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シロとクロ(全年齢版)  作者: はもはも
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62.政変

 松下村会議府大官房長官、菅野義博は怒り狂っていた。


 自由愛国党建設族の第一人者である彼は、もともと地元建設会社間の調整役として頭角を現した。暴力団との繋がりを利用して役所に脅しをかけ、公共事業をエサに土建屋から票と金を引き出した。


 ひとたび国政に打って出るや、菅野はダム建設に自らの後援企業をねじ込んで莫大な利権を手にした。完成に400年と400兆を要する「ハイパー堤防」も彼の発起である。


 沖縄の米軍基地問題にまで口を出し、本来防衛族の縄張りであった基地移設で最も時間と予算のかかる最悪の下策をとらせた。建設会社にだけ極めて都合のいい、前例のない大規模埋め立て工事を強行させたのであった。新基地はいまだに完成しておらず、軟弱な箇所がところどころ陥没して無残な姿をさらしていた。


 そんな彼にとっての許されざる事態が、いまや帝国中で巻き起こっていた。


 定例「記者クラブ」会見に臨む菅野の前にいる記者たちの顔ぶれが、ひとり、またひとり、入れ替わっていた。名誉士族の称号を与えて懇意にしていた各局各社の記者が消息を絶ち、代わりに平民の若い記者があとを引き継いで参加しているのだった。SNS等で安藤、菅野との交際を自慢していた記者クラブ員が、イの一番に襲撃を受けていた。


 新しい記者たちの質問は、怪動画とその証拠資料の流布と、華族士族の身命財産への同時多発的な攻撃に及び、菅野の大本営発表に対する追従笑いはまったく無かった。それどころか、同じ質問を強い口調で重ねてくる始末である。


「長官、いまの答弁では、『国民』はとうてい納得できませんが。もう一度お答えください。学生デモへの武力弾圧を指示したというのは本当ですか?」


 もちろん菅野は激怒した。口角泡を飛ばしながら、そのような非生産的な質問には答えられないと吐き捨てた。記者はSPによって直ちに排除されたが、同様の質問は他の記者によって再開された。


 これではたまらぬ。ついに菅野は記者会見を打ち切って、退出した。


 会見のあとで昼食をはさんで、松下村会議が開かれた。目と鼻の先にある埼玉、千葉、神奈川の各駐屯地が、平民暴徒への制圧命令を拒否して、いまや公然と政府に敵対していた。防衛省は背広組のサボタージュで半身不随に陥り、海軍と空軍は在日米軍をけん制しながら動かず、頼みの綱は陸軍憲兵隊と近衛師団だけになっていた。


 二岡大幹事長が、まず自分の孫娘に起こった顛末を訴えた。おとといの閣議で話したことと同一の内容だった。どうやらボケてしまったようだ。銀行と信販会社に速やかな全額保証を指示したが、その直後にまた不正操作を受けて預金と利用残高はゼロになった。彼らの財産は、いまや世界中のハッカーから虎視眈々と狙われているのであった。


 証券取引所は取引を全面的に停止した。動画配布の前週に大規模な売り抜けがあってから、株価は急落の一途を辿っていた。調べてみると、政権に批判的な大手流通会社とIT企業群の投資部門、次いで海外の投資ファンドが連鎖的に日本株を手放していた。


 逸早く売り抜けた彼らを見せしめに何らかの罪で罰するよう、検察庁と証券取引委員会に指示した。検察は二つ返事で請け負ったものの、その後の音沙汰が無い。それどころか、国営企業と反社風俗に対する内偵調査を進めている節がある。確証が掴め次第、検事総長以下を更迭しなければならなかった。


 会議を始めて15分、急報が入った。政権にべったりすり寄って各種規制をすり抜けていた大手通販会社「幕天」の社屋が数万人の群衆によって占拠され、屋上のヘリポートから逃げようとしたオーナー兼社長以下、士族幹部12名が拘束されたという。暴徒は大胆にも近くのタワーマンション3棟の敷地とその周辺の広場を策源地にして集まり、社長以下の所在が確実になったところで攻撃を開始した。地元警察署と憲兵隊屯所は、それぞれ別動隊数千に囲まれて車両も失い、四ツ谷社長の救出どころか逆に救援を待っている体たらくであった。


 目まぐるしい変遷に会議はなす術が無かった。とりあえず近衛師団に救援を命じたものの、現場の兵士が命令に従うかは不透明との頼りない返事が返ってきた。見せしめに抗命者を殺したいが、隊は完全に二分されて、互いに武器を手ににらみ合いを続けているという。対抗策をああでもないこうでもないと論じている間に続報が入った。逆クーデター以前の彼らを莫大な献金と自社の選挙運動員で支えた社長以下は、そのまま屋上から突き落とされて、トマトのように弾けてしまっていた。


 続いて、近衛師団司令部から通信が入った。暴徒への攻撃開始かと喜んだ会議メンバーの期待は裏切られた。反体制派には周辺のデモ隊から食料飲料その他の支援物資が絶え間なく流れ込んでいるのに対し、政権側には一切の補給が無く、見通しは暗いという報告だった。夜陰に紛れて投降する兵も多く、長くは支えられないと。「至急、援護を求む」という文言を最後に通信は途絶した。


 アメリカの共和党政権は帝国政府に対する全面的な支持を表明しているが、具体的な方策は何一つ講じていなかった。それどころか、諜報機関を中心に反体制組織側への接触を図っていた。自身の権勢すら守れぬ弱者には、もはや用は無いと言わんばかりであった。在日米軍は我関せずという態度を貫き、帝国海軍ならびに空軍との合同軍事演習を太平洋上で予定通り実施していた。


 もはやこれまでであった。菅野は空回りするばかりで何一つ決まらない会議に絶望していた。そろそろ菅野個人の保身を図る頃合いであろう。菅野は懸命に逃げ道を思案していた。


 地元横浜に逃げる。関東近縁の広域指定暴力団と半グレ集団を取り込んだ、彼個人の親衛隊ともいうべき憂国自警団の横浜本部はまだ健在である。旧組事務所等の拠点は潰されたが、彼の私邸と事務所には200人からの団員が詰めている。護国会議に心酔する警察官と憲兵も加わって武装も万全だ。だが、情勢の推移がこのまま反体制側に有利に傾くと、ジリ貧になる公算が大きい。


 憲兵隊本部には、現在数百人の華族家が保護されている。トイレが足りない、トイレットペーパーが無い、Wi-Fiが繋がりにくい、陸軍のレーションがまずいといった不平不満を漏らす彼らと合流するか。しかし、近衛師団の内戦状態から察するに、政権の肝いりで拡充した憲兵隊にも反体制側の触手が及んでいることは間違いない。政権側の要人が駆け込むことを見越して、ネズミ捕りの罠にしているのではないか。菅野が反体制側の指導者ならそうする。


 あとは亡命しかなかった。憲兵隊とSPに先導させて港区赤坂のアメリカ大使館に逃げ込む。菅野はアメリカのカジノ運営会社に、国民市民の血税で大規模IRを建ててやった。いわば貸しがあった。共和党政権との太いパイプも数本ある。横須賀基地からヘリを迎えに来させれば、そのまま海外への脱出も容易だろう。うむ、これが万全であろう。


 亡命の決意を固めた菅野は、体調不良を理由に退出の許可を求めようとした。しかし、菅野が思案に明け暮れている間に、安藤その他の会議メンバーは既に姿を消していた。残っているのは一族郎党の敵討ちを呼号する二岡大幹事長と彼の派閥のメンバー数名だけであった。おお、なんてことだ。出遅れている。


 菅野は慌てて立ち上がり、駆けだした。ヘリは安藤が押さえているだろう。憲兵と防弾車両の数にも限りがある。なるべく多くの護衛を連れて、頑丈な車で逃げねばならなかった。直属の部下とSPに集合を命じ、地下の配車場へ急がせた。


 菅野が赤坂を目指して出発した直後、屋上から一台のヘリが西へ向かって飛び去っていった。

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