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シロとクロ(全年齢版)  作者: はもはも
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63.ケンジの烈火

 大学生にして白黒団員、佐伯ケンジは燃えていた。


 ケンジは驚いた。自分にもこんなに熱く燃える血潮があったのかと。学芸会と演劇部の活動以外に強い興味を持てず、なんとなく受験して大学に入ったものの、何事にも関心が無かった彼を変えたのは、不思議な共感覚能力を秘めたふたりの少女と、その頼もしいお姉ちゃんだった。


 いま、彼は貨物車のハンドルを握っている。千葉の習志野から市ヶ谷まで、ある物品を運んでいるのだった。


 白黒団メンバーが運転する車が数十台、間隔を開けてあとに続いている。この長大な車列は、白黒団と日本国民に味方してくれる人々を応援するために、食糧、飲料水と、ちょっとした武器になりそうな何かを差し入れて回っていた。ちなみに白黒団員にとっての日本国民に、彼らを陥れ、殺害し、虐待し、嘲り、罵り、差別し、搾取してきた自由愛国党員は含んでいない。


 仲間の大学生ケンタは世田谷区の端で攻撃的なデモ隊の指揮に回っている。高岡ユウジは首都圏を離れ、ある地域で活動中だった。ケンジ自身驚いたことに、彼らは奴隷少女たちを救出した英雄として、日本全国各地で尊敬の眼差しで見られた。少女たちが顔出しで告発動画を流してからは、さらに尊崇の目で迎えられていた。ケンジたちの「お願い」は偉大な革命家の命令として受け取られ、ただちに実行に移されていた。


 まるでチェ・ゲバラかシモン・ボリバル扱いだ。ケンジは苦笑した。人々の熱狂が巻き起こり、その渦に自分も飲まれていくのを感じていた。彼自身は夢を紡ぐ草をやらないが、まるで草の影響下にあるかのような陶酔感に支配されていた。恐怖も疲れも感じない。地の果てまでも頑張れる。そんな気がしていた。


 実質的に東京都心限定ではあるが、事実上の内戦状態にある中で、ケンジたちの車列は問題なく市ヶ谷にたどり着いた。未曾有の混乱の中で警察も憲兵も検問を張る余裕が無かった。仮にあっても強行突破するつもりでいたが。


 駐屯地の東側を占拠している兵士たちが彼らを出迎えた。白黒団を示す符丁として臨時にパンダのマークを車の前面、両側面、後面に貼ってあるのですぐに歓迎された。バリケードを開き、体制側の庁舎から狙われない正門付近に車列を招き入れる。


 ケンジは車を降りて、後部ドアを開けた。あとは彼らの仕事である。危険物に関する知識もない彼が、ここまで運んでくるだけでも冷や汗ものであった。


 支援物資を受領しに来た気のいい兵隊が、ケンジに聞いた。


「まいどありがとうな。で、今度は何をもってきてくれたんだ?」

「僕は兵器に詳しくないのでよくわからないけど、スモーとかいうのが12挺。弾は後続の頑丈なハイエースに積んであります。他にもマシンガンとか狙撃ライフルも。苦戦中のイチガヤくんにナラシノさんから差し入れです」


 兵隊さんは口笛を吹いた。


「ありがたい。火力が足りなくて、いまいち脅しが効かなかったところだ」

「それと、もうひとつ。助手席にあるから持ってきます」


 ケンジは持ってきた。それは藤蔓を編んだ籠で、中に小分けに包まれたいびつな形のクッキーがぎっしり詰まっている。


「これは?」

「あの動画の少女たちが作ったクッキーですよ。兵隊さんたちにって、きのう夜なべして作ってくれたんです。底に手紙もあります。食事中にでも読んでやってください」


 兵隊はクッキーをひとつ摘まみ上げて、しげしげと見た。次に、底にある手紙を一枚引き出して、文面を改める。健康的な白い歯がこぼれた。


「こいつはすごいな。百万の精鋭に勝る援軍だ。ありがとう」


 ケンジたちの車列が去ってから8時間後、拡声器で激しく罵り合っていた両陣営にひとつの転機が訪れた。腰の抜けた体制側士官数名が、夜に入ってから、ヘリで脱出を図ったのだ。


 照明を付けずに空中に舞い上がったヘリコプターに向かって、今朝はまだ習志野駐屯地にあったミサイルが2発、白い煙の尾を引いて襲い掛かった。少し遅れて、体制側の庁舎屋上からも1発、放たれた。


 弾は全て命中し、砕け散ったヘリと肉片が四方にバラまかれた。


 東京の近衛師団内部での戦いも収束に向かっていた。血の一週間の首謀者とその信奉者さえ駆逐できれば、反体制側も矛を収めることにやぶさかでなかった。天皇陛下の身柄の安全に関しても、もともと反乱部隊はいっさい手を出しておらず、体制側の指導者が自己保身のために勝手に言い募っているに過ぎない。兵士たちは隙を見て士族士官を拘束し、白旗を掲げて恭順の意を示した。


 翌日の朝、こうして完全に丸裸になった松下村会議に引導を渡すべく、佐伯ケンジの主導するデモ隊は、首相官邸に押し寄せた。


 デモ隊はプラカードを掲げているだけで、極めて平和的な装いであった。ゲバ棒も金属バットもゴルフクラブも火炎瓶もボウガンも発煙弾も3Dプリント銃も無し。ケンジは先頭に立って進み、首相官邸前に堂々と姿を現した。門は開かれ、警察官は彼らを通した。


 建物の入り口でケンジを待っていた警察官が、憂い顔で彼に報告した。


「申し訳ない。会議メンバーはほとんど逃がしてしまった。捕えたのは二岡大幹事長とその派閥の連中だけだ。士族憲兵が武装して奴らを守っていたのでついさっきまで手が出せなかった」

「仕方ありません。予めお伝えしておいた通り、こちらに被害が出るような行動は慎むのが正解です。彼らが逃げ出す先にも手を打ってありますから、御心配には及びませんよ」


 ケンジたちが案内されたのは、逆クーデター以前から悪名高い円卓の密室であった。そこには二岡とその子飼いの者が後ろ手に縛られて拘束されている。


 すっかり禿げ上がった老人は、どことも知れぬ世界に旅立っていた。焦点の合わない目で虚空を見つめながら、何かよくわからないことをブツブツとつぶやき続けている。彼らを見張っていた警官がケンジに首を振ってみせた。


「ダメだ。もう完全にあっちの世界にいる。何を聞いても反応が無い。もともと認知症の気はあったが、身内の不幸と政変で症状が急激に進んでしまったらしい。なんだか哀れ過ぎて、誰も手が出せなくなってしまった」

「わかりました。僕が手を下します。刑の執行に例外はありません。救急車を呼んでおいてください。死亡の確認に必要ですから」


 ケンジは二岡の背後に立ち、ポケットから紐を取り出した。二岡の首に紐を巻く。二岡はまだ何かつぶやいていた。これから自分の身に起こることを理解していないようだ。


 反社風俗店襲撃以来、数多の不法行為に手を染めてきた彼も、人を殺すのは初めてだった。内心、葛藤が無いと言えば嘘になる。放っておいても何もできそうにないこの男に、刑は必要ないかもしれない。しかし・・・・・・。


 ケンジは両手に力を込めて紐を引き、二岡の頸を締めた。二岡の頭部が見る見るうちに紅潮する。警察官が腕時計で時間を測ってくれていた。


 そのまま締め続け、警察官が頷いたところで手を離した。警察官が二岡の瞳孔にペンライトを当て、脈を測り、心音と呼吸を調べて確認した。デモ隊の仲間と別の警察官が、二岡派の政治屋たちに最後の望みを聞いていた。草か酒か、あるいは両方か。


 ケンジは密室を、次いで官邸を後にした。いまはただ、無性にサトリに会いたかった。

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