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シロとクロ(全年齢版)  作者: はもはも
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5.ナオコ

 奴隷女ナオコの日常は退屈だった。


 貧しい家庭で育ったものの、彼女は級友との他愛ないお遊戯や、屋台のクレープの甘さを・・・・・・人並みの幸福の味を知っていた。それだけに、夢を紡ぐ草の選別棟での強制労働は、神経にヤスリをかけられるような苦痛だった。


 首都圏の端にある人口15万人ほどの小都市で倹しく暮らしていたナオコの一家は父母と弟の4人。政変によって「隣組」という密告制度ができたものの、気のよい住人たちは互いを誣告することなど考えもしなかった。


 西東京市では、任意のはずの町会費を納めなかった若夫婦が何の証拠もなく「外国のスパイ」として告発され、夜中に連れ去られた。新築の一戸建ては町会長の所有に帰した。類似のケースは日本各地で頻発していた。


 密告制度によって消えた人々は、国と国が民間に委託した「矯正施設」へ送られた。制度上は一定期間の奉仕活動によって「更生」が認められた者は保護観察つきで釈放するはずだったが、実際に釈放された者はいなかった。隣組と矯正施設の実態を世間に訴えるものはいなくてよいという、菅野大官房長官の意向が働いていた。


 ちなみに菅野長官の親族が、施設の建設と運営を請け負う企業の経営者であることは、「まったくの無関係」なのであった。矯正施設に関する複数の証拠を手に長官を追及した女性記者は、「怪文書を偽造」して国士を侮辱した罪で矯正所送りにされた。


 そうした実情を、一介の中学生に過ぎないナオコはまだ知らなかった。



 ナオコは骨太で大柄だった。男子たちは「デカ女」「ビッグフット」「巨神兵」などとからかったが、その実、第二次性徴によって発達した乳房に興味津々なのであった。要するに人気があった。ナオコは気づかなかったが、遠回しな愛の告白を少なくとも三回は受けていた。


 そんな彼女の身体に目を付けた者がいた。名を高橋という。道徳にかわる新教科「修身」の教諭である。日々、ナオコをイカ臭い目で舐め回すように見ていた高橋は、PTAの議事録でナオコの母親が忌むべき「共産主義」的な発言をしていたことに着目した。


 入学式と卒業式で生徒に配る記念品を、PTA未加入と会費未納の家の生徒にも配布しようという話である。費用はバザーや模擬店、ベルマーク等の積立金から充当したらどうかという、市井の人からみれば何でもない提案であった。いちいち生徒を選別する煩雑さを回避するという狙いもあった。


 しかし、教師高橋の我欲に歪んだ目には、努力した者の成果を努力しない怠け者に垂れ流す行為に映った。「北朝鮮かよwwwwwwww」なのであった。彼にとっては。そして現政権にとっても。


 卑劣な高橋は、このことをナオコに告げた。おまえの家族は矯正されるぞと。ただし、おまえの心がけ次第では、見逃してやってもいいと。そういいながら、高橋はスマホのカメラ機能を起動した・・・・・・。


 ナオコと高橋の関係は続いた。ナオコは議事録を政権がよくやる手口で破棄するように何度も頼んだが、高橋は聞き入れなかった。鬼畜な高橋はナオコの母親と弟にも興味を示していた。近いうちに3人で撮影に応じろと要求したのである。


 思いつめたナオコは、一計を案じた。行為の後、高橋は必ず夢を紡ぐ草で一服する。その酩酊に乗じて高橋を拘束し、その間に議事録を削除してしまえばいい。


 放課後、いつものようにナオコを虐待してから、いつものように草を喫した高橋は、いつものようにナオコを罵倒した。まともな人間ならたとえ素面でなくても口にできない暴言の数々をナオコに浴びせた。今日こそは、我慢しなくていい。ナオコは自分に言い聞かせて、大きなガラスの灰皿を手に取った・・・・・・。


 昏倒した高橋の両手両足をビニールひもできつく縛り、高橋のデスクの引き出しで見つけたさるぐつわを噛ませておいて、ナオコは議事録を探した。手早く片付けねばならない。


 SMグッズの下にあったファイルは燃やした。高橋がPTA会議室から持ち出したものだ。しかし、この原本は書記がノートPCに入力したデータから作られている。ナオコは足音を殺してPTA会議室に向かった。カギは行為の前に高橋に頼まれたといって職員室からせしめてある。


 ナオコはゴム手袋をはめて会議室内を探したがPCは見つからなかった。鍵のかかったスチール製の戸棚がある。部屋のカギとは別の小さなカギで開いた。


 あった。


 戸棚の中に無造作に置かれたPCとUSBメモリを引っ張り出す。パスワードを知らないので物理で何とかするしかない。国税庁に目をつけられた華族の事務所で行われた手口をまねて、ブラスバンド部の轟音に合わせながらハードディスクとメモリに金鎚で五寸釘を打ち込んだ(電動ドリルは手に入らなかったので)。念のため床に数回たたきつけてから、奥のスペースにあった小型複合機にも同じことをする。


 やりきった。少なくとも家族は助かる。ナオコはそう思った。


 会議室は施錠せず、誰でも入れた態にしておいて、ナオコは高橋の修身指導室へ戻った。寝穢いぎたない高橋の拘束を全て外し、PTA会議室のカギは高橋の背広のポケットに入れておいて、何食わぬ顔で学校を後にした。


 翌日、学校中にナオコの半裸写真が貼り出されていた。まるで性的な関係を匂わせるようなコラージュ写真である。でも、覚悟していたのでナオコは気にしなかった。たとえ高橋のスマートフォンを壊してもクラウドサーバにデータが残る以上、リベンジポルノを未然に防ぐ手段はなかったからだ。


 一時限目の開始を待たずに、ナオコは校長室に呼び出された。この写真に写っているのは君かね、君だとすると誰にやられたのかね・・・・・・全ての質問に対して無言を貫いた。


 職員会議が行われた。ふしだらな生徒は他の生徒に悪影響を与えると修身の教師が強硬に主張したため、さしあたりナオコは自宅謹慎を命じられた。


 この件について話し合うために召集されたPTAで、室内が荒らされていることが判明した。カギが職員室に無いことも問題になった。校長は一連の事件に対してさじを投げ、警察に捜査を依頼した。


 警察は初動で高橋に容疑を絞った。全教師全職員を調べると称して、実は高橋一人を重点的に捜査した。修身指導室からありえないアダルトグッズの数々がみつかり、彼のPCからおびただしい数の未成年女子の画像と動画が掘り出された。ナオコのものもあった。翌日には逮捕状が出され、高橋は留置所に放り込まれた。スマートフォンも没収され、高橋が知らぬ存ぜぬと供述していたPTA会議室のカギも押収された。


 撮影の構図ひとつとっても高橋の一方的な犯行であることは明らかだった。PTA会議室の犯人は特定困難とされたが、いずれにせよ高橋の淫行との関連があることは間違いない。


 警察の取り調べに対して、高橋はナオコから誘われて止む無く関係を持ったと主張した。他の女子に対しても同様であると。そんなたわごとを信じる刑事はいなかったが、「厳重処分(起訴相当)」の意見を添えて検察に送った本件は、なぜか不起訴処分になった。高橋は釈放された。


 処分の理由は説明されなかった。高橋は末端ながらも士族の息子であることが判断の決め手になったのではないか、というのが地元新聞社の記者が出した結論だった。帝政を扶翼し奉る士族には淫行に手を染める者などいないという建前を守るためである。


 しかし、その記事は編集長権限でボツになった。


 こうなると、調子に乗るのは高橋である。淫行の「冤罪」から帰還した教師として全国放送にも取り上げられた。世論はセカンドレイプに加担する方向に大きく傾いてしまった。唯一、写真がネット上に流布しているナオコに対しては、「ハニートラップ」「売春婦」「成績を身体で買う女」というレッテルが貼られた。


 ナオコは不純異性交遊で補導され、少年院送致された。そこは国営会社が運営する事実上の強制労働施設であった。


          *


 15時間に及ぶ選別作業から解放されたナオコは、クロという少女と一緒に棒型糧食をかじった。通称まずい棒も、誰かと食べれば御馳走に・・・・・・なるわけがなかったが、それでも一人でかじるよりはマシだった。


 両親と弟は今何をしてるんだろ、とナオコは思った。ハニトラ女の係累としてイジメられていないか、それだけが心残りだった。


 ナオコは入所したその日の夜にパワープレイで前の牢名主を張り倒し、馬乗りになって忠誠を誓わせていた。新たなる女王の戴冠である。


 クロはナオコが収監されてから一か月後に、精密機器の検品作業を行う施設から移送されてきた。視力のいい子供は貴重で引く手あまただった。そして、抵抗できない小さな子供は、入所者たちにとって最高の贈り物でもあった。


「この子はあたしがもらうよ。いいね?」


 ナオコはそう宣言した。異論反論オブジェクションは無かった。そうして現在に至る。


 夕食を済ませて寝床に移った。忠犬よろしくクロもついてきた。人肌が恋しくて、ついクロを抱き枕にしてしまって以来、クロは毎晩ナオコとの添い寝を欠かさない。


 奴隷女ナオコの夜は、ちょっとだけ寂しくなかった。

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