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シロとクロ(全年齢版)  作者: はもはも
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60.異変

 大華族の御令嬢、二岡佳恵は怒っていた。


 土曜日の昼下がり、佳恵は毎週恒例のショッピングに出かけていた。今日は銀座界隈で素敵なお洋服に出会うつもりでいたのである。ハイヤーでオープンカフェの前に乗り付けて2800円のランチを泡付きで済ませると、満ち足りた気分で晴海通りに繰り出した。


 以前から目を付けていたショップを目指す。例え会員制予約制であっても、佳恵は予約なしの飛び込みで入店する。身分と金さえチラつかせれば、逆らう者は帝国国内にはいなかった。彼女の祖父は松下村会議の重鎮であり、自由愛国党を取りまとめる大幹事長でもあった。


 アメリカ留学中は地獄だった。彼女の祖父たちが救国革命によって大日本令和帝国の樹立を宣言したその日から、学校内での彼女の立場は無くなった。忌むべきファシスト兼レイシストの孫として学友たちから避けられた。パーティーには呼ばれなくなり、昼食を共にする者もいなくなった。


 気晴らしに出かけたショッピングでは、紹介も予約もない彼女を店員は慇懃無礼に追い払った。野蛮な島国の、英語もろくに喋れない酋長の孫に、アメリカ人は1mgの敬意も払わなかった。それどころか、ソイ・ソースくさい中国人チンクはニューヨークから出ていけとまで罵られる始末だった。あんな国、二度と行くもんか。


 店に入ると、店員が「お客様。失礼ですが、ご予約はございますでしょうか」と訊ねてきた。


「ないわよ、そんなの。お金ならあるわ。それと、わたくしは華族なの。無礼は相応の覚悟をもってしなさい」

「はい、かしこまりました。あの、今後の末永いお付き合いを願いまして、お客様のお名前を拝借できますでしょうか?」

「二岡よ。二岡佳恵。祖父は松下村会議のひと。わかった?」

「かしこまりました、二岡様。それでは、当店の商品をご紹介させていただきます。東京23区内のお住まいでしたら、即日配送も承っております。手ぶらでお帰り頂けますので、どうぞ心行くまでお求めください」

「そんなの当たり前でしょー。まずバッグから見せなさいよ。気に入ったら、あるだけ買ってやるから」


 佳恵の態度は横柄そのものだった。店員の些細な聞き間違いをあげつらい、悪罵に節をつけて歌ったりした。お前の娘を轢き殺すとまで歌った。その下手くそなミュージカルもどきの歌唱力で。そもそも佳恵の滑舌がひどいものだった。


 佳恵が買い上げる商品が山と積まれて、いよいよ会計と相成った。佳恵はブラックカードを店員に投げてよこす。床の絨毯の上に落ちたそれを、店員は跪いて押し戴いた。もう少しでこの客ともおさらばだ。店員はカードをカードリーダーに通した。決済不可。


 もう一度、通してみた。決済不可。佳恵がはやくも苛立って、店員を罵った。


「何やってんだー。愚図で薄ノロのクソハゲちゃ~ん。そんなこともまともにできないのかー。このハゲーーーーっ!」

「・・・・・・申し訳ありませんが、二岡さま。こちらのカードは現在、使用できないようでございます。たいへん恐縮ではございますが、別のお支払方法をお試し頂けないでしょうか」

「ふざけんなー。使えねえわけねーだろー。てめえのやり方がまずいんだよハゲー。ほら貸せ、ここに通せばいいんだろ。こうやるんだよっ」

「こ、困ります二岡様。勝手に機器を使われては」


 ビー♪ 決済不可。


「何だこりゃー。クソハゲだけじゃなくて~♪ クソ機械も~うすの~ろ~~♪ クソだらけ~な~この店~♪ ふざけんなー!!」


 しかし佳恵も、この不毛な押し問答を続けることの愚には気づいていた。おのれの間違いを認めるようで癪だったが、別のプラチナカードを投げつける。この信販会社は、佳恵個人に収入が無いことを理由に限度額を低く設定していた。ムカつくのでなるべく使わないでやったが、今回ばかりはやむを得なかった。


 もはや表情もなく、死んだ魚のような目をした店員がカードを通す。決済不可。


「残念ですが、こちらのカードも使用できないようです。念のためクレジット会社にご確認なされてはいかがでしょう?」

「ああーーん? ハゲが華族様に意見するなんて百万年早いんだよっ。おら、このゴールドでやり直せっ。早くしろハゲ」


 怒りに震える手がカードを通した。決済不可。


「二階様、おそらくあなた様の支払い能力に問題があるようです。商品はお取り置きしておきますので、また後日、改めてご来店くださいませ」

「ちーがーうーだーろーーーっ! 二階じゃねえよ二岡だよーーー!! そんなことも忘れたのかハゲー!!!」

「二階でも三階でもどうでもよろしい。いますぐ当店からお立ち退きくださいますよう、お願い申し上げます。それと、わたくしはハゲではございません。ではごきげんよう」

「華族に逆らうハゲの~♪ 家族は事故にぃ~遭うぅ~♪ このハゲー! あーやーまーれーっ! いますぐ土下座しろー!」

「当店のオーナー企業も大華族さまの御出資をいただいておりまして、とうぜん華族を騙る詐欺師には屈しません。ただいまモールの警備員を呼んでおりますので、到着次第即刻退去。以後出禁とさせてもらいますよ・・・・・・この腐れアマ。だいたい安い香水つけ過ぎなんだよっ、スメハラだぞボケーーーー!」


 突如豹変した店員は、警備員に連行される佳恵を見送ったあと、商品の片付けを後回しにして店の前に塩を撒いた。とんだ災難だ。まったく、なんて日だっ。


 その時、店員は気づいた。土曜日の午後、もっともモールが賑わうはずの時間帯であるのに、通行人が数える程しかいないことに。


 人影がまばらなせいか、近くの霊園に住み着いているカラスが堂々と店員の頭上を通り過ぎていった。そのまま通りの向かいの店の屋上に止まり、手頃な餌がないか、通りを物色している。


 その真下では、第二の二岡佳恵が、読み取り機器にことごとく撥ねられるカードとキャッシュレスアプリに戸惑い、怒り、荒れ狂っていた。同様の事例は日本各地で起こっていた。

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