55.吉村
大学教授にして白黒団司令、吉村樹は忙しかった。
まず白黒団から彼専用のスマートフォンとタブレットとノートPCが支給された。情報は刻一刻とサーバーに蓄積されている。吉村の仕事は、それらの情報を分析分類し、後々「使える」ようにすることだった。
教育面で彼も一役買っている孤児院の少女たちからの情報がまずある。反社会的な風俗店で監禁使役されていた未成年女子たちの、入店理由と勤務実態は悲痛そのものだった。家庭の困窮とその原因はほぼ社会上の病理によるものだった。興信所からのレポートと少女たちの証言を符合させる。
違法風俗店の実態に関しても、白黒団メンバーが調べ上げた限りの内情と、会員向けホームページ等の公開情報を突き合わせて裏を取る。キャストを誘拐された店のうち数軒は裏社会での面子を失ってそのまま閉店に追い込まれていたが、新しいキャストを補充して営業を再開している店に関しては、そのシステムとサービス内容は襲撃を受ける以前と大差が無かった。
一般的な風俗店で定期的に納入される業務用のローション、ボディーソープ、うがい薬、酒と清涼飲料水に加えて、違法店には大量の食料品が必ず運び込まれていた。十数人から数十人の幅でキャストを監禁している以上、その口を賄う必要があるからだ。仕出し弁当屋、業務用食品店、大手通販サイトへの発注と納品の履歴で充分な裏が取れた。少女たちがとんでもない高額を支払って口にしていた品目とも一致している。
そもそも店の出入り口を24時間監視した結果、客とスタッフしか出入りしていないことが、誰がどう考えてもおかしい。「どこでもとびら」でもない限り、ありえない。この点も補強証拠として付随させる。
店を運営している反社半グレ組織と、その背後にいる出資者についても詳細なデータがあった。華族または有力士族が、警察と検察への強い影響力を背景に違法で非人道的な営業を黙認させていた。その定期的な買収金額もさることながら、人事権を盾にされている以上、警察官と検察官の側を責めるのはいささか酷というものだった。
夢を紡ぐ草の栽培製造流通を手掛ける国営企業に関する資料は、主にDという情報提供者からのものが質量ともに圧倒的だった。隣組制度によって失踪したと推定される者のリストと、証拠と判例にそぐわない過剰な刑罰を下された犯罪者、非行者のリストが、合計3万人を数えていた。日本各地にある大規模工場で使役されているとすれば、その人数は奇妙なほど合致する。
さらに国営工場内での労働環境も克明に調べ尽くされていた。休日は無し。一日30分の運動の時間も無し。実働時間は連日15時間にも及び、食事は棒型糧食と水だけ。冷暖房もなく、衣服の洗濯すら行われず、定められた刑期すら守られていなかった。孤児院の元女囚たちの証言と完全に一致していた。
面会もできず、期日になっても帰ってこない受刑者を待ちわびる家族には、憂国自警団による口封じが半ば公然と行われていた。この憂国自警団に関する資料も加速度的に増えて、その構成員がかなりの人数、特定されていた。全国的な組織化と資金提供の流れを辿ると、最終的に国営企業の建設と運営によって儲けている菅野大官房長官とその親族に行きついていた。
それにしても、と吉村は考える。このDという人物は、偏執狂としか思えない。こちらが要求する前に裏打ち情報と補足資料を次々とアップデートしてくるので、吉村の仕事がほとんど無くなるほどだ。いったいどこの何者であろうか?
その解を、吉村は見つけた気がした。
それは、Dの情報の中で華族と上級士族で構成される松下村会議とカルト集団「護国会議」に関するものが、極めて精確無比であることから推察できた。彼らが所有している不動産、金融・証券・仮想通貨資産から、飼い犬飼い猫飼いワニの生年オスメス名前に至るまで詳細に記されているのは、Dが華士族の中でも有力な人物であるか、もしくはその代理人である可能性が非常に高い。
吉村の推測が正しければ、何がDをそうさせているのだろうか。勢力・派閥争いに端を発した怨恨か。金と権力にまみれながら、都合の悪いことは見て見ぬふりをする同族に対する嫌悪か。あるいは日本国の評判と天皇の名誉に泥を塗る為政者への怒りか。もしくは困窮する平民への憐憫か。狂った社会に対する青臭い義憤によるものか。
いずれにせよ、実に興味深い。白黒団の決起が実を結んだ暁には、ぜひDという人物と腹を割って話をしてみたかった。




