈した。軽自動車の横幅ならなんとか通れそうなスペースが開く。成功だ!


「まだ入るな。敵は待ち伏せているぞ。ダンプをどかせ。シールド班、左の扉を押し開いてくれ。突入は車両で行う」


 ユウジの冷静な指示が飛ぶ。元軍人と元自衛官が各隊を取りまとめているので、組織的な行動が可能だ。防弾シールドを構えた隊が指示に従って道を作る。虎の子の装甲車両に、軍基地からこっそり融通されたマシンガンを持った突撃班が乗り込み、合図を待った。


 シールド班の接近にも、敵からの銃撃その他の反撃が無いことが気になった。素人レベルの似非愛国者と半グレ連中なら、おもちゃ感覚で乱射してきてもおかしくない距離だったのに、だ。


 拳銃程度しか持ち合わせていないならともかく、高確率で帝国陸軍の豊和製自動小銃が持ち込まれていることは確認済みだった。公にはされていないが、東京の近衛師団での内戦が報じられた直後に山口駐屯地から小銃を持ち出して逃亡した傾向的下士官が2名いた。行き先は十中八九ここだろう。


 裏口に配置した班から連絡が入った。衝角をつけた4tトラックで勝手口の鋼鉄製ドアの破壊に成功したとのことだった。屋内からの反撃の有無を聞いた。特に反応なし。


 できればここで降伏を勧告したいが、令和帝国側にはもう後がない。日本国側から全員が法の外に置かれており、実際に高位の政治家と軍人ほど凄惨な殺され方をしている以上、腹は括っているだろう。空路か海路で亡命をしようにも、受け入れてくれる国がない。3大国はそっぽを向き、また近い国と貧しい国ほど傲慢な帝国人は忌み嫌われていた。


 それでもユウジは拡声器を使って降伏を呼び掛けた。平民の民間人に限って、いま退去を申し出れば認める、と。15分も待ったが返事がない。かわいそうだが、料理人、乳母、ハウスキーパーも巻き添えにせざるを得ないだろう。民間人を盾代わりにし、囮に使い、自決まで強いた旧軍時代と何ら変わらない。ナオコ団長なら胸糞悪いとこぼしたかもしれない。


 ユウジは突入を命じた。はやくこの胸糞事案にけりを付けよう。


 正門口から装甲車、裏口からボディアーマーとヘルメット装着の隊が突入を開始した。それぞれ家屋の入り口まで進出し、スラリー爆薬を使って強引にドアを破った。反撃が無いことを確認して、ユウジ達も後に続く。


 邸内で銃声が起こった。少し遅れて敷地の奥からも。やはり軍人が立て籠もっていた。反撃の銃声は複数個所から起こり、山紫水明なド田舎の静寂をつかの間、つんざいた。


 敵は敵なりに必死の抵抗を試みたのかもしれない。しかし無駄だった。奴等は頑なに認めないが、日本国の億の民は令和帝国を否定し、排除した。一握りの特権階級の我儘を、あたかも国全体のため、天皇陛下のためと偽るその欺瞞に、みんな嫌気がさしていた。反対するもの、問題提起するものを、国の敵と罵るその卑劣に、みんな吐き気がしていた。


 いま怒りの銃弾が、利己的なファシストの悪意によって生み出された愚かな教条主義者を引き裂いている。散発的に撃ち返されてくるのは拳銃弾か。こちらの突入班から罵り言葉が聞こえ、被弾したひとりが自力で出てきた。ユウジはただちに駆けつけて肩を貸し、装甲車の影に連れて行く。


「油断した。クソ脱走軍人を始末したところで横合いから撃たれた。見たところ、この辺りのヤクザ崩れだろう」

「撃たれたのはどこです? いま担架を持ってこさせます。応急処置して後方に下がってください」

「背中と尻だ。背中はボディアーマーで防げたが、尻が痛い。とにかく痛い。このまま歩いて出るから手間は取らせない」


 主君の一族を守って最後の聖戦のつもりだろうか。いや、そこまで馬鹿ではないだろう。逃げても先が無く、降参しても許されないと知っているからこその、破れかぶれの反抗だ。逆説的に令和帝国の重罪人であることが立証された。もはや容赦も慈悲も要らない。


 敵の火力が衰えたところで、ユウジは後続の班を連れて邸内に足を踏み入れた。今のところこちらに死者は出ていないが、銃撃とブービートラップで6人が負傷した。これまで無辜の日本国民が受けた被害に比べればささやかだが、実に腹立たしい。自称国士、自称愛国者、自称忠臣なら、潔く自決すればいいのに。


 どいつもこいつも、馬鹿の一つ覚えのようにこちらを「反日」呼ばわりしてくる。日本国に反しているのも、日本国民を害してきたのも奴ら自身のくせに、悔悟も反省もなく、どこまでも思い上がった傲慢野郎どもだった。本当に救いようがない。


 畳の枚数を数えるのもバカバカしくなる程の大広間には、安藤邸に逃げ込めば助かると信じた女、子供、老人が100人以上いた。先行した班が銃を突き付けている。班長がユウジに目で問いかけた。


 ユウジは黙って頷いた。


「撃てーー!」


 班長の号令一下、刑が執行された。


 掃討作戦は最終段階に入った。一階と地下室は全て終わり、二階もあらかた片付いた。三階が最上階で、そこに籠っていた安藤の甥は、切腹の真似事に失敗した挙句、白黒団員に見つかって撲殺された。


 だがまだ、ここにいるはずの私設第一秘書が見つかっていない。ユウジはふと思い当たるところがあって、地下へ舞い戻った。


 安藤邸の地下は合計9部屋を有するシェルターになっていた。ここには安藤とその夫人の一族でも高位の者が30名ほど、料理人3名と執事2名、乳母2名、SP4名と隠れていた。安藤の甥が馬鹿げたサムライごっこに興じている間に、扉を閉鎖するタイミングを逸したようだ。切腹おじさんさまさまであった。


 嫌なにおいだ。ユウジは思った。自動で最適な気温と湿度に調節する換気機能つきのエアコンが動作しているものの、はっきりと悪臭と呼べるにおいが充満している。贅沢な食事に慣れ、肉体労働どころかろくすっぽ歩きもしない怠惰な人間の体臭が、安いハンバーガーチェーン店の厨房を思わせる。


 ユウジは束の間、目を閉じて、良い匂いの記憶を辿った。ナオコの苦味と酸味を含んだ思春期女子の体臭と、シロとクロのほんのり甘いミルクのような体臭が入り混じった、あの旅行中の車中の匂いだ。男の保護欲に強く訴えかけるあの匂い・・・・・・ユウジは匂いフェチだった。


 ユウジが気になったのは、9部屋あるうちの右奥の部屋だ。北側の壁に由緒ありげな掛け軸が5幅も掛かっていたが、真ん中の一幅がやけにデカい。使われている和紙も新しく、独裁者安藤本人の書でもない限り、こんな目立つ場所に掛けられているのは不自然極まりなかった。


 ビンゴ。無造作に引きはがした掛け軸の裏に、小さなドアがあった。ご丁寧に配電盤というプレート表示があったが、明らかに嘘だった。開けると細い通路があった。頭を低くして、その窮屈なスペースに身体を滑り込ませた。


 通路は10mはあろうか。その先にまたドアがある。横にパネルがあり、蓋を開くとパスコードの入力キーがあった。面倒くさい。ユウジは戻って、地下シェルターにいた連中の身元確認作業に勤しむ班に合流。SPの遺体を改めた。


 やはりあった。おそらく毒見を兼ねて食事を運ぶためにコードを教わったが、あまりにも急な話で暗記する間も無かったのだろう。3人目のポケットから11922960とだけ書かれたメモが見つかった。おそらくこいつは気づかなかっただろうが、「いいくにつくろう」の当て数字だ。独裁者の隠れ家で大喜利に出くわすとは思わなかった。確かにファシストにとっては最高の国を作ったのだろう。いまはもう違うが。


 右手に拳銃を持ち、左手で入力する。ロック解除。扉を足で押し開け、両手で拳銃を構えて侵入した。


 一部屋目は食堂らしい。真新しいテーブルクロスが掛けられたテーブルと椅子がある。朝食の食べ残しが二人前、そのまま置かれていた。


 二部屋目のドアにまたキーロックがある、もううんざりだ。拳銃弾でドアノブを壊した。ロック部分にも撃ち込んでやった。弾倉を交換してから、ドアに体当たりをかます。そのまま飛び込んだ。


 部屋には安藤の第一私設秘書がいた。壁を背にして床に座り込み、拳銃を構えているが、どうせ撃ったこともないだろう。ユウジは大股に歩み寄った。


「銃を捨てろ、じじい」

「い、いやだ。貴様こそ捨てろ。反日の非国民めが。正義を恐れないのか、恥を知れ」


 もううんざりだ。同じ戯言を子供のころから聞かされ続けて、ほんとうにうんざりだ。バカの題目は無限にリピートしやがる。


「・・・・・・安全装置を外さないと撃てないぞ」


 秘書の視線が拳銃に移った瞬間、ユウジは回し蹴りを放った。秘書の手から拳銃が飛ぶ。


 ユウジは自分の銃を納め、秘書の胸倉を掴んで立たせた。そのまま壁に乱暴に押し付ける。


「構造からみてもう一部屋あるな。言え、誰を匿っている。言わなければ拷問にかける」

「誰もいない。私だけだ。いや、部屋なんてもうないぞ」


 ユウジの鉄拳が秘書の鼻っ柱をへし折った。衝撃で壁に頭もバウンドした。吹きだす鼻血を手で押さえながら、秘書はあっさり白状した。


「永世総理閣下の後継者だ。20年後には世界の指導者になっているだろう」


 あと20年も生きるつもりだったのか、糞漏らし太郎は。


 ドアに鍵はかかっていなかった。秘書の頸椎をへし折ってかたをつけてから、三部屋目に入った。


「下がれ下郎っ。オレを誰だと思ってるんだ。分を弁えろ」


 最奥の部屋に子供がいた。10歳くらいの男子だ。えらく時代がかった口を利く。わがまま放題に育ったのが一目でわかる。自分を律することができない者特有の、イカレた目をしていた。


「さあ、知らないな。名前は? 安藤太郎の隠し子か?」

「無礼なっ。オレは安藤寛茂だっ。太郎閣下の又甥だぞっ。わかったらひれ伏せっ。土下座して非礼を詫びろっ。この下民めがっ」


 なるほど、太郎の兄の孫か。一時期後継者と目されたが、あまりにもボンクラ過ぎて廃嫡された不肖の甥の息子らしい。ちなみに永世総理が弟なのに太郎と命名された理由は、画数がどうの、字の座りがどうのと、さも美談めかして「官製」教科書に並べたてられていたが、それこそどうでもよかった。


 仮に20年後、この少年が成人して、令和帝国のトップに君臨したとする。その時、ナオコ団長は35歳、クロエちゃんとシロナちゃんは31歳。矯正施設からの逃亡が失敗していたら生き延びてさえいなかったかもしれない。需要の無くなった奴隷がどんな憂き目を見ていたかも、想像するだに腹が立つ。


 そんなクソみたいな未来が現実にならなくてよかった。ユウジは少年に銃口を向けた。生まれの不幸も歪んだ帝王学教育も知ったことか。


 少年は恐怖を知らないようだった。叱られたことが無いのだろう。真っ向からこちらを睨んでいる。


「俺を殺す気かっ。この下郎めが。いま目にもの見せてやる。お前を殺してやるっ。お前は地獄に落ちるが、俺は愛国者の天国に行けるんだっ。ざまあみろっ」


 少年はクッションの下から手榴弾を取り出してピンを抜いた。


 ユウジは考えるよりも早く後ろを向いて駆けだした。秘書がいた隣の部屋に飛び込んだ瞬間、後ろから衝撃が来た。


 ・・・・・・何かが頸と後頭部に刺さっている。血が止まらない。えらく毛足の長い絨毯に倒れ伏したユウジの視界が明度を減じていく。まじかよ、まいったな・・・・・・。

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