59.狼少年
白黒団に狼少年Bと呼ばれている、世川幸太郎はほくそ笑んでいた。
理由は、ついに彼が自発的に内偵していたパヨク集団が行動を起こす情報を掴んだからであった。正確には、秋葉原の広場で政府への抗議デモをするから君たちも来てくれと言われただけだが。
世川幸太郎は、彼の信頼する愛国的同志たちと善後策を協議した。彼らにも名前があったがここでは割愛する。白黒団内部では狼少年A、C、D、E、Fである。
「集会中に機動隊が包囲したら最高じゃねwww」
「それマジ受けるwwwwww 催涙弾とか撃ち込まれて、もだえ苦しんでるところを警棒でボコボコにされるべ。何人死ぬか楽しみだな」
「陸軍憲兵に通報した方が、軍隊が出てきて皆殺しにするんじゃね? そっちのほうが面白くね?」
「でよ、パヨクどもを告発したらよ、俺たち大手柄じゃね? ぜってー表彰されるし、就職とかすげー有利になるかも」
「だよなー。んでよ、出世できればゆくゆくは士族になれるかもしんねーな。国営会社の新株もらえば一生食うに困らねえぜ」
「パヨクがボコられるのすげー楽しみで、見てーけどよ。おれたち将来、士族になる大事な身だからよ。ここは自重して現場には行かない方がいいぜ」
「だな。それじゃ俺たちの連名で警察と憲兵隊に通報するってことで決まりな。メールでいいよな。誰が書く? 連名を忘れんなよ」
世川たちは自ら紡ぎ出した甘い夢に酔っていた。彼らの大好きな架空戦記物では、日本海軍はミッドウェイ海戦でアメリカ艦隊を粉砕し、世界の果てまで勝ち続ける。アニメの二次創作では、ヒロインたちはいとも簡単に凌辱の憂き目にあいながら、実に都合よく快楽に堕ちてくれる。果たして現実の世界は、彼らの夢に寄り添ってくれるのであろうか。
反日フェイク動画が流布し出してから、ちょうど一週間が過ぎていた。抗議集会は秋葉原の広場で行われる。そこは世川たちの通報によって、「プロ市民」どもが横たわる血の海に変わるはずであった。
彼らはその様子を世川の住むアパートで、前夜に仕込んできた複数の定点カメラ映像を通じて、草をやりながら楽しむつもりであった。このために、わざわざ金を出し合ってカメラとモニターを買い、中継機器をレンタルしていた。
9:30に世川のアパートに集合した。集会は10:00からのはずである。だが定点カメラには、人影はほとんど映っていなかった。イベントの無い土曜日の午前中、いつも通りの広場であった。
9:53、狼少年Dが訝しんだ。
「おかしいな。そろそろ集まってるはずじゃね?」
「つーかさ、パヨクなんか救国革命で死に絶えてるだろ。もうデモに参加するバカなプロ市民なんていないんじゃね。隣国も滅亡寸前でばらまく金がないだろうし」
狼少年Fが都合のいい解釈を披瀝する。それは全員の支持と笑いを引き出したものの、なにか腑に落ちない狼少年たちであった。
10:14、広場にはドリンクを片手に休んでいる少女しかいない。
10:19、メイドの恰好をした女性がふたり、それぞれ腕にかごを提げて現れた。店の広告つきポケットティッシュを配り終えたらしく、ペットボトル片手にだべっている。
10:24、半分以上飲み残したプラカップを置き去りにして少女が駅方面へ消えた。
10:27、左手にシールドを持った機動隊員が数名、広場に入ってきた。苛立たし気な動きでメイドふたりを追い払う。
10:29、定点カメラの一台が隊員に発見されたらしい。モニターが一台、隊員のバストアップを映した後、暗転した。
10:30、広場の巨大モニターが急に点いた。定点カメラのうちの一台に映っている。拡大してみると、ボディコン服を着た巨乳女が、バタフライ仮面をつけていた。女の両脇には小学校高学年くらいの少女がふたりいて、こちらもバタフライ仮面をつけている。
女が何か喋り始めた。音量を最大にしてようやく聞き取れた。
「・・・・・・んなー、配信動画はもう見てくれたかな。数が多いからなかなか全部は見切れないでしょうけど、ダイジェスト版ってタグがついてるやつで大筋は理解してもらえると思う。映画一本分にまとめてあるから、みんな見てねー」
「見てねー」x2
いちいち子供たちがハモっている。女が弾劾をはじめた。
「血の一週間から今日までの、全華族、全士族の犯歴は明らかです。全員を主犯ならびに従犯と断定します。国営会社の株主、反社会的風俗店の出資者と従業員も全員、同罪とみなします。もちろん、憂国自警団その他の不法な殺人集団も例外ではありません。いちいち全員の名前を列挙していたらキリがないので、安藤太郎、菅野義博以下の120万5803名を、略して安藤以下と呼称します。
主文、安藤以下は、日本国民を不当に攻撃し、日本国憲法を停止せしめ、天皇陛下を私に利用して暴虐の限りを尽くした。その悪行は多重殺人、奴隷制施行、婦女暴行、児童虐待、国家に対する重大な反逆行為など筆舌に尽くしがたく、情状酌量の余地はないものとする。
よって、当法廷は、安藤以下に対し、以下の刑罰を申し渡す。
判決、死刑。また、その所有する財産は全て日本国が接収し、安藤以下が擾乱した国家の再建と、被害を受けた日本国民への弁済に充てるものとする。なお、ここでの日本国民とは、安藤以下によって国籍ならびに戸籍を失った者、不当な強制労働に従事した者を漏れなく包括するものである」
世川たちは目が点になった。次いで笑い出した。何を言ってるんだ、このパヨク女は。あたま湧いてんじゃねえかwww
少女の片割れが女に聞いた。
「ねえねえ、お姉ちゃん、いまのは冗談?」
「うふふふふ。どっちだと思う~? なーんてね。わたし、冗談は嫌いなの。だから、安藤以下は死刑。これは決定事項だよ。刑の執行は今この瞬間から、日本全国各地で始められるわ。この生放送を見逃した人と、途中から見始めた人のために、女の子たちの告発動画と同じ形式でアップするので、いま見ている人は見てない人に教えてあげてくださいね」
少女のもう一人が女に注意を喚起した。
「ねえお姉ちゃん、あの人たちにお礼しなきゃ。この放送を機動隊と憲兵隊のおじちゃんたちにアキハバラで見てもらえるようにしてくれた、バカなおにいちゃんたちにさ」
「あー、そうだった。雑魚過ぎて忘れてたわ。ごめんなさい。田耕くん、世川くん、萩生丸くん・・・・・・あと忘れた。警察と陸軍憲兵隊の耳目が秋葉原に集まったお陰で、ずいぶんと動きやすくなった。いちおう感謝しとくわ。どーもありがとー(笑)」
「どーもありがとー(笑)」x2
10:48、広場のモニターは唐突に切れた。
名指しでお礼を言われた世川たちは凍り付いた。何が起きているのか理解できなかった。夢を紡ぐ草入りのタバコは根元まで燃え尽きて、彼らの指を焦がしていた。
できれば全員、もう一本吸っておくべきだった。それが生涯最後の一服になったであろうから。
カギをかけていたはずのドアが予告なしに開いて、とつぜん室内に銃弾がバラまかれた。入念な2掃射のあと、軍服と防弾チョッキに身を包んだ男が2名侵入し、倒れ伏した世川たちの頭に2発づつ撃ち込んでいく。
軍服たちはすぐに撤収した。その10分後、パトカーがサイレンを鳴らさずに現場に乗り付けた。血と脳漿と糞尿の悪臭が充満する中、警官2名が露骨に嫌そうな表情を浮かべながら、ひとりひとりの財布を改めて身元を確認した。
「三田、杉原、稲村、萩生丸、世川、田耕。タレコミの通りだ」
「憲兵も無茶しよるなー。ここまで派手にやられると後始末が面倒過ぎるよってに。尋問もせずに消すあたりが野蛮っちゅうかなんちゅうか」
「奴等の行動は捜査じゃない。制裁だ。面子を潰されてコケにされたことに対する、な。それに、こいつらを見ろ。貧乏平民の跳ね返り学生だ。反政府組織にいたとしても、末端中の末端だろ。逮捕拘禁する価値もないゴミだ。さっさと片付けて定時で上がろう」
「ほんなら、あとは病院と大家に押し付けるだけやな。・・・・・・そうだ、先週の麻雀の貸し、今日払えや。昨日、給料日だったやんか」
「覚えてたか。わかったわかった。ほら、こいつらの現金が合わせて4万ある。これでチャラだ」
「なんでやねん! そいつは折半やろ。つまり全額わいので、残り2万の貸しや。誤魔化されんでぇー、わいは」




